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【行きつく先は】  作者: 野山 佳宏
番外編
38/43

母親の家庭訪問

「今日こそ、お外でデートがしたい、直也。」


ピンクのウサギさんが俺の耳元で囁いてきた。ちなみに時刻は朝6時だ。だが艶のある香織の声は強力な目覚ましだ。俺の心棒が一撃で覚醒した。


囁いてくるだけじゃない。ウサギさんは俺の左耳を甘噛みしてくる。俺の左耳を舐めてくる。そして俺の左腕にウサギさんの柔らかい体が押し付けられる。いい匂いがウサギさんから立ち上ってくる。


先日はウサギさんが、デートをしたいと言ったが、なんだかんだで、おうちデートになった。だからだろう、今日は外に出かけたいようだ。ベッドの上で軽く飛び跳ねている。おまえはウサギか。いや確かに着ぐるみのピンクのウサギさんだが。



「ちゃんとしたデートって、直也としたことない。」


ウサギさんが甘い声で呟いてくる。


「そうだな、拓郎たちと動物園でダブルデートしたくらいかな。」


「あれは、直也とのデートじゃない。遥香たちのためのデート。」


「たしかに、そうだったな。」


「それに、直也はろくに話もしてくれなかった。」


ウサギさんの恨みが噴出してくる。


「すまんかった。」


俺は素直に謝っておく。


「直也は香澄さんとデートしたことがあるんでしょ。」


だがウサギさんは前カノのことを持ち出してくる。


「あるけど、香織と出会う前のことだよ。」


「それでもデートしたんだ。わたしとはしてくれたことないのに。」


ウサギさんの雲行きが危なくなってきている。ウサギさんの眼が赤くなったら、たぶん卸包丁の出番だろう。っていうか、ウサギの眼って最初から赤いよな。


「わかった。どこに行きたい。」


俺は早めに手をうっておく。下手をして腹から背中に貫く光輝くアクセサリーを生やしたくはない。


「直也となら、何処でもいいよ。」


少し機嫌の直ったウサギさん。しかし何処でもと言われて適当に決めるわけにもいかない。


「おうちデートでもいいのか?」


ウサギさんが光の速さで器用に戸棚から卸包丁を取り出した。

まて、早まるな。

俺はstopping a sword stroke between my bare handsは出来ん。


恰好よく英語で言ってみたが、真剣白羽取りだ。

「出来る、出来ないじゃないでしょ。」

ウサギさんが迫ってくる。何が出来るか出来ないかなんだよ。分けが分からん。


二度目の全面降伏をした俺は、デートプランを立案することになった。

満足そうなウサギさんは憑依霊となって俺の背中に張り付いている。

早くしないと肉体を共有されてしまう。本当に二人で一つになる。まあそうなるのも悪くないが。


冗談を言っている場合じゃない。

憑依霊の腕が俺の首に廻されてきた。体重が載ってきた。

いや、俺の背中にもたれかかって、甘い息が耳にかかっているだけだが。

次に、手と言うか指が俺の首に掛けられると危ない。

だが、しばらくすると静かな寝息が聞こえた。当面の危機は立ち去ったようだ。


俺はベッドに香織を寝かせてピンクの布団を掛けた。

寝ている姿はプリンセスに見えないこともないんだよな。

寝顔は実に可愛い。俺はしばらく眺めていた。図書館での寝顔も可愛かったな。


動物園では芸がないな。嫌がらせならありか。でも香織の悲しむ顔は見たくない。香織が喜ぶ場所だな。って、香織は何が好きなんだ。俺は香織のことを良く知らんな。


俺が知っているのは、香織がバスケットをしていたことくらいか。生真面目な性格で、何をするのも全力で取り組む。うん、そういうことじゃないな。香織の喜ぶことだ。何かいいんだろう。ねえ、ウサギさん。寝息しか聞こえん。


俺は諦めてウサギさんを抱きしめてピンクの布団にもぐり込んで二度寝した。




「今日こそ、お外でデートがしたい、直也。」


ピンクのウサギさんが再び俺の耳元に告げてきた。時刻は朝10時だ。4時間くらい寝ていたようだ。だが、ウサギさんの声は地獄の底からの呪文のように聞こえる。ウサギさんの顔色も暗い。ちょっと眼には涙が溜まっている。


