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階層主VS魔王

 





 ――意識が切り替わる。

 刹那、影山 晃の肉体からブクブクと黒く濁った粘液が溢れて、全身を覆っていく。

 泡立ちながら膨張し、徐々に巨大化していった。

 やがて黒い粘液は形を成していき、人型のシルエットに変化する。


 形は人間だが、ソレは決して人間と呼べるものではなかった。

 全長が三メートルを越え、筋骨隆々な体躯。

 顔は酷く悍ましい。大きく裂けた口から、長い舌が垂れている。目は白色で大きく、昆虫のような形をしていた。ただ目尻が釣り上がっていて一層不気味さが増している。

 鼻や耳は無い。それどころか、髪や生殖器や衣服も存在していない。全身が黒く染まっておりシンプルな形だった。


 暴食の魔王、ベルゼブブ。

【七つの大罪】スキルの内の一つ。

『暴食』を司る魔王。

 ゴミクズと揶揄されていた晃の【共存】スキルに寄生することで、初めて力を発揮する意思のあるスキル。

 それがベルゼブブの正体だった。


「ヒハハ、さっき豚をたらふく喰っておいて正解だったな」


 宿主の晃が気絶したことで身体を操れるようになった魔王は、ニタリと嗤う。

 彼の姿は、以前ゴブリンを喰らった時よりも更に巨大化していた。恐らく、八階層でオークを喰らった事によるかもしれない。いや、単に晃の身体に“馴染んで”きたか。


 兎も角。

 今の魔王ベルゼブブは、万全の状態だった。


「ブヒィィィ……」


 十階層の階層主、特別個体である上位種ブラックオークキングは、新たに現れた敵を見据える。

 彼は本能で察していた。眼前にいる敵が己に匹敵する強者であろう事を。


 だからといって、敗北は有り得ない。

 十階層の階層主、そして上位種である彼の矜持が負けは許さないと告げている。

 ならば喰らってやろう、豚の王である己が全てを噛み砕いてやる。


「お、やる気か。そうこなくっちゃな、ここで脅えるような真似したら興醒めだったぜ」

「ブヒヒヒ」


 両者、相対する。

 死闘となるであろう戦いの為に、己を昂らせた。


「テメェの肉は、さぞウメェンだろうな」

「ブヒヒヒヒハハハハッ!!」


 階層主と魔王、正真正銘の化物同士の戦いが幕を開けたのだった。




 ――始めの挨拶は、世界が震撼するような咆哮だった。




「ゴァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「ブヒャャャァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 腹の奥底から出る、敵を威嚇する咆哮ハウル

 その場にいた佐倉 詩織と寺部 静香は、重みのある絶叫に心臓が縮み上がって気絶しそうになる。

 これほど恐怖心に駆られる獣の叫びを聞いた事なんて、人生で一度もなかった。


「ヒハハハハッ!」

「ブヒャヒャッ!」


 ベルゼブブとブラックオークキングが地面を蹴り上げ突進する。

 正面から激突。ドゴンッ!と額が衝突し、ガシッと両手が組み合わさった。筋肉がはち切れんばかりに膨れ、前へ前へと押そうとする。鬩ぎ合うが、両者の膂力が互角で中々動かない。

 単純な力勝負は、引き分けに終わった。


「オラァァ!!」

「ブヒャァ!!」


 一旦離れた魔王と階層主は、拳を弓引いて渾身の一打を放つ。

 ブォォンッと風が唸り、同時に頬と顎を捉えた拳撃は、両者を一歩二歩と後退させた。


「何だ……アレは」

「ゴ○ラよりも迫力あるね……」


 驚愕な光景を目撃し、詩織と静香は開いた口が塞がらない。巨体と巨体がぶつかる様はまるで怪獣同士の対戦だった。


(影山は……一体どうなったんだ?影山が化物になって……全然意味が分からないッ)


