31.田舎
翌朝、俺は朝10時に香織の家の前に立っていた。呼び鈴を鳴らすと香織が直ぐに飛び出してきた。そして家から出てきた香織は、俺の姿を見て驚いていた。
俺はライダースーツを着ている。そして俺の後ろにはバイクが止まっている。手には香織のための真新しい赤いヘルメットを持っていた。
去年にバイクの免許を取った俺は、今年中古バイクを購入した。そして時間を作っては走行練習をしていた。最近になってようやく香織を後ろに乗せても大丈夫だと自信がもてるくらいには慣れた。
なので砂川の爺さんのところにはバイクで行こうと迎えに来たのだ。爺さんのところには電車は通じてない。最寄駅から歩いたらとんでもないことになる。車かバイクがないと不便な土地なんだ。
実は北脇先輩のいるところ、俺が中山時代をすごした場所から、香織のところには電車で一時間かかる。同じく先輩のところから俺が現在住んでいるところにも電車で一時間かかる。
だから電車なら香織のところから俺のところには2時間かかる。だが、地理的には3角形を描いているので、俺のところから香織のところへは直線で、高速を使えば、30分足らずで到達できる。
「なら、いつでも会えるんじゃないの。なんで毎日来てくれなかったの。」
カラクリを知った香織がお冠だ。だが怒った顔も可愛い。俺は笑って答えた。
「お前を後ろに乗せられるようになるまでは危ないからな。ちゃんと練習して大丈夫って思えるまでは黙っていた。もし俺がバイクで来たら乗せろって絶対言っただろ、おまえは。」
俺の言ったことを否定できない香織はしぶしぶ俺の言い分をのんで怒りを収めた。だが切り替えは早かった。
「でも、これからはいつでも来てくれるんだよね。いつでも会えるんだよね。」
香織はニコニコ顔だった。
「で、お前はそれでバイクに乗れるのか?」
香織は割と短いスカートにニット素材のノースリーブという露出度の高い服装だ。素足は綺麗だが、足元はミュールを履いている。
「そんなバイクに乗るなんて知らなかったし、言わなかった直也が悪い。」
香織は俺の説明不足だと責めてきた。
「まあ確かに言わなかったから、俺が悪いけど、そんな恰好をして待っているとは思っていなかったよ。」
バイクに乗るのに手足が出ていると火傷の危険があるし、万一転倒したときに大怪我をする。だから手足は保護するのは基本だ。
「その恰好だとバイクで行くのには危ないから着替えてきてくれ。」
「分かった。じゃあ、一緒に部屋に上がって待って頂戴。」
俺は香織に連れられて部屋に上がる。途中、母親に挨拶をしたが、母親は笑顔で言った。
「朝早くから起きて香織は、お弁当を作っていたのよ。楽しみにしてあげてね。」
「お母さん、余計なことは言わないでよ。」
顔を赤くした香織が母親に抗議していた。
部屋に入ると香織は長袖上下の着替えを取り出した。そのまま着替えるのかと思っていたら俺の方をふり向いて言った。
「ねえ、この恰好ってどう思う。」
「夏らしくて涼しそうだし、可愛いし香織に似合っているよ。」
「そう思ってくれる。うれしい。直也が喜んでくれるかなって一生懸命考えたんだよ。」
香織は、俺のために考えたコーデを俺が気に入ったのでルンルン気分のようだった。いきなりベットに座っていた俺の膝のうえに飛び乗ってきて抱きついてきた。
「大好き、直也。逢いたかった。」
潤んだ眼をして口を俺の口に合わせてきた。
「俺も会いたかったよ、香織。」
やっぱり香織は可愛い。俺はしばらく柔らかい香織の身体を抱きしめて楽しんでいだ。俺に抱きしめられた香織は幸せそうに喘いでいた。
ただ、いつまでもそうしているわけにもいかない。香織は名残惜しそうだったが、俺から離れて俺の眼の前で着ていたものを脱いで長袖の上下に着替えた。
「やっぱり着替えを見られるのは恥ずかしいね。でも直也に見られるのは嬉しいけどね。」
赤い顔をしながら呟いている香織はすこし壊れてきているようだった。
まあ下着は白だったどね。レース素材で割と透けるタイプだった。俺に見えるようにしていたのは気のせいじゃないだろう。
「気をつけてね。」
香織の母親が見送ってくれる。赤いメットを被った香織は笑顔で手を振った。
「行ってきます。」
香織は俺のベルトに手をかけて、俺にぴったりと身体を密着している。鼻歌を歌いながら御機嫌そのものだ。
「しっかりつかまっていろよ。危ないからな。」
「分かっているよ~。」
俺の注意にも香織はフワフワとして上の空といった返事だった。
バイクで高速と地道を走ること数十分。砂川の爺さんの農家に着いた。ど田舎だ。隣の家まで歩くと10分は掛かる。一番近いコンビニは車で15分だ。
砂川の爺さんの家は大きい。部屋も沢山あってどれでも使えと言う話だった。だから俺はいつも爺さんの家に来たときに使っている、風呂場に近い部屋で香織と寝泊まりすることにした。
「まあまあ、可愛いお嫁さんを貰うことにしたのね。大事にするんだよ、直也。」
婆さんは香織を気に入ってくれた。
「直也の婚約者の香織です。」
香織は爺さんと婆さんに挨拶してくれた。訂正する気もなかった俺は、視線を向けてくる爺さんに頷いて肯定しておいた。
「ふむ。でかした、直也。おまえの眼は節穴ではないようだ。父親として鼻が高いぞ。香織さん、息子を宜しくお願いします。」
爺さんは香織に頭を下げていた。
「こちらこそ宜しくお願いいたします。」
香織も頭を下げていた。さながら顔合わせと言ったところだろう。無事に終わって良かったよ。
爺さんの家では、俺は農夫、香織は農家の嫁の役をやっていた。二人で畑仕事を手伝い、香織は婆さんと一緒に料理を作ってくれた。香織は以前より料理の腕前を上げているらしい。遥香から聞いて、レパートリーも増やしていると言っていた。
夜は二人で心行くまで満足のいく生活を送っていた。静かで邪魔の入らない環境で香織はご満悦だった。風呂場が傍にあるので、すぐ利用できるのも便利だった。リビングに立つ香織を見て、新婚生活を送っている感覚に陥っていた俺だった。
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