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ジャスト・ヒット!イレイザーズ~異世界暗殺稼業~  作者: ミズノ・トトリ
<糸斬り>のレン
5/20

 『3番街の廃教会』

*****

30分後


 ビアン・ラタン医師の治療は、前評判通りの腕前だった。

 麻酔を打たれてから縫合が終わるまでは、たったの5分。残りの時間は傷口に何か軟膏を塗って安静にしつつ、この世界、『災歴の世界』について問答を交わしただけで終わった。

 にもかかわらず、包帯をほどくと銃創は完全に塞がっており、周りの皮膚に比べて色の薄いだけの『傷痕』に成っていた。足に至っては、その傷痕すら残っていない。


「凄いな。これが『魔術』か」

「ええ、さっきは言葉を濁しましたが、実際に目にすれば判るでしょう?セントラルパークの『大穴』から漏れ出てる物質が『魔力粒子』や『マナ』と呼称される所以(ゆえん)。普段は無害なソレが、特定の手順や条件を揃えると、非科学的な効果を生む。魔方陣の上で調薬すれば回復力を脅威的に高める秘薬に変わり、呪文を呟きながら粘土を捏ねれば鉄より丈夫で軽い最高の建材となる。まさしく魔術(マジック)です」


 瞬間転移(テレポーテーション)、『人外(オーク)』のゴロツキ、そして『魔術』による治療。本当にここが異世界なのだと、ようやく実感しながら、俺は身体の具合を確かめる。

 右腕に痺れや痛みは残っていない。師匠の射撃で潰されたとは思えない、万全の状態だった。足の方も問題ない。


「ありがとう、先生。もう使えないって諦めてたから、すっげぇ嬉しい」

「どういたしまして。お代の方はツケで良いですよ。新しい職が決まって、ふと思い出したら、払いに来てください」


 治療中の雑談の中で、俺がもう元の世界に帰れない事を知った。この街は余所者を連れ込みはするが、還す気は更々ないらしい。俺のような『ドロッパー』の中で、ソレが出来た者はいないという。

 まぁ、俺は向こうの世界では『仕事』を失敗して始末される予定だった身。帰還など最初から望んですらない。

 だからここを出たら、<8分署の旦那>ことミッドヴィレッジ巡査長に手伝ってもらい、どこかで新しい仕事と住居を見つけるつもりだ。


「(と言っても、『表』の俺は大卒のアルバイターだったからなぁ。飲食業、はもうこりごりだし)」


 人手不足を理由に、ろくな研修も無しに厨房の洗い場や後方(小品担当)でこき使われた経験を思い出しながら、治療の為に外していたポーチやベルト、そして『仕事』道具であるナイフを元に戻し、処置室を出る。

 すると、ラタン医師から意外な提案を受けた。


「『始末屋』さんでしたか?こっちの世界でも続けるつもりで?」

「え?……診療所の医者って、()()()()()にも顔が売れてるって都市伝説、この世界でも本当なのか?」


 振り返って逆に問いかけると、まだ年若い医師はとぼけた顔で肩をすくめた。


「まさか、そんな危ない付き合い、自分からはしませんよ。ただ、噂をよく聞くだけです。警察が手出しできない悪人を『標的(マト)』にする集団が、3番街の…」

「そういう話を、警官のいる所でせんでくれ、先生」


 気づけばオレの背後で、巡査長が警棒を手にラタン医師を睨みつけていた。


「い、いつの間に!?」


 雑談していたとはいえ、俺は『始末屋』として色々叩き込まれた身。人の気配を見逃すヘマはしない。

 ラタン医師も同じく不意を突かれたようで、冷や汗を浮かべながら弁解する。


「やだなぁ、ただゴシップ記事のネタを教えてあげただけですよぉ」

「だったら、美人の居るダイナーでも教えてやればいいだろう。新しい犯罪者を作ろうとするんじゃねぇ。モリアーティ教授かオドレ(お前)は?」


 そう愚痴をこぼすと、老警官は警棒を捻って縮め、踵を返して出ていく。


「ほら、小僧もとっとと付いてこい」

「は、はいっ。それじゃ先生、今度は治療代と一緒に来るから」


 俺はラタン医師に礼を述べてから、その背中を追いかけた。

 

 しかし今の位置取り。まるで俺を『口封じ』するような。……気のせいだよな?


