「良いですか?落ち着いて聞いてください」
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災歴2071年4月某日 午後
『クリス・ローズ教育保護機関』 医療センター
私達が『保護』されてから、数日が経った。
と言っても、カレンダーも時計も無い、真っ白な壁と天井しか見えない大部屋の中なので、定期的な食事と眠気の数を数えて、おおよそ1週間ぐらい、という感じだ。
私の方はお陰さまで、体調はすっかり良くなって……無い。
投与された点滴が私の『体質』と相性が悪かったらしく、ナースとの握手から暫くして、高熱を出した。
「マジ、ビックリだよなぁ。オレよりピンピンしてチョコアイス食ってた奴が、一番の重症とはなぁ。あ~むぐむぐ……」
隣のベッドから友達の方のナースが呑気な声で話しかけてくる。
私とは真逆に、ベッドから起き上がれる程度に回復し、頬のガーゼも取れた彼女は今、食べるのが夢だったという3時のおやつ(それも念願だったというチョコアイス)を頬張っている。
私はぼやけた視界に、少しずつ栗色の毛が生えてきた頭をとらえて、ボヤキを返す。
「はぁ、はぁ……チョコアイスの、くだり……いらないっ、でしょっ!?ぶっころす、わよっ……くぅ!?」
「むぐむぐ、ごくん。お、今日は点滴スタンド投げるの、我慢できたじゃん。ご褒美に一口あげようか?」
「やめっ、ときなさいっ!……あんたの指、食いちぎっちゃうから!ふぅ、ふぅ……」
昨日の様にベッドの手すりを引き千切らない様に、全身から力を抜いて自分の身体を抑える。
投与された点滴に『体質』が反発した影響で、変身している時に沸き起こる破壊衝動が、私を蝕んでいるからだ。
幸い、肉体が黄緑色の筋肉ダルマに変質するには至ってないため、施設のスタッフに『体質』の正体はバレていない。
でも、高熱で理性が働かない時があり、発作的に暴言や馬鹿力を振るってしまう。
結果、真新しい天井には今もデザートフォークやティースプーンが突き刺さったままで、点滴スタンドは4回、ベッドの手すりは7回も交換。私の四肢は拘束帯で10cm以上動かせないようにされている。
当然、私を看護するスタッフ達は気味悪がって、私と接する時間を出来る限り短くしようとしているが、それは私も望んでいる事。
『イレイザー』として悪党を潰し殺す分には心は痛まないけど、ただの一般人を暴走に巻き込むのは嫌だから。
理由もなくバケモノに殺される、その苦痛と恐怖がどれ程の物か、あの夜に身をもって知ったのだから……
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2065年10月31日
――バッ゛ビー・バロ゛ヴィーン――
みどりのうでが、のびてきた。
せなかをむけて、にげようとした。
でも、かみをつかまれて、からだはじごくへ。
じたばたもがくと、ママダッタモノをけとばしちゃった。
へやのおくへ、ほうりなげられ、パパダッタモノのうえに、ちゃくちした。
こえがでない。
いきができない。
からだがうごかない。
にげたいのに、にげたいのににげたいのにいきたいのにたすかりたいのにいたいのいやなのにのにのにのにのに
そしてわたしは、オークにおしたおされて、##された。
―ぼら゛お゛じょう゛ぢゃん、良い゛声で泣き゛な゛よ゛、鳴き声をぎがぜろ゛よ゛ぉ―
いたいいたいいたいしたいしたいころしたいこいつころしたいゆるさないにがさないいかさない生かさない
暗い感情が渦巻いて、自分が潰れる。
からだがめきめきと音を立てて弾け、意識が飛んだ。
そして……
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災歴2071年5月1日 午前
『クリス・ローズ教育保護機関』 医療センター
どうやら、高熱に耐えているうちに、寝落ちして昔の夢を見ていたらしい。
私が両親と、普通の身体を失ったあの日の記憶……。
そう言えばあの時も、気がつけば知らない天井を知らないベッドの上から見上げていて、唯一の違いは、防護服を着た大人たちに囲まれていた事ぐらい。
私が運び込まれたのは、どこかの研究施設。
防護服の連中がひそひそ話していたのを盗み聞きした内容によると、私は自分を失っていた間、筋肉だるまの化け物に変異して、元凶であるオークの強盗どもをミンチにしたらしい。
そしてタイミング悪く、私は駆けつけた警察官たちの前で力尽きて元の姿に戻って、病院で色々な検査をされた後、どことも知れない秘密施設へ研究材料として搬送された。
そこでは普段、四肢を拘束具で封じられ、血を抜かれたり変な薬を飲まされたり。手足が自由に使えるのは、広い部屋に連れていかれて、無理やり化け物の姿にさせられた時だけ。
でも、その時の私は、両親が死んだことで心が砕けていて、そんなモルモット生活に何も感じず、淡々と生きているだけの日々だった。
それが変わったのはアイツ、不死身の『ドロッパー』ビアン・ラタンが現れてから。
「気分はどうですか、レディ?」
そうそう、こんな風に気取ったセリフを吐きながら私の枕元に……って!?
「ビ、ビアン?」
思わず二度見すると、そこには確かに、いつもの白衣とキザったらしい顔の組み合わせがあった。
ベッドの右横からこちらを覗き込む姿勢で、ビアンは告げる。
「落ち着いて、良いですか?落ち着いて聞いて下さい。私の名はケン・ソータイプ。今日からあなたの主治いっ(グィ)……!?」
「(どっからどう見てもビアンやないかい!……これ、いったいどういう状況?)」
私は上半身を跳ね上げ、右手でビアンの胸ぐらを掴むと、顔を間近に引き寄せて問い詰めた。
けれど、すぐに横から別人の腕が割り込んできて、私達を引き離した。
「(落ち着いてくれマギー!俺たちは助けに来たんだよ!)」
そう囁きかけて私を制止した相手の声にも、聞き覚えがあった。
「……レン?」
振り向いて確かめると、彼は私と同じ裏稼業(けれど新人でちょっとドジ)のダイナー従業員、クシゲ・レンタロウだった。
だが今の服装は、見慣れたスポーツウェアではなく、ここのスタッフが着ているのと同じ看護福だ。胸元のネームプレートは、『LEN・K』となっている。
一方、ビアンの方も改めて見てみると、白衣がいつもと微妙に違っていて、首から下げる名札も『K・Sewtype』になっていた。
「……本当に、どういうこと?」