マギーなる少女
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災歴2070年11月18日 火曜日
早いもので、俺が暗殺家業を二重の意味で『ドロップアウト』してから1ヶ月が過ぎた。
シャロンさんにイロハを教えてもらいながら始めたダイナーでの仕事も、我ながら板についてきたと思う。
朝は買い出しと仕込み。
昼は一秒を惜しむビジネスマンや近所の有閑マダムたちに昼食を提供。
午後からは休憩がてら日用雑貨と食材の買い足しに赴く。
夜には仕事に疲れた『紳士(皮肉)』の皆さまに酒とツマミに、たまに退店を願っての蹴りを振る舞う。
路線バスの終了と同時に店じまいし、片付けと集計を終えれば、シャワーを浴びて寝る。
このローテーションを、定休日である水曜と日曜を除いた週5日繰り返す日々。だが、常連さん達と何気ない会話を交わしたり、買い出しの際たまに現れる強盗を撃退したり(偶にやりすぎて旦那に怒られたり)、まぁ、退屈とは無縁に過ごせていた。
ただし、時折ふと思い出されたように訊く噂話が、気になっていた。
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午後10時
ニューダーク市マンハンタン 2番街15丁目
『シャロン’s・ジャパニーズ・ダイナー』
「なぁレン、聞いたか?。また出たんだってよ。例の暗殺集団」
相変わらず、席が半分ほどしか埋まっていない店の中。唯1人カウンター席に座っていた常連の爺さんが、カウンター裏側でグラスの片付けをしていた俺に話しかけてきた。
「例の、って……『3番街のイレイザー』?今度はどこの悪党がやられたんです?」
週に一回のペースで舞い込んでくるゴシップネタに、俺は話半分のつもりで聞き耳を立てながら、俺はグラスをカウンターの背後にある棚へ納めていく。
すると、安い銘柄のウィスキーを嗜んで酔いの回っている爺さんは、饒舌にまた聞きした話を披露した。
「今度はよぉ、9分署の管轄内で詐欺をやってた連中らしいぜ。総額100万ドルもだまし取ったうえに、元マフィアのゴロツキを用心棒にして被害者たちを恫喝してたんだとよ。それが昨日一晩のうちに全滅。9分署の連中、後始末に苦労してるって話だ」
「後始末……じゃあ犯人は<マッシュマン>?」
「ああ、人間をぐちゃっとミンチにしちまう怪力男さ。オフィスビルの1フロアが、ワイン樽ひっくり返したみたいだったってよ。a-ha-ha!」
「ちょいとハンスさん、飯を食う処でそんな話題はやめとくれよ!」
グリルで炙ったソーセージを運んでいたシャロンさんが文句を漏らした為に、この話題は打ち切りとなった。
それから一時間もしないうちに、ハンス爺さんは本日最後の客として帰り、俺も店の片付けを終えた後、シャワーを浴びて寝床に入った。
しかし頭の中には、『3番街のイレイザー』の事がいつまでも居座り続けていた。
『人間』も『D』も関係なく、まるで重機で押し潰したように殺す<マッシュマン>。
液体、錠剤、ガス。あらゆる毒を使い、時には自分も被害を受けたであろう状況でも『標的』を毒殺する、<スーサイダー>。
そして、派手な技を使うわけでなく単純に、しかし確実に一撃で急所を突く凄腕の暗殺者、<マエストロ>。
噂に聞こえてくるのは、たった3人。しかしその3人によって、この一月だけで30人近くが葬られている。それも、標的は警察が立件に難儀していた狡賢い悪党たちばかり。
「……『生きている方が迷惑な人間』」
『イレイザーズ』が実在するとすれば、彼らがやっているのは『西歴の世界』で俺がやっていた事と同じだ。
「まぁ、だから何だ?って話だけどね。今の俺は、しがないダイナーの店員だ、ふわぁ……zzz」
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翌日 11月19日 水曜日 午前
5番街18丁目 『Dr.ビアン・ラタンの診療所』
定休日&給料日であった水曜日。俺は未払いだった診察料を届けに、ラタン医師の診療所を訪れた。俺の過去を言い当てた青年医師と顔を合わせるのは、腕を治してもらって以来だ。
カランコロン♪
「こんちは~」
曇りガラスの填まるドアをくぐると、前回と同じく他に患者は見られず、診療所の主人自らが受付にで事務仕事をしていた。
「おや?Mr.クシゲ、お久しぶりですね」
「ご無沙汰してます先生。遅ればせながらこれ、治療代です。お納めください」
請求書と一緒に金額ピッタリに入った封筒を手渡すと、医師は笑みをこぼした。
「<8分署の旦那>から聞きましたよ。2番街のダイナーに就職、おめでとうございます。評判良いらしいですね」
「言うて、客層はあまり変わらず、ほとんど常連さんばかりですけどね」
「丁度良いじゃないですか。苦労せず、食うに困らず。ウチみたいに、普段は閑古鳥が鳴く癖に、大きな事故や事件が起これば、近くの病院からあぶれた患者が押し寄せてくるのに比べたら・・・」
聞けばこの診療所、裏手にテニスコート1面ほどの空き地があり、そこから道路を一本挟んだ先に、この地区の拠点病院があるという。
