幕間 秋津駿太2
――こうして僕は、九頭原によるパシリから解放された。
次の日から無かったようにパシリが再開される――なんて事はなく、嘘のように九頭原グループは僕に関わらなくなった。
興味が失せたかのような、すれ違っても居ない者扱いされている。
九頭原との関わりが完全消失した僕は、平穏な日常を手に入れた。
虐めやパシリが無い日常は、こんなにも心安らかで穏やかでいられるのか。
僕と似たようなクラスカーストが低いオタクの男子生徒ととも友達になれたし、虐められていた頃に比べれば今は凄く楽しい高校生活を送れている。
それもこれも、全て影山君のお陰。
彼が僕を助けてくれた。
今まで誰もが見て見ぬ振りをしてきた中、彼だけは声を上げて僕を闇から救ってくれた。
今の僕があるのは、影山君のお陰なんだ。
だから僕は、後日彼に感謝の意を伝えに行った。あわよくば、友達になって貰おうとさえ思っていた。
しかしそれは、浅はかな幻想に過ぎなかったんだ。
「か、影山君……」
「ん、どうした?」
「あの……九頭原……君の事、本当にありがとう、助けてくれて。影山君のお陰で、パシられる事も無くなった。だから……本当にありがとう」
最大限の感謝を込めて、僕は深く頭を下げた。
すると彼は慌てた風に「おい、頭を上げてくれよ」と言ったので頭を上げると、
「本音を言うと秋津に悪いかもしれないけど、秋津を助けようとか思って言った訳じゃないんだ。アレは、俺が見てて胸糞悪いから九頭原に言っただけなんだよ」
「……そ、そうなんだ」
「ああ。だからそんなにかしこまんなくたっていいぞ。まぁ、感謝は受け取っとくよ」
何となく理解した。
影山君の言葉は全部本当で、本物だ。
建前とか謙遜とか照れ隠しは一切なく、本当に自分が見ていて不快に思ったから行動したんだ。
虐められてる生徒を助けてやろう。
そんな正義染みた信念は、一欠片すら存在しなかった。
だからかだろうか。
あの九頭原達が……九頭原が大人しく引き下がったのは。
正義心による行動だったならば、九頭原もムカついて更に突っ掛かっていたかもしれない。けれど影山君が本当に自分の為に行動したと理解したから、九頭原も引き下がったんだ。
影山に関わってはいけない。
助けて貰った僕が言うのも烏滸がましいけど、影山君はどこか異質で気味が悪く、そして――
――狂ってる。
――影山晃は不思議な人間だ。
茶色がかった黒髪。
身長は高く一八〇近くあり、スマートながらもガッシリしている。
顔は中の上で、僕から見たら十分イケメンの部類に入る。
勉強も真面目に取り組んでいて成績も良い方だし、体育の授業でも何でもそつなく熟してるから運動だって出来る。
ぶっちゃけて言えば影山晃のスペックはかなり高く、クラスカーストで上位に居てもおかしくない人だ。
けれど影山君には友達がいない。
友達とまで言わなくても、ツルんだりする人も居ない。
別に性格が悪いとかではないんだ。
寧ろ彼は明るく、男子だけではなく女子にも気さくに話しかけているし、困っている人がいたらさり気無く助けている優しい人だ。
そんな良い人である影山君に友達が居ないのは、彼が放課後に遊びに誘われても、断ってすぐに帰ってしまうからだと思う。多分バイトをやっているんだろうけど、忙しそうな彼に周りが気を使ってるんだと思う。
――理由はもう一つある。
影山晃はどこか、近付き難い存在であるからだった。
そんな特定の友達を作らない影山君も、最近はよく話している生徒がいる。
彼の隣の席にいる、佐倉詩織さんだ。
佐倉さんを一言で表せば、黒髪眼鏡ロリ巨乳である。
一言の割には個性が有り過ぎるけど、彼女を表す言葉はそれしかないと思う。
佐倉さんはミステリアスな雰囲気を纏っていて口数も少なく友達が居ないぼっちだ。だけど顔も凄く可愛いし何よりも胸が大きいから、男子には隠れファンが多い。
僕等の学年にはA組の特進コースにアイドル級の美少女が四人いるけど、僕は断然佐倉さんが好みだ。
