表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

どちらかと言えば、まとも

田中家の節分

 鬼はぁ外ぉ、福はぁ内ぃ――。


 そんな言葉が、町の家々から漏れだす。今日は2月3日、節分である。豆を使い鬼を退治するのが、ここ日本の習わしである。鬼は退治されるために存在する。異形の中年男性である。大体が半裸で、アフロヘアであり、頭部に角を有している。冬も厳しい2月初旬に半裸で、家々を巡り、豆を投げつけられ、退治されるのである。

 唯一身に着けた虎の毛皮を用いた腰蓑は、今では新品が手に入らない。ワシントン条約で規制されているためだ。必然的に、文字通り一張羅となってしまう。虎柄であれば何でも良いわけでは無い。保守勢力が、虎の毛皮を用いたもの以外は認めないのである。これは特段、法制化されているわけでは無いが、不文律として厳しく監視されている。高度経済成長期、化学繊維製の腰蓑を着用した鬼が現れたこともあった。しかしながら、彼は公安当局に身柄を拘束され二度と公の場に姿を現すことは無かった。それ以来、皆が恐れて伝統的な毛皮の腰蓑を着用しているのである。

 またオプション装備として、金棒を持つものもいる。身長と同程度の長さを有した金属製の棒であり、持ち手部分を除いて規則的にスタッドが配列されている。棒の形状はちょうど野球のバットの様に持ち手が細く、先端に向かって徐々に太くなっている。太さは持ち手部分で直径10cmほど、先端部分は直径20cmにもなる。金属製であるため想像以上に大変な重量物である。さらには重心が先端よりのため、著しく取り回しが困難である。特に痩身の鬼は自身の体重よりも金棒の方が重くなることがままある。その場合には、金棒を振るために力をこめると、逆に体の方が持ち上がって転ぶと言う珍事も発生する。そのため、特に自信のあるもの以外は、そもそも所持しないか、紙等で作られた模造品を所持している。金棒については、その著しい不便性を考慮したのか、保守勢力も目をつむっているのが現状である。


 そして、今、田中家を訪れた、この鬼もまた退治されようとしている。

「鬼はぁ外ぉ、福はぁ内ぃ。」

 田中家の娘が、掛け声をかけながら勢いよく豆を投げつけている。ぴしぴしと鬼の体に豆が当たっている。豆は米国産の遺伝子組み換え大豆を炒ったものである。郊外のショッピングモールで購入したものだ。田中家の周りの地場商店はショッピングモールの進出以後、次々と閉店に追いやられている。市場原理は常に弱肉強食である。

 豆を投げつけれた鬼は、紙製の金棒を手に威勢よく吠えた。

「そんな魂のこもらぬ豆では、私は退治できませんよ!出直してらっしゃい!」

 それを聞き、娘は幾分かうろたえた。しかしそれもつかの間、豆を握ると、もう一投する。

「えっ、ちょっと待って、今、天パがなんか言ったよ? みんな聞いた? 天パがなんか言ってる。ヤバくない? 天パがなんか言ってるんだけど。マジ卍。」

 娘は豆を投げながら疑問をていす。しかしながら、これは少々的外れである。これは天然パーマではない。人工パーマである。この日のために、理髪店でこしらえたものである。8000円かけて仕上げた、人工のパーマなのだ。

「魂のこもらぬ豆など効かないと言っているでしょう。もっと私を退治したいと言う熱い思いを! 魂の叫びを私にぶつけるのです! あと、この頭は天然ではありません。養殖です。間違えないでください。」

 鬼は直立不動のまま、この程度の豆では退治されないという固い決意を表明した。その姿はまさに仁王である。

「ママ、ちょっと来て。天パがなんか言ってるんだけど。最近の天パって許可なく喋っても許されるの? うちのクラスの天パが許可なく喋ったら、懲罰なんだけど。挙手して、願います!って叫んだ後、許可が下りたら喋って良いんじゃ無いの? この天パは大丈夫なの? 特別な許可とってたりする? えっ?知らない? じゃあ、懲罰じゃん。」

 娘は気もそぞろに豆を投げつけている。鬼が喋っている事が気になって仕方がない様子である。豆を投げつけつつ、母親にしきりに質問している。しかし、この娘、アラサーであり、無職である。クラスとは一体何のことなのだろうか。誰にもわからない。母親もそれには触れない。それが田中家の暗黙の了解である。

「た・ま・し・いを込めて投げて頂けませんかね。やる気が無いんであれば、来年まで居座らせていただきますよ。」

 鬼は、徐々に苛々をつのらせている様だ。角が伸び縮みしている。情緒が不安定になってきているのだ。このままでは、いつ怒りが爆発してもおかしくない。そうなれば娘の命が、どうなるか誰も予想できない。全てはこの鬼の気分次第となってしまうのである。

「わかった。懲罰ね。とりあえずさ、トイレに入ってよ。上から水かけるから。あと雑巾のしぼり汁も飲んでね。」

 娘はついに豆を投げつけるのをやめてしまい。意味不明な要求を鬼につきつけはじめた。これは彼女のいうクラスにおける懲罰なのだろうか。しかしそれは誰にもわからない。そして触れてはいけない。

「うるせぇよ。つべこべ言わずに豆を投げろっつってんだろうが!分けわかんねぇこと言いやがって、もう我慢ならねぇ! 俺の金棒で激しくしてやる!」

 鬼は、怒り心頭のようで、娘の髪の毛を掴むと、そのまま引きずって夜の街へ消えて行ってしまった。こうして鬼は去り、田中家にも平穏が訪れたのであった。


 数日後、立派なアフロになった娘が金棒片手に帰ってきたことで、田中家の平穏は打ち砕かれてしまうのであるが、それはまた別の話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