大店が近所にあるが故に客が来ない、ウチのダイナーと同じ理屈である。
「まぁ、病院が繁盛するというのも、嫌な話なんですけどね」
「違いない」
ハハハ、と2人で談笑していると、不意に診察室の扉が開き、中から1人の少女が出てきた。
熱があるのか、額は少し汗ばみ、頬に赤みがさしているその娘は、じっとこちらを見据える。
「おっと、患者さんが居たのか、邪魔しちゃってごめんなさい」
「いえ、彼女はウチの子なんです。……どうしましたか、マギー?まだ辛いなら寝ていた方が……」
「もう熱は下がったわよ。喉が渇いたから水を貰いたいの。そこの日本人、もしかして<旦那>の言っていた……えっと、レンタル?」
「レンタロウだ、レンでも良いけど。お嬢さん、先生の娘さん?」
「マーガレットよ。新入りさん……ふぅん、なるほど」
まるで値踏みするように、マーガレットと名乗った少女は、俺を上から下へと観察した。
「確かに、ちょっと足りないわねぇ。残念、来たばっかりの時に会いたかったなぁ」
「へ?」
「マギー!やっぱりもう少し寝ていなさい。いま薬を用意するから」
不思議な言動に首をかしげると、ラタン医師が彼女を叱りつけ、受付の奥の薬品棚へ駆け寄った。
すると、彼が薬剤を見繕っている間に、マーガレットは俺の傍まで寄ってきて、くいくいっと人差し指で誘う。
「……?」
内緒話がしたいのか?と俺はしゃがんで、彼女へ耳を傾けた。
すると……
「もったいない。あんまり『表』の生活で気を抜きすぎないでね。せっかく鍛えた『殺しの腕』、鈍っちゃうわよ」
「なっ!?」
慌ててマーガレットを振り向くと、まだ10代前半に見える少女は、にやりと歪めた唇に、そっと人差し指を添えた。
今の話は内緒よ。言葉にせずにそう伝える彼女に、ふと、自分が血まみれの部屋にいる幻覚を見た。
「ホラ、飲みやすい錠剤にしておきましたよ……ってレン君、どうかしました?」
「あっ、いや。きちんと挨拶ができるいい子だなぁっと思って……それじゃあ、これでお暇させていただきます。お大事に、マーガレットさん」
俺は今の会話をごまかす様に、さっと診療所を立ち去った。
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しばらく後
診療所内
レンを見送ったビアンは、訝しげな顔でマーガレットを振り返り、問いかけた。
「彼に何か言いましたか?」
「別に?ちょっと挨拶をしただけよ。それより、なんなの?その薬は」
保護者という事になっている同居人が差し出した錠剤の袋を指さし、マーガレットは逆に尋ねた。
すると青年医師は、自信たっぷりに説明する。
「私が独自に調合した新薬です。能力のオーバードゥズから来る、発熱と細胞の暴走を抑制する効果があります。理論上はね」
「なっ!?そんな得体のしれないモノ、飲まそうとすんじゃないわよ!捻り潰されたいの!?」
身の危険を感じ、猛烈に抗議するマーガレット。しかしビアンは、医者としての冷徹な表情になり、自らの『患者』に告げる。
「……腕、大きくなってますよ」
「っ!?」
指摘され、そちらを向いた少女は、慌てて握った拳をほどき、腕を庇う。
その指先から肘の辺りまでは、黄緑色に変色し、外見の年齢とは不釣り合いなほど、筋肉質に引き締まっていた。
「やはり、独りで8人は無茶でしたね。今回は2日間の『病欠』で済みましたが、気を付けないと、学校でも反動が出かねませんよ。最悪、戻れなくなるやも……」
わざと痛い所を突いてくるビアンに、マギーは怒鳴り返す。
「解ってるわよ!そんな事!!だからあんたと組んでるんでしょう、このマッドサイエンティスト!さっさとこの身体の治療法を見つけるか、出来なきゃ彼を仲間に入れて、負担を減らしてよ!」
それは少女の、心からの叫びだった。
「絶対、嫌だよ。学校でこんな・・・あいつらと同じになるなんて」
「……マギー」
ビアンはそれ以上何も言わず、そっと薬を仕舞おうとする。
だが、マーガレットはそれを奪い取ると、中から1錠を取り出して飲み込んだ。
すると数秒後、変異していた彼女の腕は、元のか弱い細腕に戻った。
「……、……はぁ、まったく。これで失敗していたなら、もっと愚痴を零せたのに。この敏腕医者!」
「そりゃ自分で試していますから、効果は保証しますよ」
今度は本当の親子の様に、裏表のない笑顔を互いに浮かべると、2人は奥の自宅スペースへと戻って行った。
今回の元ネタ紹介は2人。アニメ化したら「戻して」コメント不可避な変身少女マーガレット・スペルトーカーと、一般人枠(裏社会と無縁とは言っていない)シャロン・コルデー婦人です。
マーガレットの元ネタは、怪力キャラと言えばこの人、「念仏の鉄」です(念仏=スペルトーク)。なお名前に関しては、「鉄で女性・・・『鉄の女』?」という事で、某国元首相からいただきました。変身時の容姿は、「fallout3,4」のスーパーミュータントのイメージです。
シャロン・コルデー婦人は、『必殺シリーズ』ではなく、居候先の女主人という事で『魔女宅』のオソノさんを参考にイメージを作りました。なお、名前の由来は『暗殺の天使』こと、シャルロット・コルデーから。