アースドラゴン
――ダンジョン30階層。10階層や20階層と同様、室内は円形で横にも縦にも広い。至る所に松明が設置されて明るく、重厚な雰囲気を醸し出している。だが一つ違うのは、今までのボス階層よりも圧倒的に空間が広いことだ。
出現するモンスターは階層主である地竜。ドロップするアイテムは『アースドラゴンの大牙』と『アースドラゴンの上肉』の二つ。
――意気揚々とこの階層に足を踏み入れた俺は、その存在と対面した瞬間全身が竦んでしまった。
「――ゴァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「――ッ!!?」
その咆哮は、戦意を一瞬で根こそぎ刈り取るような、重く、深く、痛いモノだった。
地竜。
黄金の瞳で、真ん中には爬虫類のような黒い縦筋が入っている。
尖った牙に鋭い爪、鈍く輝く榛摺色の竜鱗。太く伸びた尻尾に、背中には古びた岩石を纏わせている。
四つん這いで高さは3メートル程だが、横幅は更に広い。その巨体を支えるのは、筋肉が発達した四本の足だ。
翼の無い竜。
空に拒まれ、地を這うことを強いられた悲しき竜。
竜としては格下だとベルゼブブが言っていたが、俺には全然そうは思えない。思える訳がなかった。
だって――
「……やべぇな」
全く勝てる気がしなかった。
その身から放たれる重厚な圧力に、威厳溢れる風格。
面と向かって対峙するだけで、恐怖で身体が震え、冷や汗が止まらない。
矮小な人間と誇り高き竜。
存在の格の違いというものを、明白に感じてしまえる。
西園寺と神崎達は、本当に“これ”を倒したのか?倒せたのか?
生まれた疑問を抱いていると、不意に西園寺が口を開く。
「影山さん、あのアースドラゴンは……わたくしが戦ったのよりも数倍大きく、そしてきっと強いですわ」
「……マジかよ」
ではあのアースドラゴンも、黒だったり特別な個体だったりするのか。
『それは違うぜアキラ。アレは上位種でも何でもねぇ』
(じゃあ何だって言うんだよッ)
『この女が戦った個体が特別弱く、目の前にいる蜥蜴が特別強い個体だってだけだ』
(そんな……)
ベルゼブブの話に愕然となる。
アレが特別個体な訳ではなく、“ただ強いだけ”だと?
「影山さん、アレと本当に戦うのですか?」
『アキラ、戦うのか?』
二人の問いかけに、俺は深く息を吐き出すと、己に言い聞かせる為にもドンと強く胸を叩いてこう答える。
「戦う」
ここで尻尾巻いて逃げるようじゃ、俺は黒騎士にも嫉妬の魔王にも勝てない。いつまで経っても強くなれない。
立ち向かわなきゃ駄目なんだ。困難にも、逆境にも。
だが、きっとまた死闘になるだろう。だから……。
「西園寺、お前は帰れ。今すぐに」
「死ぬつもりですの?」
「馬鹿野郎、勝つに決まってんだろ」
震えた唇を誤魔化すようニヤリと口角を上げながらそう告げると、西園寺は「ふっ」と見惚れるような笑みを浮かべて、
「その言葉を信じて、わたくしも戦いますわ。まぁ元から、戦うつもりだったのですけれど」
「……そっか。なら悪いんだが、俺に【支配者】スキルの効果を与えてくれないか」
「えっ……いいんですの?」
「頼む。俺に力を貸してくれ、あいつと戦える力を、立ち向かえる勇気を貸してくれ」
形振り構っていられない。
少しでも勝つ可能性が高くなるなら、後悔する前にやっておきたい。
いいよな、ベルゼブブ。
『オレ様は構わねぇぜ』
(よし)
「……わかりました。そのかわり、絶対に勝ちなさい!!」
「ああ」
――刹那、全身が軽くなり、力が漲ってくる。そして、奴に立ち向かう勇気が心の奥底から湧き上がってきた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああーーーーッッッ!!!」
腹の底から声を出し、身体の内に潜む恐怖、不安を吐き出し、戦意を高める。
「俺が勝つ!!」
「ゴァァァ!!」
力強く地を蹴り上げ、俺はアースドラゴンへと駆け出した。




