9.告白
終業式の日だ。テストが全て返却された。担任が全科目預かってきていて一斉に返してきた。ただちに採点ミスがないかチェックしろと言っているが、短時間で見つけられるはずがないだろう。それなのに今この瞬間しか異議申し立ては認めないって酷い話だ。
俺は点数的には問題ないレベルだったので採点ミスチェックは適当にした。その途中に通知表がばら撒かれた。語弊があるが、俺達がテストの採点ミスチェックしている間に、担任が各自の席に置いていったから、あながち間違いというわけでもない。採点ミスがあっても評点評価には影響しないってことだろうしな。
採点ミスの異議申し立てがないことが確認されて、夏休みの注意事項の紙が配られたら終わりだ。終業式という非効率な式典は、この高校ではない。朝一番で放送設備を用いて校長は演説をしていた。持ち時間3分だ。あとは教頭が各担任から話を聞くようにと通告した。所要時間5分を切る祭典だった。
部活動はないが、部活の部屋の最終確認をする必要がある。済ましたら職員室に鍵を返却に行く。行くと職員室の前にはそこそこの人が集まっていた。総合成績の上位30傑が職員室の前に張り出されていることが理由だな。それだけトップが誰か気になる人が多いということだろうな。
ちなみに俺は学年で一桁に入っている。授業料免除のためには絶対条件だからな。成績表をさっと見たところ、同じく一桁に香織の名前も載っている。俺より上位なのはさすがだ。あとは確認する気もなかったのでそのまま家路に付いた。
バイトを終わって家に帰ったら、遥香から連絡があった。めずらしい、拓郎じゃなしに遥香が直接俺に連絡するのはほとんどないからな。用事があれば、たいがい拓郎が連絡してくる。
>直也くん、たいへん。
<なにが?
>告白された。
<??拓郎に??
>ちがう。なんでいまさら拓郎が告白するのよ。
<ちがうのか。じゃ、誰に告白されたんだ?
>バスケ部のエース。
<へえ、よく知らんが田辺もモテるんだな。
>なんで私なのよ。
<ちがうのか。誰の話なんだよ。
>だから香織の話よ。言ってるでしょ。
<一度も言ってねえよ。
>・・・・・。
>何ともないの、直也くん。
<何が?
>彼女が別の男の子に告白されたんだよ。
<矢野は彼女でも何でもねえだろう。
>えええ、香織にとって直也くんは彼氏でしょ。
<いつからそうなっているんだよ。
>いつも香織から聞かされているわよ。
<なにを?
>直也くんがバイトで忙しいから会えないって。
<会う予定すらねえよ。会うとしたら未知との遭遇だな。
>本当に気にならないの。
<矢野が誰と付き合おうが矢野の勝手だろうが。むしろ付き合う相手が出来たらいいことじゃねえかよ。
>ひどくない。香織の彼氏でしょ、直也くん。
<だから違うと言っているだろうが。
>香織が可哀想・・・。
<知るかよ。
>もう、いい。わかった。
遥香からの連絡が切れた。
香織が告白されたことが俺に何の関係があるんだ。それに香織がそのバスケ部のエースと付き合うようになったら俺も助かるわ。ゾンビやキョンシーに纏わりつかれんで済むんだからな。いやあ、良かった。これで夏休みはバイトに専念出来る。俺はわずかに残る心の澱みには気がつかない振りをする。
>直也。
今度は拓郎から連絡だ。
<なんだ。
>香織のこと聞いた?
<めでたい話だな。矢野もモテるんだ。同じバスケ部同士で話も合うだろう。
>本当にそう思っているの、直也。
<思っているから言っているんじゃねえか。
>本当にそうならいいけど。香織は直也のことが気になっているというか、好きなんだと思うよ。直也は香織のことは、どうも思ってないの。
<そうだな、可愛いところもあるだろう。だが俺は瀬沼直也は彼女を作るつもりはねえよ。今の俺はあまり人と関わりたくないんだよ。おまえは俺の友達になってくれたが、特別だな。
>そういうことじゃなくて、直也が香織をどう思っているかだよ。
<どうも思ってねえよ。ふつうの顔見知りの同級生だ。
>そうなんだ。本当にそうなら、僕が言うことはないよ。じゃあ、また部活で。
拓郎からの連絡も切れた。
だいたい、この後の展開は読めるような気がする。だが本人からの連絡はなかった。
「いらっしゃいませ。」
「ありがとうございました。」
翌日のバイトは中抜けだ。開店から4時間、夕方から夜に掛けて4時間の合計8時間だ。8時間以上は働けない。店のというか会社の方針だ。だから、中抜けの時間に俺は別の場所でバイトをする。
同じ接客業だから戸惑うことは少ない。問題は店の名前を間違えるとアウトだということだ。別の店の名前を大声で言ったことがあるとバイト仲間が笑い話をしてくれた。
「ようこそ。ライバル店にいらっしゃいませ。」
商売敵の名前を言ったのでは洒落にならんだろうな。首にはならんかったそうだが、自主退職したそうだ。俺もその状況で勤め続ける勇気はないな。
一日14時間に及ぶ労働をして、さすがに身体は疲れている。あとは風呂に入って寝るだけだと、それを楽しみにしながら玄関まで辿りついた。
眼の錯覚かな。ドアの前に何やら荷物が置いてある。というか、荷物にしては大きいような。それに動いているような。サイズはそうだな人一人くらいの大きさ。
誤字脱字、文脈不整合等がありましたら御指摘下さい。




