おうちデート
「デートがしたい、直也。」
目覚めの第一声だ。
二人で寝ていたピンクの布団の上で、起きぬけのピンクのウサギさんが、伸びをしながら言ってきた。香織はウサギの着ぐるみが最近のお気に入りだ。
ファンシーグッズショップに行ったときに、着ぐるみのコーナーで立ち止まった。そこには色々な動物の着ぐるみが並んでいた。ライオンやクマなどもあった。だが香織はウサギを選んだ。選んだ理由は奮っていた。
「直也に食べてもらうのならウサギさんよね。」
それはどういう意味なのでしょうか。まあ美味しく頂きますが。
ウサギの着ぐるみを抱えて持ってきた香織は可愛かった。俺の前に両手で、はい、と言って渡してきた。ニコニコした香織の眼はうるうるで、俺は即買い上げた。それ以来、香織は家の中では毎日ウサギを着ている。可愛いウサギを毎日見たい俺は、当然洗い替えを二着用意した。
「これ可愛いでしょ。」
「そうだな、香織に似合っているし、着ぐるみのウサギさんは可愛いよ。」
「でしょ。直也が気に入ってくれてよかった。」
ウサギの着ぐるみを着た香織は可愛い。手足も着ぐるみに包まれている。だから着ぐるみから見えるのは顔だけだ。ピンクの長い耳をした笑顔の香織は可愛い。
笑顔の香織に俺は我慢が出来なくなり、着ぐるみのウサギさんを抱きしめた。ウサギさんは、嬌声を上げながら反対に俺に抱き着いてきた。二人でピンクの布団の上を転がる。
俺の腕の中にはニコッとした可愛い顔のウサギさんが居る。そしてウサギさんの紅い舌が俺の唇を舐めてくる。俺はウサギさんにキスをする。
「ねえ、いいでしょ。」
甘えてくるウサギさんは可愛い。
最近のウサギさんは色気がある。出会ったころは、化粧っけもなく、お堅い委員長という印象だった。体も固めで少しゴツっとした感じだった。だが近頃は体が柔らかく丸くなり、抱き心地もふんわりしている。いい匂いもさせている。
ウサギさんを抱きしめると、ウサギさんの口から吐息が漏れる。なんとも言えない艶のある声だ。眼は潤んで濡れてくる。本当に可愛い。ピンクの世界のピンクのウサギさんは最高だ。俺の琴線を刺激する。
ちなみに俺の部屋はピンクの世界だ。友達を招待するには勇気が要る。というか出来るレベルではない。ピンクの世界はウサギさんの好みだ。で、ウサギさんの言い分はこうだった。
「真っ白な部屋とピンクの部屋だったら、どっちがいい?」
少し首を傾けて切なそうな視線で尋ねてくるウサギさんに俺は抵抗出来ない。
「ふつうはピンクの部屋だよね。」
ウサギさんが勝ち誇ったように笑っていた。
それでピンク押し一択のウサギさんに、俺は無条件で賛成してしまった。だから俺の部屋はピンクだらけだ。というか本当に俺の部屋なのか怪しい。置いてある荷物は、ウサギさんのものがかなりを占めている。
ただ冷静に考えたら真っ白の部屋も危ないだろう。どっちを選んでも精神的には壊れた人間しか生息出来ない。だが、それに耐性が出来ているような俺も、香織と同じ精神世界を共有しているようだ。まあ慣れれば都と言うしな。
ウサギの着ぐるみは、前にチャックがついているが、着ぐるみの手足では開け閉めが出来ない。だから着たり脱いだりは誰かが手伝わないと難しい。当然のことだが、俺が毎日お手伝いをしている。
着ぐるみのなかで、実はウサギさんは産まれたままの姿だ。
「この着ぐるみは、肌触りが最高なのよ。」
ウサギさんは嬉しそうに言っている。俺はいつも産まれたままの姿のウサギさんを着ぐるみ越しに抱きしめて寝ている。
着ぐるみのチャックを開け閉めするのは俺の自由だ。ウサギさんは紅い顔をしながらも俺の行動を咎めることはない。可愛いウサギさんはうっとりするだけだ。俺はウサギさんを好きなように料理が出来る。ウサギさんも俺に料理されるのは好きだ。
俺の腕の中にいたピンクのウサギさんが、体を捻じって抜け出した。そしてピンクの布団から伸びをしながら起き上がった。両手を上げて身体を後ろに反らせている。
「デートの前に、ごはん、直也。」
「わかった、とりあえず朝ごはんにするか。」
「うん。ごはん作って、直也。」
