27.繋がり
エースに別れを告げられた日、香織は女子バスケ部の顧問の部屋を訪れていた。
「先生、お話があります。」
「ん、なにかな、矢野。」
「バスケ部を辞めたいと思います。」
顧問は香織の顔を見て、ゆっくりと返事をした。
「理由を聞かして貰ってもいいだろうか?」
「はい。自分の限界を感じました。状況を把握して判断して指示を出す。それと自分のプレイヤーとしての動きを両立させる。どうしてもタイミングが一歩おそくなって、試合についていけていません。県大会で負けた理由の一つだと思っています。あとは、シュート成功率が低いことも原因の一つだとも思っています。ただそれだけで3ポイントシュートを全否定されるのは違うと思いますが。」
香織の言葉を聞いた顧問は別のことを考えていた。顧問の耳には、ある情報が届いていた。男子バスケ部のエースが香織に別れを告げたこと、そして男子バスケ部のマネージャーと付き合いだしたということ。それが原因で、同じ体育館で部活をするのが辛いから、香織は退部したいのではないかと。それなら引き留めるのも更に問題を大きくする。バスケ選手として香織は戦力になるが、どうしても居ないと困る存在でもない。
香織は、直也のチームを指揮して自分の戦術選択に自信を得ていた。その反面、直也と後輩の3ポイントシュートの応酬や、北脇先輩のチームのポイントガードの動きを目の前にして、自分のプレイヤーとしての限界も悟っていた。それに直也のチームのマネージャー兼コーチなら、直也の傍にいることが出来る。もしも直也に取りつく悪い虫がいるのなら駆除しなければならない。少し道から外れた思いもあった。
「わかった。矢野が決めたことなら、矢野の思うようにするのがいいだろう。ただし、同じチームの仲間には挨拶をしてから辞めてくれ。」
「退部を認めて頂きありがとうございます。それと挨拶の件はわかりました。今日皆に挨拶をします。」
その日の女子バスケ部の練習が始まる前に、顧問に集められたチームメイトの前で、香織は退部を報告した。理由は家庭の事情としか言わなかった。
「これまでありがとうございました。」
突然のことで、まったく相談もなく退部を決めた香織に、部長を始めとして慰留する先輩や同級生が居たが、香織の意思は固くそのまま退部することになった。
「もし考えが変わったら戻ってきて頂戴ね。」
部長が最後に香織に声を掛けたが、香織は笑って答えた。
「ありがとうございます。ですが戻ってくることはないと思います。わたしはしたいことが出来ましたので。」
香織には、直也のチームを指揮してどこまでいけるか、自分を試してみたいという欲求が目覚めていた。
「香織、だいじょうぶ。」
バスケ部で挨拶を終えた香織が帰ろうとしていたところに、遥香が声を掛けてきた。
「なにが?」
「いや、なにがって。そのエースとのことよ。」
噂は学校中を駆け巡っているようだ。まあエースが隠すことなくマネージャーの女の子と仲睦まじくお昼ごはんも含めて一日中べったりしていれば誰でも気が付くだろう。クラスが違う遥香にも当然情報は届く。香織とエースの仲を押していた遥香は動揺していた。
「まあ、いいんじゃないかな。わたしは大丈夫だし。」
香織は笑顔で遥香に答えた。実際晴れ晴れとした気分の香織には最早どうということのない話だった。だが遥香には香織が無理をしているようにしか思えなかった。
「エースも冷たいよね。香織と簡単に別れるなんて。」
「もう終わったことだし、いいからこの話は止めにしようよ。それより料理のことでちょっと聞きたいことがあるの。」
香織は遥香との会話の話題を無理やり料理に変更していった。家庭科部の遥香は料理の知識が豊富だ。一人暮らしの直也に食事を作ってあげたい香織にはその知識が欲しかった。
遥香と香織が話をしながら歩いて帰っていたところに拓郎が合流した。
「だいじょうぶかい、香織。」
拓郎が気遣って香織に声を掛ける。拓郎も校内を駆け巡る噂話を耳にしていた。拓郎の声と顔から自分のことを心配してくれていることが分かる香織は苦笑して答えた。
「もう大丈夫よ、拓郎。いまのわたしには何の問題もないからね。」
「そうなんか。香織が大丈夫ならいいんだよ。だけどこれで夏の観測会には遠慮なく行けるよね。」
「ああ、それね。うん、日程が分かったら教えてね。ちょっと田舎に行く用事があるから、ひょっとすると田舎から直接向かうことになるかも知れないの。」
確か、夏の観測会は盆の直後じゃなかっただろうか。直也の両親、砂川のお爺さんとお婆さん、に会いに行ったら、こっちに戻ってくる余裕がないかも知れない。香織の頭の中では夏の計画が着々と立てられていた。
「ええと、行くんだよね。直也に会いに。」
「うん。もちろん行くわよ。直也と星を見たいしね。」
「分かった。じゃあ調べがついたら連絡するね。」
「うん、お願いね。じゃ、わたしこっちだから。」
香織は遥香と拓郎と別れて歩いて去った。
「ねえ、拓郎。香織本当に大丈夫なのかな。」
「うーん、はっきりとは分からないけど大丈夫じゃないかな。」
拓郎は歩き去る香織の後ろ姿を見ながら遥香に答えた。
「なんで、そう思うの。」
「気が付かなかった?遥香。」
「何に、拓郎。」
「香織がね、直也って呼び捨てにしたんだよ。これまで直也くんとしか呼ばなかった香織がね。それと直也に会うじゃなくて、直也と星を見るって言ったんだ。確実に何かあったんだと思う。僕たちの知らないうちに直也と香織が繋がったような感じなんだよね。」
拓郎には理由は分からないが、香織が揺るぎない自信を得て落ち着いているように見えていた。これまでの香織の直也に向ける感情の揺らめきとは全く違っていた。
誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。




