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15.別離

香織の書き込みに対する短い返事を書いたあとも、特に変わることのない日常が続いた。

少しだけ変わったことと言えば、俺はバイクの免許を取った。これで身分証明書が出来た。生きていく上で役立つアイテムだ。レンタルCDが借りられる。


香織はポイントガードとしてゲームメイクと3ポイントシュートを練習している。だが試合で勝てることは少ないらしい。プレイヤーとしてなら別のポジションのほうがいいかも知れない。男子バスケ部はエースのダンクを得点源として練習試合でも勝利を積み重ねているらしい。


俺は拓郎と部活に励む。拓郎は遥香と過ごす時間が増えている。だがエースと香織の仲は進展していないらしい。香織が密かに俺への思いに拘ってエースとの距離を保つことと、エースが香織以外の女の子、男子バスケ部のマネージャーに色目を使うことが原因だ。マネージャーも満更ではないらしい。それでも季節は移り替わる。



女に養子縁組の紙にサインをさせて、転校届も出した俺は引っ越しの当日を迎えた。

クリスマスの朝焼けの時間だ。

この街を離れる。つらい9ヶ月間だったが、いい思い出も少しはある。

将来、懐かしく思える日が来ればいいな。ただ俺は別れをまだ誰にも告げていない。

だから俺は直接電話を掛ける。コール5回で相手が出た。

「もしもし、拓郎か。」

「そうだよ。めずらしいね、直也。こんな朝早い時間に電話を掛けてくるなんて。」

「すまん、迷惑だよな。だけど声が聴きたかった。」

「声が聴きたいって、僕の声を聞いてどうなるんだよ。」

拓郎が笑っている。だが俺は笑う気分じゃない。

「悪い。本当は直接会って言うべきなんだろう。」

「え、何かあったの。」

「ああ。俺は引っ越しをすることになった。」

「へえ、そうなんだ。」

「引っ越しするだけじゃなくて、高校も変わることになった。」

「え、どういう意味?」

「転校するってことだよ。」

「転校って、高校変わるってこと。」

「そうだよ、そういっているじゃないか。」

急な話に拓郎が混乱している。

「詳しいことは言えない、言うつもりもない。だけど、俺は居なくなる。だから、さよならを言いたかった。」

「そんないきなり言われても困るよ。」

「そうだよな。困るよな。俺も困る、いや困らないかな。俺には分かっていたことだし、準備もしていたからな。」

「もう決まったことなの。」

「既に決まったことだよ。高校には転校届も出した。」

「そんな、どうして今まで何も言ってくれなかったんだよ。」

「言っても変わらないし、変えるつもりもなかったからだな。」

俺は自分で自分のことは決めていた。拓郎に話をしたとしても何も変えることはなかった。もし女が来なかったとしても春には俺は消えていた。

「でも仲良くしてくれたおまえには、御礼を言いたかった。だから電話した。」

俺は電話を掛けた理由を説明する。説明されたところで納得するかどうかは別問題だ。

「天文班に誘ってくれたのは嬉しかった。高校に入ってから、俺は人付き合いを極力しないようにするつもりだった。だのに、おまえが、あんなに楽しく星空と神話の話をしてくれて、引き込まれてしまったよ。」

俺は天文に興味があったわけじゃない。拓郎に興味が沸いたんだ。でもお蔭で天文に詳しくなり興味も持つことが出来た。感謝している。その気持ちを伝えたかった。

「どこに行くんだい?直也。」

「ちょっと遠いところだな。これまでの世界と縁を切りたいから、行先は言わないけど。」

「そんなのないだろう、直也。」

拓郎が怒っている。でも俺には笑いがこみあげてくる。俺のことで怒ってくれる人がいる。

「怒ってくれてありがとうよ、拓郎。そんなこと言ってくれるのは拓郎だけだよ。」

「僕だけじゃない。香織はどうするんだよ。」

「矢野のことはなんの問題ないだろう。エースがいるんだし、俺が居なくなれば、矢野の記憶から俺は消えていくさ。」

「直也は人を好きになったことはないの。」

「ないかな。いや、あるかな。」

両親が離婚する前の時代には、人が好きだった時代もあるな。彼女も居たような気もする。仲間達は好きだった。だけど、ひび割れた過去のことになった。

「僕は遥香のことが好きだよ。もし遥香が目の前からいなくなっても好きというのはなくならないと思っている。」

「それは、おまえがいま遥香を好きだからだろう。」

「そうだよ。だから直也のことが好きな香織が、直也のことを忘れるはずないだろう。」

「エースがいる。」

「エースのことはどうでもいい。遥香は応援しているけど、僕は香織が直也のことを想い続ける限り香織とエースは無理だと思う。エースも、それに気が付いているのか別の女の子と仲良くしているみたいだしね。今の二人は単に付き合っているというだけの存在みたいだよ。」

「俺が消えれば変わる可能性もあるだろう。そうじゃないか、拓郎。」

俺は半ば自分を自分で納得させるように話をしていた。

「それで本当にいいの、直也は。」

「それでいい。俺はそうしたいと思っている。」

「僕にはとてもそうは聞こえないよ。後悔するよ。」

そうかも知れないな。だが瀬沼に関わることは記憶から消したいのが事実だ。

「人には人生の分岐点が何回かある。俺の場合は、一度目が高校に入るときだった。今は二度目の分岐点なんだよ。そして、これまでの世界と縁を切りたい。」

二度目のリセットボタンを押す。そして新しい人生を手に入れる。

「そろそろ行くよ、拓郎。」

俺の別れの言葉に拓郎は説得は諦めたようだった。

「また会えるよな、直也。」

「そうだな。また春先にでも会えると思う。おまえの御蔭で俺は天文が好きになれたからな。ありがとうよ、友よ。」

また会えるといいな。たぶん会える。拓郎が言っていた。来年の春に宇宙の窓の大規模な天文観測会が開かれる。拓郎は来るだろう。俺が会いたければ、俺が行けば拓郎に会える。


俺は電話を切って電源を切ろうとしたが何故か手が停まった。

拓郎の言葉が俺の胸のうちを巡っている。後悔するよ。

「やるだけやって諦めるのなら兎も角、中途半端で投げだしたら後悔するだけだよ。」

だが、何をしても、しなくても後悔するだろう。

俺はどうしたい。別れだけ告げるか。


【さよなら。会えて良かったよ。元気でな、香織。】

最後にメールを送ったあとで、電源を切った。

誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。

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