香織の手料理
番外編を本編の後ろに移動致しました。
以降は、番外編で少しずつ投稿していきます。
「直也、朝ごはん出来ているわよ。」
香織が俺を起こしに来た。眼をさました俺は香織の手料理に心躍らせながら向かった。だが途中から、違和感というか、異常というか、異変を察知した。
辿りついた食卓は、なぜか焦げ臭いにおいが漂っていた。
例えるなら、そう火事場現場の跡と言えばぴったりだろう。
空気も息苦しく視界が煙っていたのも気のせいではない。
正面にいる香織が霞んで見える。
防塵防毒マスクの常備が必要な環境だ。
電気機器はIP68の保護等級が要求されるだろう。
窓が全開で換気扇がフル活動していてなんでこんな状況なんだ。
俺の視線の先には香織が朝ごはんと言った物体が並んでいた。
白い皿の上に、黒い四角の物体
白い皿の上に、中心が少し盛り上がったようにも見える丸い黒い物体
白いボールの中に、黒い何か枝のような繊維のようなものが絡み合った物体
白いマグカップの中に、黒く泡立つ濁った液体
香織、おまえ何を作ったんだ。
「何をって、ごく普通の朝ごはんよ。トーストに目玉焼き、サラダにスープよ。」
霞の向こうから声だけが聞こえる。
おまえは黒魔術の魔女か?
黒い四角の物体、これがトーストか。まあ焼け焦げた上に炭化しているが、四角という面影だけは辛うじて残っているようだ。
よし認めよう。これはトーストだ。食べてみよう。この黒い墨みたいなのものを塗るのか。そうだな、味は、何の味もしないというより、単なる炭だが。
丸い黒い物体、これは目玉焼きか。どうやったら原型をとどめて此処まで焦がすことが出来るのか。俺にはそっちの技術のほうが知りたい。ちなみに香織は半熟とかいう言葉は知っているか。
まあでも折角作ってくれたんだ。これは目玉焼きだ。食べよう。味は、軟らかいというか、やはり炭だ。水で流しこもう。
黒い絡みあった物体、これがサラダか。しかし黒いサラダというのは人生初の体験だ。香織と一緒にいると新鮮な体験が出来るようだな。だが、新鮮というより、斬新、奇抜と言ったほうが形容詞としては正しいだろう。
で、この繊維はなんだ。夏草冬虫。あまりというか、まったく食欲の沸かない高級素材が使われているな。何処で手に入れて来たんだ。俺はレタスとかレタスとかレタスが好きだ。
いやそんな顔をするな。というか右手に鈍く光る50cm程の物体はなんだ。卸包丁尺5ってなんだよ。俺に向けるな。落ち着け。俺が一番好きなのは香織だ。
ふう、鈍く光る物体は棚に仕舞われた。言葉には気を付けないとな。レタスに嫉妬する女がいるとは。しかし卸包丁がなぜ我が家にあるんだ。どっからもってきたんだ。
黒いのは何でた。イカ墨パスタにヒントを得たとな。イカ墨の量が分からず、あるだけ混ぜたとな。ボールに半分ほど、墨汁が溜まっているのはそういうことか。
で、やはり味が全くしないのだが。味付けはイカ墨だけで十分だと思ったとな。なるほど。これは炭ではなく墨の味か。座布団を全部取り上げろ。もう吐き気を通りこしてきているぞ。
最後の黒い濁った液体はなんだ。液体を泡立てると味がまろやかになると聞いたとな。ふむふむ。で、はちみつを泡立ててみたと。
もともと何のスープを作っていたんだ。身体によいと思って薬膳スープをチョイスとな。先ほどと同じく夏草冬虫、スッポン、アワビを混合したと。そして、よく火を通した方が安全だと思った。
煮立っていてとても飲めたものじゃないんだが。これは沸騰とか、蒸発しかけとか。
香織よ、なぜそんな捨てられた子猫のような目線で見ているんだ。呑むまで待っているのか。呑むしかないか。わかった。呑む。
人間死ぬ気になれば、死ぬと思うんだよな。6文銭の用意はしてあったかな。
しかし、お前は俺に恨みがあるんだな。そうだな。毒を盛りたいという気があったんだよな。思い出した。弁当の恨みだな。
「直也、昼ごはん出来ているわよ。」