 友人の安否が気になって不安を抱いていると、化物共は再び拳を混じ合わせていた。


「ヒハハ、豚の癖にイイパンチじゃねえか。だがオレ様のパンチの方が重てえだろ?」

「ブヒャャャアアアアア!!」


 避けることを無視し、拳が届く間合いでひたすら殴り合っているが、少しずつベルゼブブが繰り出す殴打が多くなっている。

 これはマズい。打ち負かされているブラックオークキングは堪らずその場から離れた。


「おっ、逃げたな」

「ブゴォォオオ!」


 ブラックオークキングは落ちている巨大な斧を両手で持ち上げ、ベルゼブブの脳天目掛けて振り下ろす。

 魔王は一切躱そうとせず、白刃取りで斧を受け止めた。驚愕する豚の王の様子を面白そうに見ながら、ベルゼブブは十指に力を込めて斧を劈く。


「ブ……ブゴッ!?」

「ヒハハハハハハッ、ご自慢の武器が壊れて悲しいか?豚は豚らしく這い蹲れや」

「ブヒィィィッ」


 得物を失い唖然としているがら空きの胴体に蹴りをかます。悲鳴を上げながら、ブラックオークキングは地面を転げ回った。


 這い蹲る豚の王、ブラックオークキングは威風堂々と立つベルゼブブを見上げる。

 勝てない……あの黒い敵に勝てない。このままでは殺されてしまう。

 命の危険を感じた階層主は、生まれて初めて恐怖を覚える。覚えてしまった。


「お前、脅えたな?あーつまらン、久しぶりに暴れられると思ったのによ、拍子抜けじゃねえか。これだから豚ちゃンはよお」

「ブゴッ……」


 何を言っているか分からない。だがニュアンスは理解出来た。

 馬鹿にしているのだ、自分を。

 オークの王である、黒を冠するブラックオークキングを。


 許さない、絶対に喰い殺してやる。

 無様に残酷に喰い散らかしてやる。

 ブラックオークキングの瞳に憤怒の炎が宿った。


「ブッヒィ……」


 両手を地面に付いて、突進する為に地面を慣らす。鼻息を立てながら敵に狙いを定めて、発車した。


 ドパンッと空気が爆ぜる。

 ドッドッドッドッドッと地を踏み荒らした。

 四足での突進、獣において原初の攻撃方法。

 豚の王が誇りを捨て、敵を破壊するために地を駆けた。


 疾い。

 その勢いは凄まじく、触れる全てを木っ端微塵にする力があった。

 ブラックオークキングの全身全霊の突進、何者にも止める事は不可能である。



 ――そう、思っていた。



「ヒハハ」


 悍ましい声が豚の王の鼓膜を震わす。

 吹き飛んでいるはずだったベルゼブブが、鼻先で嗤っていた。

 ブラックオークキングの突進を、片手のみで受け止めていた。


「最弱の階層主如きが、魔王のオレ様に勝てると本当に思ってたのか?」


 馬鹿な、信じられない。今の全力を注ぎ込んだ突撃を、たった右手だけで防がれたのか?


「偶々上位種として生まれたからって自惚れやがって。これだからお前は豚なんだよ」


 嫌だ……死にたくない。もっと喰うんだ、自分に歯向かってきた愚かな種族を沢山たくさん食べるんだ。

 ブラックオークキングは逃げようとした。だが、頭を固く掴まれて逃げられない。


「残念だったな豚公」

「ブ……ブヒ……」

「イタダキマス」

「ブ、ブヒャャャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ……」



 恐怖で上げてしまった悲鳴は、頭部ごとベルゼブブの口の中に消滅していく。

 バクバク、ガキガキ、モグモグ、ゴクン。

 呑み下すと、ベルゼブブは満足そうにゲップした。



「ゴチソウサマ」



 その一言と共に、ブラックオークキングの首から下の胴体が黒い粒子となり、ベルゼブブの身体も小さくなっていく。

 怪物同士の戦いは終わりを告げた。

 残るは、アイテムドロップした『ブラックオークキングの上肉』と『ブラックオークキングの大牙』。

 そして、五体満足の影山 晃だった。


「影山ッ!」

「影山君ッ!!」


 やっとまともに動けるようになった詩織と静香が、急いで倒れている彼の下へと向かったのだった。



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