酒の池にはご用心
災歴2070年12月5日の金曜日。その日が、俺にとって本当の始まりだった。
*****
午前
『シャロン's・ジャパニーズ・ダイナー』
作業に手慣れてきて仕込みが予定より早く終わった為、シャロンさんと、開店前に少し一服していた時だった。
『close』の札を掲げつつも、食材の搬入用に鍵は開いていた入り口のドアを、ビジネススーツに身を包んだ男が開けて入って来た。当然ながら、初めて見る顔だった。
「なんだい、あんた?ウチはまだ準備中だけど?」
シャロンさんが訝しみながら男を追い返そうとするが、彼はその前に自分の名刺を差し出してきた。
「突然お邪魔して申し訳ない。私、『エールレイク・カンパニー』のスコット・ウインスキーと申します。この辺りで飲食店を経営なさっている皆様へ、弊社主催のイベントをご案内して回っております」
「「イベント……?」」
俺達が声を揃えて尋ねると、ウインスキーは持っていた書類鞄から、1枚のチラシを取り出し見せた。
『S.F.C.~Secret Food Fest
ival 2071~
マンハンタン、それこは、大手チェーンの『MCバーガー』や『テネシー・ターキー』を
始め評判の名店が犇めく食の激戦区っ!
しかし、街にはまだまだ、無名ながら評論家の舌を唸らせる隠れた名店が
存在する!!
当イベントは、そんな陰に潜む未来の有名店を発 掘スべく開催される食の博覧会
である!!!!』
「(・・・胡散臭ぇ)」
声には出さなかったが、俺は突然現れたウインスキーなるこの男を、そう評した。
A4サイズのチラシには、イベント名と概要、そして食のイベントを強調するデザインの数々がちりばめられている。
だが、その出来が雑すぎる。
おそらくパソコンのチラシ作成用ソフトウェアを使って製作したのだろうが、フォントサイズが出鱈目で、変な所で改行していたり、誤字や妙な空白が目立っていたり。装飾も無料で使える幼稚なデザインを、見栄えガン無視でばら撒いただけ。
小学生が遊びで作ったと言われた方が納得できるレベルの代物だ。
俺の内心に気付いたのか、ウインスキー氏はハンカチで顔を拭いながら釈明する。
「こ、これは協賛を呼びかける為に『仮』で作ったチラシですので、本格的に始まれば、有名なデザイナーの方に依頼する予定です」
具体的な依頼先を言わないあたり、十中八九まだ決まっていないのだろう。
俺の中では怪しさが増すばかりだったが、裏面に目を通していたシャロンさんが尋ねた。
「このチラシによると、2番街の『P.S.スクエア』一帯を封鎖してイベント会場にする、ってあるけど、そんなことできるのかい?」
『P.S.スクエア』は、この店のすぐ近くにある公園だ。2番街を中央に挟んだ2つの長方形の敷地が、15丁目から17丁目まで広がっている。公園内は木々が茂り、その中を『8』の字の遊歩道が走る、ちょっとした憩いの場だ。
件のフードイベントは、その公園一帯を通行止めにして、いわゆる歩行者天国を作って会場とするらしい。
だが、あの道が封鎖されれば、迂回にかなりの距離が掛かる。
たかがフードイベント1つの為に、警察や行政が交通の乱れを許容するのか。シャロンさんの疑念はもっともだ。
「毎年5月に開催される、『国際食祭り』はご存知でしょうか?」
「9番街でやっているやつかい?そういやアレも、アベニューを20ブロックほど封鎖してやってたね」
「当イベントも、同じ形式で実施する予定です。既に関係各所への申請も始めています」
「ふぅん。しかしあんた達、『エールレイク』だっけ?2ブロックだけとはいえ、無名の会社があんな一大イベントの真似事をできるとは、私は思えないんだけどねぇ」
「ご安心ください、弊社『エールレイク』は確かに無名ですが、出自は『グローブズ・ミート』社のイベント企画部が独立したというものですので・・・」
俺にはピンとこない名前だったが、シャロンさんはふと気づいた様子で、厨房にゴミ箱として置いてあった段ボール箱を引っ張り出してきた。
そこに書かれていたロゴは『Globe's Meat』。
「この街でシェア1位っていう食肉メーカー、で合ってるかい?確か自前でも、ステーキ店をチェーン展開してるんだっけ?」
シャロンさんの言葉を聞いて、ウインスキー氏はたいそう喜んだ。
「ええ、ええ。その『グローブズ・ミート』でございます。なので資本面ではご心配無用、イベントで発生した損失に関しても、『GM』社が責任をもって補填いたします。ゆえに、どうか参加をご検討ください」
好感触とみるや、ウインスキー氏はぐいぐいと勧誘して来た。
しかし、結局は・・・。
「悪いけど、今回は遠慮させてもらいたいねェ。さっきも言ったけど、ウチはたった2人で切り盛りしてる小さいダイナーだ。イベントに出店できる余裕はない」
と、まっすぐな言葉で断った。