香織が俺を呼びに来た。俺は朝ごはんを思い出して恐怖が蘇った。だが行かないわけにはいかない。屠殺場に向かうドナドナの気分が体験できる。
朝の煙はかなり排気されたようだ。
換気扇がずっと動いていたからな。
呼吸がかなり楽になった。
涙も出なくなったからな。
それだけでも光がさす。
そして皿の上には、楕円形の盛り上がった黄色い物体に赤い粘調な液体でハートマークが描かれている。おおまともなようだ。なぜか涙が出てくる。煙がなくなったのにな。
これは俺にも判別可能だ。俺の知識の本棚にも同じものがある。物体は一つしかないが、はんぶんこ、だな。可愛い香織。
「香織、これはオムライスかな。」
「そうよ。それ以外の何物に見えるの。」
「いや、悪い。確認しただけだ。」
俺は安堵した。昼ごはんは可食物だ。俺と香織は手を合わせて合唱した。
「「いただきます。」」
さてと、スプーンを持って食べようとした。
なあ香織。俺の眼の錯覚かな。
ハイカロリーというか、これ何キロカロリーくらいあるんかな。
一食で摂取出来るようなレベルじゃなくね。
サイズが通常の4倍くらいあるんだが。
皿と思ったのは、皿だが、大皿だよな。これは。
「おかしいわね。ちゃんとレシピ通りに作ったのよ。」
材料:4人分
香織の手元にあるレシピに記載がある。
「4人分だよな。」
「そうね。」
「4人分だよな。」
「そうね。直也なら大丈夫よ。」
香織は笑顔で乗り切ろうとした。
「直也、晩ごはんは何が食べたい。」
香織が尋ねてくれた。正直、腹がいっぱいで気持ち悪くて何も食べたくない。
だが、そんなことを言えば、香織が泣くか、俺が刺されるか、究極の二択だな。
選択枝は二つだが、答えは二個選択しなさいという問題らしい。うん。何か答える以外、俺が生き延びる道はない。
「そうだな。あっさりしたものがいいな。うん、刺身なんてどうだろうか。生きの良い魚なんか良くないか。」
我ながら良い答えが出せたと、その時は思っていた。
「じゃあ、お買い物にいってくるわね。」
香織は財布を持って買い物に出掛けた。
俺は、香織が出かけている間に、朝ごはんと昼ごはんで使用した、食器と食卓を滅菌洗浄した。念入りに。窓は全開のまま、換気扇をフル活動。ついでに部屋の掃除をしておいた。
「直也、晩ごはんが出来ているわよ。」
香織が呼びに来た。俺は昼寝をしていたようだ。時刻を確認する。もう少しで日付が変わる時間だった。香織は一体どんな料理を作っていたんだろうか。
「買い物に時間が掛かったんだな。こんな遅くまですまん。」
俺は買い物に時間を掛け、料理に時間が掛かったのだと思い、香織に御礼を言った。
「たいしたことはしていないわよ。そんな大げさよ、直也。」
香織は笑顔で答えてくれた。
だが香織の10本の指から肘までが包帯で白くなっていた。その包帯はところどころ赤くなっている。何があったのかは考えないようにした。
食卓の上には大皿があった。その上には赤い物体が載っていた。
「直也の希望で刺身にしたのよ。魚屋さんで生きのいい魚っていったら、魚じゃないけどエイが入っているからって勧められたの。」
香織はアカエイを購入したらしい。
「奥さん、捌けないなら捌くけどって言われたけど、卸包丁があるので、出来ますからってそのままもらってきたの。」
「奥さん、だって。奥さん、だって。奥さん、だって。」
壊れたレコーダーがそこには居た。
で、大皿の上には、ぶつきりにされた赤い物体があった。哀れなアカエイの末路だった。一つ間違えたら俺もこうなるんだなと、気を引き締めた。
晩御飯は、アカエイ一択だった。アカエイしかなかった。量だけは十分だった。
香織、明日は、香織の実家で香織のお母さんの手料理を御馳走になりにいこう。頼むから。お願いだから。香織様。お願いします。俺、電話して頼み込むから。
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