流石アラベド様
風と共に、ザラザードは消し飛んだ。
が、遠い後方地点に血液が集まり、ザラザードの肉体が復活していく。
その様子を眺めながら、アラベドは困ったように口を開いた。
「厄介ですね。肉体を骨すら残さず消し飛ばしても、戦地に流れている血液で復活してしまう。不死身の吸血鬼、成程……確かにこれは不死身だ」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「しかしそれは魔力があってのこと。膨大な魔力も再生を続ければやがては底を尽き、原獣隔世も解かれ、貴方は完全に死滅するでしょう。さて、僕の魔力が尽きるか、貴方が痛い思いをしながら再生を続けて魔力が尽きるか、勝負してみますか?」
「図に乗るなよ若造がァァァァァアアアア!!」
アラベドが煽るように告げると、癇に触れたザラザードが激昂する。
戦場に流れた血を搔き集め、全方位からアラベドを閉じ込めようとした。
「ブラッディプリズン!!」
球体の牢獄が完成され、徐々に圧縮されていく。
ザラザードが両手を突き出して掌握する中、一定の所から狭めなくなってしまう。力と魔力をこれでもかと注入するが、彼の奮闘を嘲笑うかのように血の牢獄は弾け飛んだ。
「馬鹿なッ……!?」
渾身の魔術が打ち破られ、驚愕する妖王。
そんな彼に、遊王は事実を突きつける。
「こんなもので僕が力負けする訳ないじゃないですか。この戦場にしかない少量の血液と、四大元素である風に対抗しようなんて考えがそもそも間違っているんです。風を操る僕に勝てるのは大地、海、炎、そして光と闇の属性を持った同じレベルの戦士ぐらいです。保有する魔力量が僕の方が上に加え、たかだか血を操る程度の貴方が僕に勝てる道理はありませんよ」
「言わせておけば……ッ!!」
気に入らないが、アラベドの言っている事は正しい。
四大元素と光闇の魔術は、媒体にする上で無限と言ってもいい。その上、自然の力はそれ自体が凄まじい力を持っている上で、純粋な力である。
水属性から派生した血属性を操るザラザードでは、同じ土俵にすら上がれていないのだ。
誤算だったのは、アラベドの強さがザラザードの予想を遥かに超えていた事だった。
四大元素は確かに強力だが、扱う術師の力量によって強さは異なる。
いくら使えたとしても、大抵の術師はその力を1%も発揮していないだろう。使えている気になっているだけで、無限に近い四大元素を十全に扱うなど不可能だ。
が、しかし。
アラベドは違う。
元から膨大な魔力を保有し、風と友人であるエルフは風の術に長けている。その上で原獣隔世し、風に愛されている妖精王の姿になった彼は、100%とまではいかないがそれに近い効果を発揮していた。
アラベドが本気を出して戦った所は一度も見ていなかったが、戦ってみて改めて思い知らされた。
魔王アルスレイアに匹敵する実力は嘘ではない。いや、もしかしたら前魔王、最強不敗のバロムをも超えているかもしれなかった。
だがそれでも――妖王は勝利を諦めない。
「実力の差は分かったでしょう。これ以上無益な戦いはしたくない、降参して下さい」
「何を寝ぼけたことを言っておる、もう勝ったつもりか。これからが本当の勝負だ」
圧倒的な差を見せつけても折れない老人に、呆れながらため息を吐くと、アラベドは眼光を鋭くしてこう言う。
「いいでしょう。貴方が降参と言えるまで、僕は攻撃をやめない」
それから、遊王による一方的な蹂躙が始まった。
「カヒュー……カヒュー……」
「これだけ殺ってもまだ魔力が尽きませんか……貴方のことを少々舐めていたようです」
(化物が……それはこちらの台詞だッ)
ゴミ虫を見るかのような冷たい眼差しを向けながらそう吐き捨ててくるアラベドに、ザラザードは心の中で毒づいた。
あれから、アラベドによる一方的な展開が続いた。
ザラザードの身体は微塵斬りにされ、引き千切られ、ぐちゃぐちゃにかき回され、何度肉体を壊滅させられたか分からない。
勿論、黙ってやられる程妖王はお人好しではない。
しかし、反撃しようにも出来ないのだ。
アラベドの方が魔術発動が速く攻撃力も勝っているため、ザラザードが魔術を発動しようする瞬間には身体が塵になっている。
ここまでボロ雑巾にされれば嫌でも思い知らされる。
アラベドとザラザードの力の差は、圧倒的なまでに離れていると。
この妖王が、肉体を再生するのに精一杯だった。
強い、強過ぎる。
この世に生を与えられてから、これで二度目だ。
自分が無力であると思い知らされる、絶望を味合わされるのは……。
と、その時だった。
ここから遠く離れた戦場で、突如莫大なエネルギーが生まれたのは。
「――ッ!?」
「……ッ!?」
アラベドとザラザードは突然現れたエネルギーの方角へ視線を追いかける。
そこでは、漆黒の極光が天を衝くように伸びていた。
「何だ……この巨大な力は!?」
「王気……でも一体誰が……」
精神を平服させ、肌を突き刺さすような重厚な力は紛れもない王気だ。
しかし解せない。
アラベドと比肩するかもしれないほど強く大きく神聖な王気を持つ者など、この戦場にはいない筈だ。
帝国軍の幹部か?それとも妖王軍団の幹部だろうか?
それか、団長のスレインだろうか?
ザラザードは誰の王気か全く見当がつかなかったが、アラベドは違った。
一人だけ、心当たりがなくもない。
(もしや……新しい獣王君か!?)
応援を頼んだユラハが連れてきてくれた三人の助っ人の一人。
キングの意思を引き継ぎ、獣王となった人間の少年。
身の毛がよだつほどの王気を放てる可能性があるとすれば、彼しかいないだろう。
だが……とアラベドは疑念を抱く。
彼の強さは噂程度に知っていたが、ここまで巨大な王気を持つ者なのだろうか。
戦乱を生き抜いてきた魔族でもなく、老成した王でもなく、ただの人間の少年が。
これほど濃密で重厚な王気を放てるのだろうか。
妖王と遊王が信じられない……といった表情で硬直していると、空から竜人族の戦士が下りてくる。
「アラベド様!無事ですか!?」
そう声をかけてきたのは、遊王軍団幹部のドラホンだった。
心配気に聞いてくる部下に、アラベドは「誰に言ってるのさ」と続けて、
「それより城の方はどうしたんだい?君の役目は城を守ることだろう?」
責めるようにアラベドが告げると、ドラホンはしゅん……と顔を伏せて、
「申し訳ありません……ですが空でアラベド様がバチバチやっているのを見ていて、居ても立っても居られず来てしまいました。それに、劣勢だった状況を皆が盛り返したので、城の方も一先ず安心かと」
「全く……来てしまってはしょうがない」
「アラベド様、一つお聞きしたいのですが、もしやあのゴミ屑のような塊は、魔王軍を裏切った妖王ザラザードでしょうか」
「そうだよ。魔力による再生が追いつかずあんな形になっているんだ。彼を殺しきるのに手を焼いていてね」
困った風に言うアラベドに、ドラホンは「なるほど……」と頷いて、
「流石アラベド様、貴方の手にかかったらあの妖王も赤子のようですね」
「何だいドラポン、いつになく褒めるじゃ――――ぐふぅ……!?」
突然だった。
突然、アラベドの腹が後ろから貫かれ、赤い腕が生えた。
それは竜の鱗に包まれた、ドラホンの腕だった。