ウインスキー氏は、営業スマイルのまま数秒固まってしまう。しかし、それ以上食い下がる事はしてこない。
「解りました。残念ですが、今回はこれまでとさせていただきます。どうも、お邪魔しました」
そして、ダイナーの最初の客と入れ替わりに帰って行った。
俺は少しもったいない気もしたが、今は経営が安定している状態。だがイベントへの参加は、それ自体が負担になる上、知名度が上がって客が増えたら……。つまりは、ウチにはデメリットしかないのである。
そしてそれは、他の店でも同じだろう。
「果たして、うまく行くのかねぇ。えーと、スーファミだっけ?イベントの名前……」
サンドイッチを盛りつけながら、俺は他人事のように、今の出来事を頭の隅へ追いやった。
だがもしこの時、俺が連中に興味を向けていたのなら、もっと違った結末が迎えられたのかもしれない。
そのツケが俺に回ってきたのは、それから3か月後の事だった。
*****
2071年3月10日
年が明け、すっかりマンハンタンの水に慣れたある日、昼の営業に備えていた俺達の下へ、1人の男性が飛び込んできた。
「シャ、シャロンさん!大変だ!!」
「あれ、商店会長さん。血相変えてどうしたんです?」
ドアをぶち破りそうな勢いで入ってきたのは、この地区一帯の商店主たちの組合で、会長を務める家電量販店の店長だった。確か名前は、ジム・カーター氏だったか?この店にもよく顔を出すので、俺も面識があった。
「あ、あんたの所に年末、バーボンだかウィスキーだかいう連中が尋ねてこなかったか?」
「……ああ、はいはい。ウインスキーっておっさんなら来たよ。『エールレイク』って会社の。なんかフードフェスやるって言ってた……」
「そうだ!そのフードフェスが大変な事になったんだよ!」
カーター氏は1部の新聞を握りしめており、出迎えたシャロンさんへ向けて、その中の1面を見せた。
そしてその記事には、覚えのある名前がいくつも載っていた。
『「エールレイク」社、倒産!開催直前のフードフェス中止に!!
大手食肉メーカー「グローブズ・ミート」の子会社であるイベント興行会社「エールレイク」は、今月1日付で破産申請を行い、全ての業務を停止した。これにより、昨年末から同社が計画し、今月20日から開催予定だったフードフェス「S.F.C.」も、急遽中止が決定されている。なお、同イベントは『P.S.スクエア』周辺道路を封鎖して会場とする予定であったが、中止により交通規制は無くなり、懸念されていた交通渋滞は(以下略)』
「あ~、……つまり、主催の会社が倒産したからイベントは行えなくなった。という訳ですね?」
「それだけじゃないんだよレン君!あんた達は断ったそうだが、ウチの商店会から何店舗も、参加を予定していたんだ。中には参加費だけじゃなく、運営への協力費を支払っていたところもっ!」
「え?じゃあ、その人達は大損じゃないですか!?」
参加費や協力費だけじゃない。イベントに備えて大量の食材を予約購入していたはず。それらの食材は普通の営業じゃ裁けない量だ。いわゆる「食品ロス」が発生する事になるだろう。
そして、一番の問題は・・・、
「……一応聞きますが、『エールレイク』から連絡は?」
「それなんだよ。年明けから連絡が取れていないんだ。今朝からは、電話は番号が利用停止、メールは『相手が居ない』とかで送れない。商店会の者が会社の所在地に乗り込んでいったら、もぬけの空だったって……」
あのウインスキーなるおっさん達は、雲隠れしたらしい。まぁ、こういう事態なら普通はそうなる。
ならば、今俺達が考えるべきは……。
「警察……、いやまずは弁護士に相談しましょう。伝手はありますか?」
警察が動いてくれるのは、基本的に刑事事件だけ。詐欺の場合は、まず弁護士に相談して、詐欺罪が成立する事をしっかり確認しなければならない。
俺がそう提案すると、商店会長は少しだけ落ち着いた様子で、それに賛同してくれた。
「そ、そうだな。……あっ!カミさんと離婚した時に、世話になった先生が居る。確か詐欺被害も請け負ってくれていたはずだ。れ、連絡してみる!」
ありがとう、と言い残して、商店会長は足早に出て行った。
それを見送り、彼がおいていった新聞を片付けながら、シャロンさんは俺に言った。
「あんた詳しいんだね。大卒って聞いてたけど、もしかして法学部?」
「ええ、まぁ。……それもあります」
『始末屋』時代に、とある詐欺グループを手伝って、犯人側の視点で覚えたとは、言えなかった。
「とりあえず、俺も明日、8分署に行ってみます。モンドさんなら、詐欺に詳しい刑事さんを紹介してもらえるかも」
そうして、紙一重で被害を免れた俺も、この事件に首を突っ込む事となった。
今回の元ネタ紹介。
<糸斬りのレン>の悪役はフードフェス詐欺ということで、『酒池肉林』から
(酒=エール、池=レイク、肉=ミート、林=グローブ)