*****

しばらく後 

パトカー車内


「ったく、若造が。他人(警察)の仕事を増やすんじゃねぇよ」


 診療所を出発してからも不機嫌な巡査長に、俺は苦笑いで頷くしかない。

 ところが、火の粉はこちらにも振りかかって来た。

 

「お前さんも、せっかく新天地でやり直せるんだ。次会う時も『守るべき市民様』のままでいてくれよ」

「やっぱり、気づいてたんですね。俺の経歴」

「そりゃゴロツキ、それもオーク相手に正面向いてナイフ握ってて、しかも撃たれてるのにケロッと何食わぬ顔で会話できたら、こいつぁ『裏』の人間だと察しが付く。下っ端とは言え、警察官だからな」

「俺、逮捕とか身柄の拘束とか、されます?」

「今お前さんに手錠(わっぱ)をかけてねぇ時点で察しろ。この街じゃ、『ドロッパー』に()()()()()()()()。どんだけ元の世界で悪さしていようが、それを裁く法律が作られてねぇんだよ」


 言われて思い出す。俺をこの世界に招いた元凶、『大穴』が発生した25年前に、この街は全ての対応を丸投げされた状態で、外部から隔離された。そして街の自治体は以来、現状を維持するのが精いっぱいで、『大穴』に関連する事案の対応策は何一つ講じられずにいると。


「だから、この街でお前さんの前科を問う奴はいない。安心して『表』での生活を始めればいい。つっても公的機関としては、同じ理由で生活支援もできねぇんだけどな。今お前さんにしてやってる事は、個人的なボランティアだ」

「そうだったんですか!?なんか、すいません」

「良いんだよ。おかげで未来の犯罪者が1人消えて、俺の仕事も減った訳だからな……と、ちょいとそこの角を左に曲がって停まってくれ」


 カッコいいセリフをさらりと吐いた老警官は、ふと窓の外の何かに気付き、運転していた巡査に指示を出した。

 俺も気になって外を見やると、通りの名前を示す標識が頭上を通り過ぎるところだった。


『3番街・14丁目』


 停まったのは、古びて放置されているのが一目で解る廃教会の前。・・・ここはもしや?


「『3番街の廃教会』、警察にとっては迷惑極まりない都市伝説スポットだ。『大穴』が空く以前から老朽化の為に放置されてた場所なんだがな?いつの間にか怪談話が囁かれるようになっちまった」


 曰く、教会の中には、己の罪を密かに告白する『告解室』なる小部屋が、なぜか複数存在し(通常は最奥の脇に一つ)、その内6番目の部屋では、晴らせぬ恨みを晴らす『イレイザー』なる裏家業への依頼ができる、らしい。

 

「まぁ、所詮はゴシップ雑誌が面白おかしく書いたホラ話(・・・)だ。その理由は、入れば一発でわかる」

「え?入るって……ここへ?」


 さらりと言うや、ミッドヴィレッジ巡査長は、助手席の窓に半身を突っ込み、運転手の巡査に告げる。


「こっからは歩いていく。先に署に戻ってくれ」

「了解しました」


 そして、老警官は教会へと近づいていき、パトカーはそのまま走り去ってしまう。


 敷地は、50㎝程のコンクリの土台から生える、3mほどの鉄格子の壁にぐるりと囲まれているが、正面入り口の門扉は老朽化で消えており、代わりに腰の高さのチェーンで、形ばかりの封鎖がなされているのみ。


