19.新しい人生
「砂川、バスケやらない?」
新しいクラスで俺に掛けられた第一声だ。
俺は砂川の爺さんの養子になった。だが砂川の爺さんは現役時代サラリーマンだったのに、引退したらド田舎に引きこもって畑仕事が楽しいという変わり種だった。婆さんも脚が悪いのに爺さんに付き合って園芸やら何やらを楽しくやっているらしい。二人とも長生きしそうだ。
だが高校に通うには爺さんの家は遠すぎた。結局、俺はこれまでと同じく一人暮らしをすることになった。ただ砂川の爺さんの知り合いが持つコーポに格安で入居させて貰うことが出来た。時折田舎にいって畑仕事を手伝っている。農業も楽しいな。新しい発見だ。
新学期となる三学期に新しい高校へ転入した。担任となってくれた先生は、学校内を簡単に案内してくれた。そのあとで俺をクラスまで連れていってくれ皆に紹介してくれた。
「砂川直也くんだ。みんな仲良くしてあげてくれ。」
「砂川です。よろしくお願いします。」
俺は普通に挨拶をして頭を下げた。クラスの反応は特に変わったものではない。可もなく不可もない。学期の変わり目、新年でもあるし、時期的にも特に疑問も持たれなかった。だが、席についたときに第一声が掛けられた。
「いいよ。おまえはバスケ部なんか?」
俺は声を掛けてくれた隣の男に聞いた。
「いや、俺はサッカー部。」
「はあ、なんでサッカー部なのに俺をバスケ部に誘うんだよ。」
「バスケ部の存亡が掛かっているから。」
「意味がよくわからない。説明してくれ。」
「話せば長くなるが、短く話せばバスケ部は3年が12月で引退したら、部員が俺たちの同級生1年生1名になった。」
「うちの高校の規則として、運動部の部員数は最低限チーム戦が出来る人数が必要なんだ。個人戦がある部活、例えば陸上とかなら1名でも大丈夫だけど、バスケ部は最低でも5名は要る。サッカー部なら11名いないとダメだ。」
なるほど分かりやすい。確かに部活をするのに試合も出来ないようなら意味はないだろう。だが1名しかいない陸上部も大変だろう。
「来年度、つまり俺たちが2年生なったら新1年生が入部してくれるかも知れないけど、それまでにバスケ部は廃部になる。」
「それでサッカー部がバスケ部の部員勧誘をしているのか。」
「そうだよ。ちなみに俺はバスケ部と兼部する予定。」
「そりゃ大変だな。サッカー部とバスケ部なんてさ。」
「まあな。でも同じ球技だから似たようなもんだろう。」
全然似ていないと思うんだが、本人が納得しているのなら構わないだろう。
「それで飛んで火にいる、じゃなくて体格がよさそうで、まだ部活に属していない砂川を誘ったということ。」
「わかった、いいよ。それで俺が入ったら何人になるんだ。」
「砂川が入ってくれたら5名になる。」
「それは良かった。」
「まだ良くないんだ。」
「何があるんだ。」
「試合に勝たないとダメなんだ。」
「試合に?練習試合とかか?」
「違う。公式戦だよ。うちの高校の規則のきついところなんだけど、運動部は公式戦で一年間に一勝も出来なかったら同好会に格下げされて予算が減額される。」
それはきつい話だな。というかこれまでバスケ部は何をしていたんだ。
「それでバスケ部は今年度一勝も出来てなくてな。来週に始まる新人戦が最後のチャンスなんだ。ちなみにサッカー部は五勝しているから大丈夫。」
来週かよ。泥縄で無茶もいいところだな。
「ほかのメンバーはバスケ経験あるのか。」
「元々の部員1名だけだな。あとは体育でやる程度。」
「楽しいな。」
俺は笑った。
「砂川はすごいな。」
「そうか。」
「いやこの状況で楽しいなんてさ。」
俺は楽しかった。気兼ねなくバスケが出来るんだ。楽しいとしか言いようがない。
「楽しいものは、楽しい。バスケなんて楽しくやらないとダメだろう。」
俺は心から笑っていた。新しい人生の幕開けだ。
体育館で顧問を含めて部員と顔合わせをした。
センター兼キャプテンのラグビー部員。ポジションは体格で決められた。特技はタックル。一発で退場になりそうだ。ボールは渡さないほうが安全じゃないかな。
唯一のバスケ部員、ポイントガードの副キャプテン。なんでキャプテンをやらないのかと聞いたら、3年が引退する前から副キャプテンだったからとのことだ。真面目で律儀だ。
センターフォーワード兼パワーフォーワード。俺に声を掛けてきたサッカー部員だ。副キャプテンの親友だそうだ。点数を取るのは任せろということらしい。特技はペナルティーキックとヘディングシュート。バスケでは無意味だろ。
長距離ランナー兼スモールフォーワード。身長の高さが武器の陸上部員だ。スピードは左程期待出来ないが持続力は任せろということだ。延々とドリブルをするのが上手い。ショットクロックがあるから早くシュートしような。相手ボールになってしまうぞ。
そして俺はシューテイングガードだ。3ポイントシュートを武器として得点する。
このメンバーで勝利するのは大変だ。だが楽しいメンバーばかりだ。顧問もルールは知っているが、バスケの経験はないし戦術も良くわからないという。俺たちの好きにしたらよいと言ってくれた。すごいバスケ部だ。これまで良く試合をやっていたものだ。聞いたら引退した3年生はそれなりに出来ていたらしい。でも一勝も出来なかった。
練習期間数日でデビューを飾った俺たちのチームは新人戦でベスト4まで登り詰めた。バスケ部の奇跡と学校では評判となった。でもその結果、合格発表直後の新1年生が5人も入部してくれたのは助かった。新年度が始まる前の春休みに他校との合同バスケ強化合宿に参加することになったのは誤算だったが、入学前の5人も一緒で新しいチームを作っていくことが出来たのは良かった。
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