18.手紙
拓郎へ
すまない。おまえに会うために観測会に行くつもりだった。だがどうしても抜けられない用事が出来た。新しい高校で仲間が出来た。仲間と一緒にやっていることがあるんだ。ちょうど観測会が開かれる日と予定が重なっていて、どうしてもダメなんだ。場所が離れすぎていて行けない。あと俺は新しい高校ではちゃんとやっているよ。心配は要らないよ。
遥香とは仲良くしているか。まあ拓郎のことだから大丈夫だと思うけどね。拓郎が遥香と喧嘩する姿は思い浮かばないよ。今だから言うけど、拓郎と遥香の二人が羨ましかったよ。俺は口では人間関係が煩わしいと言っていたけど、実際には人寂しかった。無理をしていたと思う。香織に正直になれなかった。おまえの言うとおりだったよ。いまさら遅いけどな。
いまになると懐かしく思い出すことがあるよ。そっちの高校にいたときは、俺の人生にとって辛い時期だったけど、拓郎に出会えたのは良かった。拓郎には色々と助けられたし教えられた。特に天文を教えてくれたのは嬉しかった。俺にも趣味と言えるものが持てたからな。これからも天文は大事にしていくつもりだよ。今回の春の観測会は参加出来なかったけど、次の夏の観測会にはなんとしてでも参加したい。
今の俺は自分の人生が送れているよ。結局、家族と一緒じゃなくて、一人暮らしだけど、いつでも家族には会える環境にはなった。元々の本来の人生じゃないけど、今は幸せだよ。
あと拓郎と過ごした時間は俺にとって大事な人生の宝物だ。拓郎には感謝している。またいつか再会出来ればうれしい。そのときも友達と思っていてくれたら声を掛けてくれ。
直也より。
直也、後悔しているのか。僕は、後悔するよって言ったじゃないか。でもまだやり直せるチャンスは残っていると思うよ。拓郎は直也の手紙を読んでいる香織へ顔を向けた。
香織へ
この手紙をお前が読んでいるのなら、春の観測会に拓郎と来てくれていたということだろう。研究者さんには拓郎には拓郎宛の手紙しか渡さないように頼んだからな。この手紙は香織が来ていたら香織に直接手渡してくれと頼んだしね。でも香織が来る可能性は低いと思っている。だからもし万一来てくれていたらのつもりでこの手紙は書いた。
そして来てくれていたのなら、俺に会いにきてくれていたということでいいんだろうか。違うのなら恥ずかしい話だけどな。それでもこの手紙を香織が読んでくれているのなら俺は嬉しいよ。
で、香織は元気にしているかな。俺は元気だよ。
新しい家で新しい学校。新しい友達も出来た。俺は俺の新しい人生を歩いているよ。
だから香織は香織の人生を歩んでくれていると嬉しい。
ちゃんと面と向かって、さよならを言わなかったのはすまない。お前にさよならを言いたくなかったから。お前に会うのも怖かった。お前に迷惑を掛けたくもなかった。直接あったら自分が抑えられないかも知れなかった。それで、さよならのメールだけお前に送ったよ。気づいてくれたかな。
離れてから、いろいろなことを思い出したよ。
動物園に行ったことや、お前と弁当を食べたこと。あのときは言えなかったけど、本当は楽しかった。嬉しかった。ありがとう。
でも俺はお前が俺に向けてくれた好意に答えることが出来なかった。答えなかった。
そっちに居たときは俺の人生の暗黒時代だった。だから極力思い出も記憶も作らないようにしていた。俺は瀬沼の名前が嫌だった。今でも嫌いなんだけどね。瀬沼の名前で何かをするのが嫌だった。
俺という人間の本質は変わらないのにな。言い訳だよな。卑怯だよな。
俺は名前に拘って意地を張っていただけだな。素直になれなかった。
それで俺はお前をずいぶん傷つけた。謝って済むもんじゃないけど悪かった。すまなかった。俺が居なくなることで、お前の記憶から俺が消えて、心の傷が癒されるのを願っている。
もう過ぎ去った過去は変えることは出来ない。だから未来に向けて歩いていくよ。俺は俺の人生を行く。でもお前に出会えたのは良い思い出だよ。俺に構ってくれてありがとう。
香織はバスケ頑張れよ。勉強もな。俺はひたむきに努力する香織が好きだよ。
俺のことなんか忘れて幸せになってくれ。
直也より。
忘れることが出来るわけないじゃない。
バカ、直也くん。会いたい。
香織は手紙を握りしめたまま泣いていた。
夏の観測会には絶対に来る。早く夏が来て欲しい。
誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。




