2.瀬沼時代
中学3年の終わり、俺は折角受験した高校も合否に関係なく諦めるしかなかった。というか、高校進学すら諦めなければならないレベルの事態だった。父親と母親が離婚した。その結果、これまで住んでいたマンションは解約されたので出なければならなかった。
離婚が成立したときに、父親は新しい恋人と小綺麗なマンションを借りて、とうの昔に引っ越していた。母親は年下の恋人と暮らす準備中だ。二人とも俺のことは眼中になかった。俺はまずは自分の生きていく場所を確保する必要があった。学校なんか二の次だ。
父親も母親も、どっちも今までの街とはかなり離れた別の土地に住むことになる。受験した高校に通うのは無理だ。下宿するにしても監督者と離れすぎになる。どっちかに付いていくしかない。下手すりゃ俺は駅の高架下で生活する事態になる。
父親の若い恋人は俺のことを嫌っていた。そりゃそうだろ。夫の前妻の子供なんだからな。俺には選択の余地はなかった。だからと言って母親の恋人が俺を受け入れてくれているわけでもない。だがとりあえず15歳の未成年にはどうにもならんことが多すぎるんだ。俺はこのとき精神的に病んでいただろう。
母親が行く土地で、二次募集をしている高校を探しだしてくれた中学の担任には本当に感謝している。俺のことを本気で心配してくれた。県を跨いでいて全く見知らぬ高校にも関わらず受験する高校に連絡して情報を集めてくれた。おかげで俺はその高校を受験して入学することが出来た。担任には強く生きろと励まされた。俺は涙が止まらなかった。
高校の入学式以来、家族と言える人間は、俺の高校に来たことはない。が、別に不便はなかった。遠く離れた場所に住む足の悪い婆さん、父親の母親だけは、祝いを送ってくれた。不憫な孫をかわいそうに思ってくれたんだろう。いま血のつながった人間のなかで連絡をとるのは婆さんだけだ。だから今回も養子縁組という救いの手を出してくれた。
高校に入学してから俺はひたすら大人しくしていた。交友関係も最低限で済ますようにしていた。瀬沼の名前で生きることが苦痛だった。瀬沼の世界を広げるつもりもなければ、瀬沼の記憶も作りたくなかった。しかし偶然だが仲良くなった男がいる。拓郎だ。拓郎とは、部活も一緒にしている。理科部の天文班だ。俺の趣味じゃない。拓郎の趣味だ。こいつのせいというか、おかげで俺の瀬沼時代が色彩で飾られることになった。
出会いは、本屋だった。俺が学校で必要な本を買いにいったときに、たまたま同じ高校の真新しい制服を着た男がいた。見掛けから同級生だと分かった。そいつはでかい図鑑を本棚から取り出そうと苦労していた。本が落ちそうで危ないと思った俺は手を貸したんだ。
そいつが拓郎だった。山内拓郎という。取り出そうとしていた図鑑は天体関係で、星座や神話が詳しく書かれていた。拓郎は星座や神話に詳しく、見知らぬ初対面の俺に滔々と話しをしてくれた。俺は正直天文に興味があったわけじゃないが、拓郎には興味が沸いた。なんで誘われるままに理科部の天文班に属した。
天文班と言いつつ、実は俺と拓郎の二人しかいない。理科部には他に化学班や物理班もあるが、似たり寄ったりの人数だった。なので理科部全体でもたいした人数はいない。そのせいもあって部員同士の距離は近かった。時折みんなで出かけるくらいには。
ちなみに生物班というのはない。生物部というのが別にあるからだ。理科部は別名、無機質部と言われている。属している人間も無機質なやつが多い。性格的にも似たような人間ばかりが集まっていた。あまり他人には干渉しない。無機質部とは座布団がもらえるくらいのネーミングではある。
理科部で良く出掛けた先は科学博物館だ。到着すると、それぞれ興味のある分野に散ってしまうので、一緒に遊んでいるとは言えない。ただ行き帰りやご飯を食べるときは共に行動したので仲間と呼べる程度にはなった。
俺は知らない土地に来たこともあって、地元民である仲間に教えてもらうことは多かった。逆に俺のこと詳しく詮索するやつがいなかったのは助かった。さすがは無機質部。興味が偏っているとも言えるだろうが。それでもボーリングやカラオケに行ったりと、たまに高校生らしい健全な遊びに出たりもした。
そのうちに拓郎は彼女が出来た。こういうと理科部の部員だと思うだろうが、実は家庭科部だ。家庭科部は理科部と活動部屋が同じ校舎にある。それで時折、拓郎を見掛けて気になっていた彼女が拓郎にアタックしてきたんだ。俺は正直物好きだと思った。
でも直接のアタックじゃなかった。彼女の名前は田辺遥香という。遥香と同じクラスに拓郎と同中出身の女が居る。その女の仲立ちで遥香と拓郎の二人は付き合うことになった。そのときに、俺も巻き込まれた。拓郎が遥香と二人で出かけるのに尻込みしたからだ。
拓郎と同中出身の女は矢野香織という。香織は拓郎と中学時代に仲が良かったわけじゃないが、遥香のためにと頑張った。同中出身とは言え、香織と拓郎は単なる顔見知りレベルだ。高校でクラスも違うのに香織は拓郎に声を掛けたんだ。遥香の顔と名前を知っていた拓郎は気持ちが少し動いた。実際のところ拓郎も遥香に興味があったんだろう。
しかし拓郎は遥香と二人きりは間が持たないと思ったんだな。それで香織にも同行を求めたらしい。そうなると女2人に男1人ではバランスが悪い。なので香織がもう一人男をと言った。拓郎が誘える相手ということで俺に白羽の矢があたった。
ちなみに拓郎も俺も遥香もクラスは全員別々だ。遥香と香織が同じクラスというだけだ。だから俺にとっては遥香も香織も見知らぬ他人だ。巻き込まないでくれと拓郎に言ったんだが、頼み込まれて承諾した。唯一と言っていい友人の頼みだしな。
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