ウサギさんは笑顔で朝ごはんを俺にねだってくる。御飯を作るのは基本的に俺の仕事だ。ウサギさんに破壊活動をさせるわけにはいかない。
「何が食べたい、香織。」
「なんでも直也が作ってくれるものならいいよ。」
「そんなことを言うのなら、ウサギさんを料理するぞ。」
「もう、それもいいけど、今は朝ごはん。」
「だから、朝ごはんにウサギさんを頂くよ。」
「バカ。」
真っ赤なウサギさんの眼が潤んできた。俺はウサギさんを再びピンクの布団に押し倒して、ウサギさんと戯れる。しばらくするとウサギさんの息が荒くなってくる。
「もう、だめ。直也。」
泣きそうな声でウサギさんが喘ぐ。
戯れて満足した俺たちは、二人で仲良くピンクの布団の温もりに包まれて微睡んでいた。幸せな午前のひとときだった。
「ねえ、おなか空いた。」
昼になると、さすがに眠りも心も満ち足りたウサギさんが俺を起こしてきた。
「そうだな。もう昼だしな。」
俺は手早く昼ご飯を作った。冷凍食品を文明の利器で可食状態に変化させるだけだ。ウサギさん自身は、手作り至上主義だから、冷凍食品は好みじゃない。だが、時間がないときや俺に作ってもらう時にまで、自己主張することはない。
ちなみにウサギさんの手足は着ぐるみだから、完全にウサギの手足になっている。両手で何かを挟むことは出来るが、片手で何かを持つと言うことはできない。必然的に何をすることもできない。御飯を食べることも出来ない。
だからウサギさんは椅子に座って笑顔で口を開けて待っている。マグカップくらいは持てるだろうと、俺は強引にウサギさんにスープの入ったカップを持たす。ウサギさんは両手で大事そうにカップを持って口をつけた。
俺はスプーンで笑顔のウサギさんの口までチャーハンを運ぶ。
「おいしい、直也。作ってもらって食べさせてもらうのはおいしいね。」
もぐもぐと口を動かして食べるウサギさんは艶めかしい。紅い舌が唇を舐める。そして口を開ける。俺は吸い込まれるようにチャーハンを運ぶ。
二人前のチャーハンを二人で食べる。いつかの弁当のときと同じだ。前は雛みたいだったが、今回は色っぽいウサギさんだ。でも考えてみたらどっちも可愛い。たぶん、俺はあのときから香織が好きになっていったんだろうな。
ウサギさんが両手で挟んだマグカップからスープを飲む。口のまわりに少しスープがついて光っている。俺はウサギさんの口まわりを拭いて綺麗にする。ウサギさんがニコっと笑顔になる。俺はウサギさんにキスをする。ウサギさんがキスを返してくる。
次にウサギさんがマグカップを俺の口に向けてくる。俺はウサギさんにスープを飲ましてもらう。ウサギさんは嬉しそうに笑っている。ウサギさんが俺にキスをしてくる。俺はウサギさんにキスをする。
そんな調子で、潤んだ眼をしたウサギさんと仲良く昼ごはんのチャーハンを食べて、スープを飲んでいた。なので食べ終わったときは、おやつの時間が過ぎていた。
「うにゃ。美味しかった、直也。ありがとうね。」
ウサギさんが俺に感謝のキスをしてくれた。
昼ごはんを食べ終わって俺が洗いものをしていると、椅子に座っていたウサギさんが何か言いだけだった。
「どうした、香織。」
俺がウサギさんに尋ねると、なぜかウサギさんは赤い顔をしたまま何も言わない。もじもじしているだけだ。俺の頭には疑問符が浮ぶだけだった。
俺が不思議そうな顔をしたままいると、ウサギさんは少し怒った顔になった。でも何も言わない。俺が首を傾げて悩んでいると、ウサギさんが小さい声で言った。
「もう、わかってよ。」
俺はハタと気が付いた。
「すまん。」
俺は真っ赤になったウサギさんをピンクのトイレに案内した。
結局、その日は俺たちは外出することはなかった。
誤字脱字、文脈不整合等があれば御指摘下さい。
<バスケットに関して>
北脇先輩が率いるチームや直也が最終手段としている「システム」ですが、
アメリカのグリネル大という大学のバスケットボールチームが採用している「The System」と呼ばれる特殊なオフェンスシステムを意味しています。ひらすらスリーポイントシュートを打ちまくり、点を取られても気にしないラン&ガンです。