というか僕は彼女の事が好きだ。彼女を妄想して何回シコッたか分からないくらい好きだ。
そんな佐倉さんと影山君は仲が良い。
厳密には仲が良いのか分からないけど、佐倉さんと話しをしている男子は影山君しかいない。正直羨ましく、彼に凄く嫉妬してしまった。
しかし僕以外にも佐倉さんが好きな人は沢山いて、その中にはサッカー部のエースの■■君もいる。けれど彼女はサッカー部の■■君の告白を断ってしまった。
僕は内心で大いに喜んだけど、その事で佐倉さんは黒沢さんグループによるイジメが始まってしまったのだ。
僕の時と一緒だ。
誰も助けようとしない。見て見ぬ振りをするだけ。下手に関わってしまって、自分が次の標的にされるのが怖いから。
それは僕も同じだった。
好きな人であるのに、イジメの痛みを一番理解している筈なのに、勇気を出す事が出来なかった。
またあの苦しい思いをしたくなかったから。
黒沢さんのイジメがエスカレートしていく中、それは唐突に終わりを迎えた。
影山君が佐倉さんを助けたからだ。
何があったのかは知らないけど、黒沢さんのグループが影山君に怯えていて、佐倉さんの見た事ない笑顔が彼に向けられている。
それだけで、影山君が佐倉さんを救った事が分かった。
「凄いよ、影山君」
佐倉さんと楽し気な会話をしている影山君を、僕はドロドロした黒い感情で眺めていたのだった。
◇
「ギャアアア!!」
「やめてくれ!やめてくれよぉぉおおお!!」
「お願いします!!子供だけは!!」
「はーはっはっは、全員死んじまえ!!」
力の無い魔族を、九頭原達が哄笑を上げながら斬殺していく。
泣き叫ぼうが助けを求めようが関係無い。まるで虫でも潰すかのように、彼等は力を使って魔族を蹂躙する。
その残酷であろう光景を見ながら「野蛮な奴等だなぁ」と小さくため息を溢していると、魔族の血で身体を染めた九頭原が近寄ってきた。
「どうした秋津、お前は加わらねーのか」
「うーん、今はそん気分じゃないんだよね。九頭原君達に任せるよ」
「そうか。それにしてもここん所歯応えかねーよな。もっと強ぇ奴と戦いてーぜ」
「もう少し待っててよ。帝国から“倒し損ねた獣人族の掃討”を依頼されてるからさ、準備したら向かうから。そこなら君も思う存分暴れられるんじゃないかな」
「おう、楽しみにしてるぜリーダー」
「……」
僕の肩をポンと叩いて再び戦いに加わる九頭原。僕は触られた肩を埃を落とすように払った。
「僕に気安く触るな、害虫が」
アウローラ王国から出た僕等は、帝国に自分達を売り込んだ。傭兵のような立場で帝国からの依頼を達成し続けた僕等『夜明けの団』の名前は広まり、帝国の信頼を得て権力すら勝ち取った。
というか、僕等は既に帝国の中でも英雄扱いになっている。それも、僕が帝国にあだなす強大な魔物を討伐したからだ。
今の所全て上手くいっている。
後は帝国を乗っ取るだけだ。
だけど、今の僕ではまだ“アレ”には勝てない。だからもっと強くなる必要がある。
その為に強い奴からもっと沢山の能力を奪わなきゃ。
「あらあら、難しい顔を浮かべてるわね。これからの戦いが心配かしら?」
「違うよ、寧ろ楽しみなんだ。今度の敵から奪う能力はどんな力なんだろうねって」
「あらあら、やんちゃなのね。まぁ、それがシュンタのいい所なんだけど」
心を揺さぶるような声音で鼓膜に囁いてくる一人の魔女。
美しく妖艶で、危う気な雰囲気を纏う魅惑の魔女。
僕はこの魔女に救われた。
力の使い方を教えて貰い、行くべき道を教えてくれる。この魔女がいれば、僕は全てを手に入られれる。
これまでも、そしてこれからも。
「奪いなさい。今まで奪われた分アナタは奪っていいの。奪って奪って、全てを奪い尽くして……」
「分かってるよ。僕は奪い尽くす。この世の全てを奪う。だって僕は君に選ばれたんだから。そうでしょ――」
――レヴィアタン。
「うふふ、ウフフフフフフ」