「ひどくない、直也。」


ウサギさんは泣き怒っているようだ。


「わたしを騙して、眠らして、いたずらして。」


人聞きの悪いことを言うな。騙してもいなければ、眠らしてもいない。おまえが自然に寝たんだろう。それに今回は、いたずらはしてない。だが、ウサギさんは涙を流す寸前だ。


「わたしとデートするの嫌なんでしょ。」


心外だ。そんなことはない。だが、こういうときに言葉は無力だ。だから俺はウサギさんを抱きしめてキスをした。


「愛しているよ、香織。俺には香織が居れば十分。香織以外要らない。」


俺のストレートなセリフでウサギさんが戻ってくる。顔を綻ばせて泣き笑顔になる。


「ほんとうに。」


「ほんとうだよ。証明するよ。」


俺はウサギさんのチャックを開ける。ウサギさんが紅い顔をしながら抗議してくる。


「ずるい。わたしが抵抗できないのを知っていて、ひどいことをするんだ。」


「そうだよ。大好きだよ、香織。」


俺はウサギさんの体にキスの雨を降らせる。ウサギさんは体をくねらせる。波打つウサギさんの体は魅力的だ。俺の大好物だ。口から言葉にならない声をだすウサギさんは可愛かった。




次に眼を覚ました時は、おやつ時だった。玄関のチャイムで俺たちは眼を覚ました。なぜかウサギさんはご機嫌だった。


「誰が来たんだろう。」


俺の疑問にウサギさんが答える。


「ここに来る人なんて限られているよ。」


そのとおりだ。可能性があるのは、砂川の爺さんたちか、香織の両親以外いない。拓郎や遥香はまだ我が家の存在は知らない。知らないほうがいい。知られたくない。


ウサギさんが玄関のドアを開けた。立っていたのは香織の母親だった。


「お母さん、どうしたの。」


ピンクのウサギさんを見た香織のお母さんはびっくりしていた。


「香織、その恰好はどうしたの。」


「え、かわいいでしょ。直也の趣味なのよ。直也がこの姿じゃなくちゃダメっていうのよ。だから、いつもこの格好よ。」


まて、俺を売るな。確かに気に入っている。俺の趣味でもある。だが、その言い方ではお母さんに、俺の人間性が疑われるだけだろう。案の定、お母さんは誤解したようだ。いや誤解でもないかも知れないが。


「まあ直也くんも男の子ってことよね。」


少し頬を赤らめながらお母さんが納得している。いや、お母さん納得しないでください。いや、納得して下さってもいいのですが。


ウサギさんが密かに黒い笑顔をしている。なんか仕返しされるようなことでも俺はしただろうか。


「でも香織も気に入っているんでしょ。直也くんの好みになるのが。」


そうです。そのとおりです。とうの香織は赤い顔をしながら黙っている。俺の勝ちだ。ところで、俺は何に勝ったんだ。


「ケーキを買ってきたの。一緒に食べましょう。」


お母さんは俺たちの近況確認を兼ねて、手土産を持って遊びに来てくれたんだ。新居訪問だな。


「わーい。ありがとう、お母さん。」

「直也、ケーキだよ。食べよう。」


時間もちょうどおやつ時。おなかも空いている。考えてみたら俺は今日はウサギさん以外、何も食べていない。ウサギさんは何も食べていない。


紅茶を入れてのティータイムだ。だが香織、おまえどうするんだ。

当然というか、にっこり笑ったウサギさんは椅子に座って口を開けていた。


俺はお母さんの真ん前で、ウサギさんの口にケーキを運んでいた。親の前で彼氏にケーキを食べさせてもらう娘の姿は、お母さんにはどう見えたんだろうか。そしてお父さんにどう報告されるんだろうか。悩みの種は尽きない。


救いは、お母さんの眼が微笑ましいものを見る慈愛の眼をしていたことだな。

誤字脱字、文脈不整合等があれば御指摘下さい。

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