30.合宿終了
俺と香澄のゴタゴタはあったが、合同強化合宿は順調に消化されていった。
最終日には練習試合が組まれた。助っ人達の居ない今の俺たちのチームでは、北脇先輩のチームとは勝負にならない。だが、一年生同士の試合ではそうでもなかった。
香織の指揮のもと一年生5人がフルコートで戦う。
俺たちはメンバー交代が出来ないので、試合時間は10分二回で間に2分のインターバルを入れるハーフだ。
最初の10分はハーフコートバスケットをした。北脇先輩の高校の一年生は全員経験者でレベルも高い。最初から最後まで、こっちの劣勢だった。
だがインターバルを置いてからの第二クォーターは違った。
システムを使った。それも1年生全員が3ポイントシュートを打つ。だから誰に渡ってもすぐにシュートが飛ぶ。パスもドリブルも最低限で良い。
ハーフコートバスケットをしようとする相手に対して、ラン&ガンでスティールを狙う。180度方向性が変わった戦法に相手は戸惑い翻弄される結果となった。
「すごいね、直也。一年生全員が3ポイントシュートを打ってくるなんて。」
香澄が声を掛けてくる。
「まあな、俺が教えられることは、これしかないからな。バカのひとつ覚えだけどな。」
シコリが完全になくなったわけじゃないが、俺が謝ったことで香澄と表面上は会話が出来るようになっている。
「なんていうか究極のシステムだよな。あんな戦い方をしてくるとはな。」
北脇先輩がぼやいている。
「だけど、おまえの彼女の指揮も上達しているよな。地方大会のときも、かなりしぶとく戦われたけど、今回はそれを上回るからな。」
「香織さんて、マネージャーじゃないの。」
「マネージャーだよ。コーチ兼任だけどな。」
「コーチ兼任なの?いつから指揮をとっているの。」
「地方大会、北脇先輩と激突したときからだよ。本職は女子バスケ部のポイントガードだった。だけど女子バスケ部は辞めた。いまは俺たちのチームのマネージャー兼コーチ専任だよ。」
香澄が眼を見張る。
「すごいわね。でも直也の高校の女子バスケ部は逸材を逃したことになるんじゃないの。」
「高校が違うよ。」
「え?」
「俺が最初に行った高校だよ。香織が通っているのは。」
「え、どういうことなの。」
「香織がいる高校は、両親が離婚して俺が瀬沼の名前で入学した高校。今の俺がいる高校は、養子になって俺の名前が砂川にもう一度変わって転校した学校。」
事情を知って香澄が驚く。
「それが理由なんだな。おまえの話が去年はなにも聞こえなかったのは。」
北脇先輩が納得している。
一年生同士の試合が終わったところで合宿が終了する予定だった。
だが最後の最後に北脇先輩が言い出した。
「3×3の試合がしたい。」
5人制とはルールが異なる3人制を敢えてやりたいと言い出した理由は簡単だった。俺と後輩と北脇先輩の3人でこの場限りのチームを組みたいということだった。北脇先輩の願いに、誰も異存がなかったので、もう1試合することになった。
ルールは制限時間10分で21点先取のノックアウト方式だ。ボールだけは用意がないので変更なしになった。北脇先輩の高校のチームから、北脇先輩と後輩の抜けた、残り3人のスタメンとの勝負になった。
「さてと、いくぞ、野郎ども。」
気合の入った北脇先輩の激が飛ぶ。俺と後輩の二人は不敵な笑みを浮かべて応える。
「「了解、キャプテン。」」
結果はワンサイドゲームだった。普通なら3ポイントになるシュートが、3×3では2点だ。だが、走り回って左右から打ち分ける俺と後輩に、アーク内で暴れる北脇先輩の勢いで、圧勝した。
昔の連携は俺たちの骨の髄まで染みていたようだ。声を掛けることなく瞬時にパスが通り、ショットクロックのカウントを待たずにネットを揺らし続けていった。全国制覇は伊達ではない。対戦相手からは悪夢だと言われた。
コート脇で観戦していた一年生からは言葉もなかった。
香織はなぜか満足そうで偉そうだった。
「さすが、わたしの直也。」
強化合宿が終わり俺たちは北脇先輩達に御礼を言って家路についた。
もちろんだが俺はちゃんと香織を自宅まで送っていった。
合宿が終わってから砂川の爺さんの家に向かうまでは数日あった。
その間、香織とは毎日連絡は取っていた。ただ香織は書き込むと俺の反応をずっと待っているようだった。
しばらく返事をしないとメールが着信して、それでも反応しなかったら電話が掛かってきた。まるで携帯に呪いが掛かっているようだった。
おちおち風呂にも入っていることも出来ない。寝ている間は大丈夫だったが、朝になると連絡が来た。
>直也
>直也
>直也
>直也
<おはよう、香織
>おはよう、直也
>起きるの遅い
>なにをしているの
>誰かと一緒に寝ているの
<ちげえよ。一人だよ。
>ほんとう
>うそじゃないよね
>信じていいんだね
香織って誰とも付き合ったことないって言っていたよな。俺が最初の恋人なんだよな。まあこのままなら最後の恋人にもなるとも思うけど。ただ、この調子で夏休みが終わってからの2学期以降は大丈夫なのかな。心配になってきた。
爺さんの家に行く前日には香織に電話で連絡した。香織に直接声が聴きたいと言われたからだ。俺も電話のほうが助かる。
「元気にしている、ちゃんとご飯食べている、直也。」
「元気だよ。御飯も食べているよ。」
「浮気してないよね、直也。」
「しているわけないだろう、香織。」
というかどうやったら出来るんだ。おまえは毎日延々と連絡してきているだろうが。
「だってもう何日も会ってないんだよ。直也だったら彼女作るのなんかすぐでしょ。」
「そんなことしないよ。」
「そんなこと言って、わたしに飽きてきているんじゃない。」
「そんなことないよ、香織。」
「だって、こんなしつこい女、嫌になってきているでしょ。」
自覚しているんだ。だが嫌いじゃないよ。むしろ好みだよ。
「そんなことないよ。大好きだよ、香織。」
「ほんとう。わたしも大好きだよ、直也。はやく逢いたい。」
「明日10時には迎えにいくから。」
「わかった。」
俺は詳しい説明はせず、香織にゆっくり休むように言って電話を切った。その後も、せっせと書き込み連絡が無限に増えていたのは言うまでもない。
誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。