 巡査長は、その封鎖をひょいっと乗り越え、同じく朽ちて片方が外れている建物の扉をくぐった。

 一方の俺はというと、路上に一人取り残されたまま。


「えぇ……どうすりゃいいのよ?」


 俺は老警官の意図が読めず、太陽が降り始めている西の空を仰ぐが、他にできることも無いので、素直にその後を追う事にした。


*****

教会内


 入ってすぐに全容が見えた礼拝堂も、外と同じく荒れ果てていた。

 かつて整然と並んでいたであろう長椅子も、壁を彩っていたであろう彫刻も、全てが朽ちて崩れている。天井も所々に穴が開いており、その真下には巨大な建材が、下の備品を押しつぶしていた。

 怪談話が無くても物理的な身の危険を感じ、近づきたくはない場所だ。

 が、老警官は慣れた様子で瓦礫を避けて進んでいき、俺を祭壇の前へ呼び寄せる。

 彼の足跡に自分の足を重ねていき、俺もどうにか辿り着く。途中、積もった埃に別の足跡が残されているのが目に入ったが、その中には小さな子供のモノもあった気がした。まさかね。


「ほれ、左の壁沿いにあるのが『告解室』だ。数えてみろ」

「えっと、1,2,3,4、5……5つ?」


『告解室』は、壁から出っ張る形で設けられた電話ボックスサイズの小部屋で、その扉に真鍮(しんちゅう)製の部屋番号が打ち付けられている。が、それは1番から5番までしかなかった。


「こういうのを日本じゃ、『ユーレイノ、ショウタイミタリ、カレオバナ』って言うんだろう?」


 使い方が間違っている気もするが、言いたい事は判る。

 依頼をする為の部屋が存在しないのだから、『裏家業』も存在しない。そういう事だろう。

 それにしても・・・

 

「これだけの為に、わざわざ?」

「まさか。怪談話の謎解きは()()()さ。一番の目的は、就職のあっせん」


 まぁ座れや、と巡査長は、奇跡的に原型をとどめていた椅子に腰かけ、俺にも勧める。 


「仕事の口利きをしてくれる、って事ですか?」

「ああ。だが本来なら、8分署に戻って何枚かの書類を書いてもらってからになるんだが、今署内はちょっと慌ただしくてな。そっちは後日って事にして、先に働き口を紹介させてもらう」

「それはありがたいですが、なんでわざわざパトカーを降りたんです?」


 すると巡査長は答える代わりに、懐から折りたたまれた地図を抜き出し、こちらへ差し出してきた。

 それはこの街、マンハンタンの通りや場所の名前が記載されている全体図だった。名前や建物の様式から察していた通り、俺の世界でいう『マンハ()タン』にあたる地域らしい。そしてこの地図上では、街はいくつかの区域に分割されており、俺が治療を受けたラタン診療所のある『5番街18丁目』は『8』の数字が振られ、今居る『3番街14丁目』は丁度、『8』と『9』の区域の境界線となっている。


「もしかして、数字は警察の『管区』ですか?」

「察しが良くて助かる。今まで俺達が動き回っていたのは『第8分署』の管轄内。だが、これからお前さんを連れていくのは、ここから150mほど行った『2番街14丁目』、つまり『9分署』の管轄になる」

「なるべく波風を立てたくない、と?」


 簡単に言えば、縄張り争いなんだな。隣とは言え、別の管区の警官が好き勝手動くというのはマズいらしい。


「事情は分かりました。それで、俺がもらえるのはどんな仕事で?」


 巡査長は俺の経歴を解っている。という事は、おそらく肉体労働の類だろう。

 建築作業員か何かだろうか?いやもしかすると、警備員やボディーガードだったり?

 

 しかし老警官の答えは、反応に迷うものだった。


「今さらだが、お前さん、()()は作れるか?」


 ……飲食業は、コリゴリなんだけどなぁ。


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