32.夏の観測会
夏の観測会の日程が確定した。情報を手に入れた拓郎が香織に連絡をしてきた。時期的には合宿が終わって爺さんの家に向かうまでの間のことだった。
「ありがとう、拓郎。でも、やっぱり、その日は田舎にいる日だわ。だから田舎から直接向かうことにするね。会場で合流しよう。それと拓郎はなんだったら遥香を誘って来たらいいんじゃないかな。」
香織の言葉に拓郎は考え込んだ。遥香を連れて行くのはいい。だけど拓郎と遥香が一緒のところに香織が合流すると香織の立場はどうなるんだ。もし直也が来なかったら、どうしたらいいんだ。だが拓郎の迷いを知ってか知らずか香織は続けていった。
「わたしのことなら大丈夫だから。直也はきっと来るから。心配要らないよ。」
拓郎には香織の自信がどこから来るのか分からなかった。だけど、香織の口調から直也は確実に来るんだろうと思えた。それを香織は知っているんだと。なら心配することは無いのかもしれない。
「わかった。遥香を誘ってみるよ。」
「うん、それがいいと思う。直也と4人でまたダブルデートをしよう。」
香織は当然のように言った。それで拓郎には、直也が来ることに確信が持てた。遠慮なく遥香を誘っても大丈夫だ。
「山内拓郎さんですね。お連れ様が到着して待って居られますよ。」
拓郎が受付をしたときに、受付の女性から声を掛けられた。
「お連れ様って、誰が来ているのですか?」
「砂川さんという方です。」
「砂川?」
矢野でも瀬沼でもない聞き覚えのない名前に拓郎は戸惑った。だがお連れ様というのだから、相手は拓郎のことを知っているのだろう。不可解な思いをしながらも、教えられた二階の部屋に拓郎は遥香と向かった。
俺と香織は控室で仲良く並んで冷えた御茶を飲みながら座っていた。時々香織が猫のように俺に甘えてしなだれかかっていた。そこに拓郎と遥香が入ってきた。
「よう、久しぶりだな、拓郎。」
俺は部屋に入ってきた拓郎と遥香に声を掛けた。
「遥香も拓郎と仲良くて元気そうだな。」
俺に体重を掛けたままの香織も嬉しそうに弾んだ声で二人に声を掛ける。
「ちょっとぶりだね。遥香も拓郎と一緒に来たんだ。」
拓郎と遥香の視線が俺と香織が並んでいる姿に突き刺さっている。
「久しぶりだね、直也。予想はしていたけど、実際に香織と一緒に並んでいるところを見ると驚くね。それにずいぶん印象が変わったね。」
拓郎が俺に挨拶をしてくる。
「まあな、瀬沼時代とは姿形は変わったからな。それと今の俺は砂川直也だよ。養子に出たんでな。」
俺は細かい事情を省いて名前が変わったことが理解できるように説明した。
「そういうことか。砂川って言われて誰のことか分からなかったよ。」
拓郎が事情を知って納得している。
「何時の間にそんなに仲良くなったのよ、香織。」
俺にぴったりくっついている香織に遥香が聞いてくる。香織は、いつものように俺の左腕に抱き着いている。
「えへ、それはバスケの試合を見にいったときからだよ。」
「バスケの試合って、男子バスケ部の地方大会のこと。」
「そうだよ。」
「でも、あれってエースの応援に行ったんじゃないの。」
「一応、そうだったよ。でもそのときに直也と再会したの。ね、直也。」
香織は楽しそうに俺の顔を見ながら言ってくる。
「そうだな。俺が試合に出ているのを香織が見つけてきたんだよな。」
「うん。すぐに直也だってわかったんだよ。」
香織は笑顔だ。ほんとうに幸せという顔をしている。
「そうか、それで香織は、みんなと一緒に帰って来なかったんだね。」
遥香が女子バスケ部のメンバーと香織が帰ってこなかった話を思い出す。
「正解。」
「それが理由の一つでエースに別れを告げられたらしいけど、直也と会っていたんなら香織に取っては痛くも痒くもなかったってことか。」
拓郎が真実に辿りつく。
「ピンポン。その通り。直也の恋人になれていたから、むしろ渡りに舟だったよ。」
香織は嬉しそうに種あかしをする。
