秋季大会
「最近、香織って綺麗になったよね。」
昼ごはんを食べているときに遥香が言い出した。
「そうだね、本当に綺麗になったと僕も思うよ。」
拓郎も賛成する。
家庭科部の部室での恒例のお弁当タイムだ。
遥香と拓郎は交換したお互いの手作り弁当、香織は俺の手作り弁当だ。
溶けるような笑顔でお弁当を口に運んでいた香織は、そう言われても自分では分からなかったようだ。
「そうかな。変わんないと思うけどなあ。」
「全然、違うよ、香織。お化粧もするようになったでしょ。」
「そりゃあ、化粧くらいするわよ。遥香だってしているでしょ。」
「してるわよ。でも香織の化粧って、私とは違うわよ。」
「どう違うの。」
「なんて言うか、色気? 艶があるというか、男だけじゃなくて、女の私でも綺麗だなって引き込まれるような感じよ。」
「へえ、そうなんだ。自分では分からないからなあ。」
香織は俺と付き合うようになってから化粧をするようになった。最初の化粧の先生は、例のマネージャー達だ。面白がって、色んな技術を伝授してくれた。そして真面目な香織は、化粧にも爆進することになった。原動力は俺に気に入ってもらうことだ。
知識と技術を手に入れるために、美容部員のお姉さん達が引くくらいの勢いで質問をしまくった。砂川の祖父さんの金銭的な応援と無責任な祖母さんの煽りもあり、香織の化粧は目覚しく向上した。そして奇跡的に、なぜか今回は独創性が発揮されなかった。
おかげで、あなたは誰ですかレベルの化粧が可能な能力を身に備えた。もちろん普段はそこまでの化粧はしない。高校に行っているんだ。あからさまな化粧はしていない。だが、逆にしているかしていないかのような化粧は、際立った美を産み出している。
「噂にもなっているからね。」
「どんな噂よ。」
「学校一の美人じゃないかってね。」
「それは誰の事よ。」
そんなことは香織には興味がなかった。
「文化祭で美人コンテストをやろうという話も出ているらしいよ。」
「へえ、そうなんだ。」
全く興味がなかった。香織が興味を持つのは俺のことだけらしい。浮気してないよねと、一時間おきにメッセージがくる。3分以内に返信しないと、メッセージの連打だ。もし、それでも返信しなければ着信がある。俺にとっては短い昼寝ですら命取りになる。
1回着信にすら反応出来なかったことがある。その日、香織は大魔王だった。俺は御馳走とデザートで、ひたすら御機嫌を取った。最後はウサギさんを押し倒して御機嫌を直してもらった。
もう一つ香織が興味を示していることがある。バスケだ。もうすぐ秋季大会がある。選手権大会の予選を兼ねている。毎日の練習の監視には来ることが出来ない。週末だけしか香織は顔を出すことが出来ない。だが、それだけで一年生をしっかり掌握しているようだ。
「コーチは怖いですからね。」
「連絡先を聞かれて、気軽に教えたのが運のつきですよ。」
「だけど、妙に元気になれる励ましが貰えるんですよね。」
香織は、実践はともかく理論は本を書けるくらい知っている。沢山の試合も見ている。リアルタイムでも録画でも、とにかく大量に国内外を問わず見ている。だから、時間さえあれば最適解を導きだすことが出来る。それでパターン化した戦術を構築して、一つずつ確実に出来るように指導している。
一年生たちは、色々な状況に対応できるスキルを着実に身に着けていっている。あまり変わらないのは俺とサブキャブだけだ。ちなみにキャプテンは、一年生のセンターが引き受けた。15番フルバックは控えのセンターということになった。スタメンは全員一年生だ。俺たち2年生は交代要員になっている。
「さてと、いきますか。」
鬼コーチが軽く声を掛ける。秋季大会の開幕だ。一年生5人がスタメンのチームだ。さすがに、交代要員が俺とサブキャプの二人では危ういので、フルバックとセンターフォーワードと長距離ランナーもベンチにいる。当然2名のマネージャーも居る。
それでも登録選手は10名。香織はコーチ、マネージャー二人はアシスタントコーチとマネージャーということになっている。だがマネージャー二人は彼氏とラブラブしているだけだ。顧問は責任者として居るが、置物と化している。
考えたら恐ろしいことに、一年生5人はこれから3年間ずっとスタメンになる可能性がある。一人でも怪我をしたら大変だ。来年度に新入生の勧誘を絶対にしないと綱渡りになってしまう。かつての廃部の危機が蘇る。
秋季大会は土日を使ってロングランで続く。毎週というわけでもない。
初戦、二回戦と危なげなく勝利を収めた。2年生はほとんど参戦していない。1年生の経験値がどんどん上がっていく。連携もスムーズだ。コーチの指示も良く通る。
3回戦からは、試合慣れの必要もあって俺たち2年生も少しずつ出して貰っている。だが本格的な参戦はない。基本は1年生主体で、本来のバスケット、ケレン味のないハーフコートバスケットを続けている。
4回戦で、強豪と当たった。1年生だけでは試合は拮抗から負け気味だった。流れを見ていたコーチは第4Qの前に決断した。俺たち2年生の全員投入だ。
展開されたのは、15番フルバックを中心としたラグビーバスケだ。ドリブルで前進しながら、パスは後ろ後ろに流れる。最後はセンタリングと陸上選手によるアウリープで決める。完全にバスケじゃない。
もう一つは、俺とサブキャプの二人で相手チーム5人相手にパスワークしまくり、内からレイアップと外から3ポイントシュートで点数を捥ぎ取った。普段、1年生5名相手にひたすらやっているゲームだ。
試合終了した時点で、相手チームが茫然としていたのが印象的だった。だが反則でもなんでもない。バスケじゃないかも知れないけど、勝利は勝利だ。
「おつかれさま。」
コーチのねぎらいの言葉がはいる。
「おつかれさまです。」
1年生たちの疲れた声が続く。
「相手にもこっちにも誰にも、怪我がなくてよかったよ。」
顧問が締める。一部分はラグビーの試合だったからなあ。
誤字脱字、文脈不整合等があれば御指摘下さい。




