20.見つけた
4月になり2年に進級した。どこの学校でも同じことが起こる。
クラス替えがあって、香織は遥香とも拓郎とも別のクラスになった。少し寂しかったが、エースとも別のクラスだったのはほっとした。バスケを通じての繋がりはまだあるが、個人的な繋がりは絶たれつつあって名のみの恋人だった。
6月末になって香織は自分の高校の男子バスケ部の応援に来ていた。夏の地方大会に男子バスケ部が出場しているのだ。
ちなみに女子バスケ部は県大会でベスト4を逃したので地方大会には出場出来なかった。香織のポイントガードとしての責任が問われもしていた。
一応の彼氏である男子バスケ部のエースが、必ず応援に来いよ、と言っていたのもあったから、気乗りはしなかったが香織は開催県である隣の県の県立体育館まで女子バスケ部の仲間と来ていた。
「すごいわね。あの相手チームの6番。」
「さっきから3ポイントシュートを立て続けに決めているわよね。」
「なんで、あんな位置から入れることが出来るんだろうね。」
対戦高校の6番シューティングガードは、連続で3ポイントシュートを決めている。うちの高校との点差が地味に開いていく。体勢が崩れていても見事なバネを利かせたシュートを放っている。それも時には片手で。
香織は女子バスケ部の仲間と試合を観戦していたが、相手チームの6番シューティングガードの動きには圧倒されていた。試合が始まってからずっと3ポイントシュートをミスなしで決めている。そのせいで味方は劣勢だ。だが対戦相手の技術の高さに驚き、興奮しながら皆と話をしていた。
再び相手チームの6番シューティングガードが素早い動きで、味方をかく乱してセンターラインから3ポイントシュートを決めた。その瞬間その綺麗な姿に香織は釘づけになった。
あれ、あれは、どこかで見たような気がする。背筋がぞわっとした。
髪型は全く違う。纏う雰囲気も違う。コートにいるのはエネルギーを爆発させる激しい選手だ。記憶にある人とは全然違う。でも香織の脳裏にかつて手本を示してくれた3ポイントシュートの美しいフォームが蘇る。あれは直也くんの3ポイントシュートだ。
「あいつすげえな。」
香織たちの左前に陣取っている別の高校の選手たちが話をしている。開催県の有力高校で優勝候補筆頭だ。
「あれ、直也じゃないのかな。」
香織の耳にたったいま頭に思い浮かんだ人物の名前が聞こえてくる。胸が高鳴る。
「でもメンバー表に直也は居ても、中山じゃなくて砂川だよね。」
「あいつとは違うのかなあ。」
「先輩知っている人なんですか?」
「ああ、たぶん知り合いだと思うんだけど、名字が違うんだよな。」
「北脇先輩、あれは中山先輩で間違いないですよ。俺に3ポイントシュートを叩きこんでくれましたからね。特にあのリリースの仕方はどんぴしゃですよ。」
「やっぱりそうか。そうだよな。あの3ポイントシュートを見ていて思い出したんだよ。中学時代の栄光の瞬間を。」
「俺も思い出しますよ。システムで捨て身の攻撃を仕掛けたことを。あのときの中山先輩は本当にクラッチ・シューターでしたからね。」
「そうだよな、俺が負傷交代したあとの中山劇場だよな。でも、名字が違うのがな。」
「それは中山先輩の事情じゃないですか。たしか俺の記憶では、先輩は卒業するときに家庭の事情で揉めたって聞いていますよ。」
「そうなんか。何があったんだ。」
「俺も詳しいことは知りません。でも、うちの高校を受験したはずなのに来てなかったということは事実ですね。」
「そうか。それで何かの事情で、あの高校へ行ったんかな。」
「そうじゃないですか。名字が変わっていることも関係あるんじゃないですか。家庭の事情って話でしたし。」
「そうだな。たぶんそうなんだろうな。だけどバスケをやっていたんだとしたら、去年何も聞こえてこなかったのは不思議だよな。」
「そうですよね。確かに、あれだけの選手だし、隣の県だとしても、何か聞こえてきても良かったとおもうんですよね。」
「去年はバスケはしていなかったのかも知れないな。」
「そんなことがあるんですか。」
「俺が知るわけないじゃないか。ただ、あれは確かに直也だな。」
目の前で6番シューティングガードが再びセンターラインから3ポイントシュートを決めた。
香織は仲間に断りを入れてから、直也の話をしている高校の選手たちに声を掛けた。
「すみません。突然でごめんなさい。今お話していた直也という人は、試合中の6番シューティングガードの選手のことですか?」
「そうだよ。君は知り合い?」
「知り合いかも知れないです。でも人違いかも知れないんで確かめたかったんです。」
「確かめるって何を?」
「彼と中学時代にバスケをしていらしたんですか?」
「そうだよ。俺たちはチームメイトだった。おかげで全国の頂点に立てた。あのときの直也の力は大きかったよ。」
「そうなんですか。すごいですね。尊敬します。」
香織は純粋にすごいと思った。全国制覇をしていたなんて。そしてそんな過去を持っていた直也からは、何も聞いたことがなかったのを心から悲しいと思った。わたしは何も知らないし、教えてもくれなかった。教えてくれたのは3ポイントシュートのコツを少しだけ。
「でも、わたしが知っている直也は直也でも、砂川でも中山でもないんです。横から聞いていてすみません。」
香織は盗み聞いたわけではないが、勝手に聞いていたことを謝った。
香織に話しかけられた高校の選手たちは若干戸惑っていた。名字が違うという話をしていたのに、更に違う名字の直也と言い出した知らない女が現れたんだから。
だが香織は確信を求めて重ねて尋ねた。
「瀬沼という名字に心当たりはありませんか?」
香織に尋ねられた北脇は首をひねった。
「瀬沼。聞いたことないなあ。うーん。いや、待てよ。聞いたことあるかも知れない。ちょっと待ってね。」
知らないと答えた北脇だが、頭に引っかかることが思い浮かんで考え込んだ。
「そうだ、確かそういう名前だったような気がする。直也の母親の旧姓が瀬沼だったような気がする。」
香織の顔面に喜色が浮んだ。繋がった。やっぱり直也くんはあの直也くんだ。中山だった直也くんは、瀬沼となり、砂川となったに違いない。理由は分からないけど。
拓郎が言っていた。直也くんには、人生の分岐点が二回あったって。一度目は高校に入るとき、二度目は冬に消えたとき。一度目は、中山から瀬沼に名前が変わった。二度目は、瀬沼から砂川に名前が変わった。たぶんそうだ。
砂川になった直也くんは、以前の中山時代の直也くんに戻ったんだ。バスケで全国制覇を果たしたときのような。3ポイントシュートのアドバイスをくれた瀬沼直也くんは、一瞬見えた中山直也くんだったんだろうね。
でも、瀬沼時代は直也くんにとって暗い闇の時代。それなら、その時代に知り合ったわたしは嫌がられ避けられるかも知れない。香織は思考が暗いほうへ向かうのが自分でも分かった。わたしのことは良い思い出でも、現在はどう思われているんだろう。
試合の流れは変わらなかった。3ポイントシュートで積み重ねられた点差で香織の高校の男子バスケ部は敗北した。香織はダンクで点数を稼いだエースが肩を落としているのを見たが特に思うところはなかった。それより気になっている相手がいた。それは相手チームのシューティングガードの直也だ。
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