16.新年
誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。
「おはよう、拓郎。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
元旦の朝6時に拓郎の電話が鳴る。電話に出た寝起きの拓郎の耳に香織の声が響く。
「いきなりだね。とりま、あけましておめでとう、香織。」
「あけましておめでとう。で、直也くんのことで何か知らない。」
「直也がどうかしたの。」
拓郎は自分からは話をせずに先に香織の話を聞こうとした。
「直也くんからメールが来たの。」
「いつ?」
「去年の12月25日。クリスマスの朝に。」
「そうなんだ。でも、それを今日、しかも元旦の朝になぜ僕に言ってくるの?」
「気が付いたのが今日なの。普段メールなんて使わないし。でも今日はあけましてのメールが沢山届いたからチェックしていたら、直也くんからのメールがあったの。すぐ拓郎に電話したかったけど、これでも6時まで待ったんだよ。」
「そうなんだ。直也からのメールにはなんて書いてあったの。」
「さよなら。って。」
「そうか。」
直也は結局香織に別れは告げたんだ。微妙だな、脈があるようでないようだし。ないほうの可能性が大きいのかな。
「ほかには何か書いてあった?」
「それだけ。」
香織は続きの文面は拓郎に伝えなかった。なぜかは自分でも分からない。でも言いたくなかった。言えば本当に直也との繋がりが切れるような気がしたから。自分だけものにして置きたかった。
「そうか。」
「ねえ、何を知っているの。」
「そうだね、僕には直也からクリスマスに直接電話があった。」
「それで。」
「引っ越しをするって。」
「引っ越し。」
「そう、引っ越しをするって。」
「どこに引っ越したの。」
「知らない。教えてくれなかった。」
「教えてくれないってどういうことよ。」
「知られたくないって言ってた。」
「どういう意味。」
「転校もするって言っていた。」
「転校!?」
「うん、だから何処へ行ったのか知らない。」
「どういうことなのよ、拓郎。それで、はいそうですかで終わらせたの。」
「いや、直也には怒って問いただしたけど、直也は返事をしなかった。ただ僕に御礼が言いたかったから電話したと言っていた。」
「そんな。」
香織は目の前が暗くなってくような気がしていた。
「直也にはもともと何か事情があるようだった。でも、その事情も教えてくれなかったけどね。ただ、詳しくは説明してくれなかったけど人生の分岐点だって言っていた。」
「分岐点?」
「そう、分岐点。直也ってこの辺の出身じゃないじゃない。高校になって、この辺に来たじゃない。それが一度目の分岐点。それで今度はまたどっかに行った。これが二度目の分岐点だって言っていた。たぶん、何か理由があるんだろうけど、僕には教えてくれなかった。」
拓郎は、『これまでの世界と縁を切りたい』と言った直也の言葉は香織には伝えなかった。伝えることが出来なかった。伝えると香織の思いとも直也は切れることになる。
「わたしのことは何か言ってなかった?」
「何も言わなかった。だから僕が香織のことを言った。香織はどうするんだって。」
「なんて言っていた?」
「エースが居るって。あと直也は自分が消えたら直也のことは香織の記憶から消えるって言っていた。」
「そんな、直也くんのことが忘れられるわけがないじゃない。」
「そうだよね。僕もそう言った。だけど直也は変わらなかった。僕にはどうすることも出来なかったよ、ごめん。」
「拓郎に謝られることじゃないわ。でも、そうなのね。メールを確認してから、急いでメールを返したけど届かなかった。電話も掛けたけど通じない。電話そのものを解約しているみたい。これで、もう直也くんには二度と会えないのかな?」
香織は泣き声だ。拓郎は迷った。直也は最後に香織へメールを送った。それをどう捉えるか。春の天文観測会にたぶん直也は来るだろう。だけど、そこに香織を連れて行ってどうなるのか。うまくいく可能性があるのか。
『やるだけやって諦めるのなら兎も角、中途半端で投げだしたら後悔するだけだよ。』
拓郎は自分の言った言葉が心に浮かび上がってくる。そうだな。やるだけやるべきだろう。
「会えると思う。必ずと約束はできないけど。」
「どうやって。連絡先を知っているの?」
香織に声にわずかな期待が乗る。
「いや、僕も連絡先は知らない。だけど、実は春に大規模な天文観測会があるんだ。直也は春先には会えるって言ったから、そこに来ると思う。それに行けば会えるかも知れない。」
「それっていつ?」
「春休みだよ。」
「行く。」
「分かった。詳しい日程が分かったら連絡するよ。」
「お願い。」
香織には一筋の光が見えたような気がした。拓郎は期待させるだけに終わったらどうしようかと心に重しが載ったようだった。だが春先になれば、吉兆いずれにせよ明らかになるだろう。