「そうかあ。心配して損したかな。」
「ごめん、遥香。言わなくてごめんね。」
「いや、こっちこそエースとの仲を押したりしていたから、うまく行かなかった引け目もあったしね。香織が幸せになってくれたのなら結果オーライね。」
遥香は隠れた真実を知っても怒ることもなく明るい顔をしている。
「そろそろ星を見に行こうか。」
拓郎が観測会に来たんだしということで、俺たちは全員で表に出た。
望遠鏡が設置された場所で星を見ながら拓郎が豊富な情報を展開してくれる。遥香と香織がいるから基本的な話も含まれている。
「夏の星座ではてんびん座・わし座・はくちょう座・さそり座なんかがあるね。全天では1等星が21個あるんだけど、はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルは夏の大三角で有名だね。ベガは織姫、アルタイルは彦星とも言われているよ。あとさそり座のアンタレスも1等星だ。」
さそり座とオリオン座の神話の話も出てきた。さそり座の心臓アンタレスを、いて座が狙っている話や、いて座の元になったケイロンのことも説明された。
長々と星を見て拓郎の話を聞いていたら、熱中してしまい、かなり遅い時間になってしまった。俺は気が付いていたが、そもそも泊まる準備をしていたし気にもしていなかった。
「まずい。電車がなくなる。」
拓郎が焦った声を出す。それに対して香織がのんびりと答える。
「泊まったらいいんじゃない。」
「泊まるって、どこかにホテルでもあるの。」
香織の言葉に遥香が聞いてくる。
「うん。ホテルじゃなくて、ペンションだけどね。部屋は二つ確保してあるから拓郎と遥香も泊まれるよ。」
「部屋が二つって、直也くんと香織の分じゃないの。」
「え、わたしと直也なら部屋は一つしか要らないよ。」
何を言うのかという感じで香織が答える。そして俺と同室が当たり前と言う。
「え。香織って、直也くんと同じ部屋でも平気なの。」
「平気というか、わたしの家でも直也と一緒のベットで寝ていたよ。」
香織が平然と答え、遥香が狼狽えている。拓郎が俺に向かって言う。
「さすがだね、直也。行きつくところまで行きついているみたいだね。」
「まあ、そうだな。香織の両親にも挨拶したし、香織も俺の両親に挨拶し終わっているよ。」
お互いの両親に挨拶も終わっているという俺たちに拓郎と遥香が驚いている。
「そうなの。香織、幸せそうね。」
「幸せだよ、遥香。」
香織はうっとりと俺にもたれ掛かっている。
「遥香さえ良かったら、僕も遥香と同じ部屋が良いよ。」
拓郎の言葉に、遥香は動揺しながらも答えた。
「私も拓郎さえ良ければ、同じ部屋がいいよ。」
尻すぼみながら遥香も拓郎との同室を希望した。
最終的に俺たちはそれぞれカップルで一つの部屋を使った。過ごした夜がどんなものだったかは知らない。だけど翌朝、拓郎と遥香の距離がかなり近かったようなのは気のせいではないだろう。当然だが俺と香織はゼロ距離だった。
「あの二人は大人の階段登ったよ、絶対に。」
香織が密かに断言していた。既に登りきっている香織には下から上がってくる二人の様子が手に取るように分かるらしい。
朝ごはんの時に、からかうのは流石に不味いと思ったので何も言わなかったが、黙って二人でチラチラ眼を合わせながら御飯を食べる拓郎と遥香に、初々しいなあと思ってしまったのは事実だ。
香織は俺にべったりとくっ付いていたが、遥香と拓郎には俺たちの姿は見えていなかっただろう。
まだまだこれからが人生だが、香織と歩く人生は楽しいだろうと思えていた。
行きつく先は何色だろうか。
輝かしい色だろう。輝かしい色にしたいものだ。必ず輝かしい色にする。Fin。
誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。
本編はこれで終了です。
あとは番外編として追加していきたいと思っております。




