Beauty is Beast?
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『Sharon's Japanese Dinner』 店内
「5年前のハロウィンの夜。とある人間の自宅に、オークの暴漢が押し入るという事件がありました。両親と一人娘の3人家族でしたが、両親は惨殺され、娘も……『暴行』を受けて重体に」
「その娘さんが、マギーですか?」
「ええ。マギーは暴漢が押し入った時、街で友達とお菓子をもらって回っていたんです。しかし、母親が瀕死の状態で警察に通報し、警官が駆けつけるまでの僅かなタイミングに帰宅してしまい……。ですが、彼女の悲劇はまだ続いた」
警官隊が駆けつけたとき、犯人のオークは逃亡した後で、マギーは全身傷だらけで保護、搬送された。
奇跡的に一命をとりとめたが、彼女の身体にある後遺症が残った。
「全身、あるいは肉体の一部が、突然変異を起こすようになったのです。最初は左腕。次は両足、ついには、全身が黄緑色の筋肉だるま、オークの姿に」
「どうして、そんなことに?確か、『人間』が『MACD』に変異することはあり得ない、と」
この街へ転移してすぐの頃、モンドの旦那から聞いた。
『大穴』がセントラル・パークに空いた事件、『ホーリー・デイ』の直後には、様々なデマや憶測が飛び交った。
『異世界から人間や怪物が召喚される』『邪神が降臨し、怪しげな儀式を行っている』そして、『怪物に襲われると、怪物に変わる』
実際、俺のような異世界転移者(人間は『ドロッパー』、亜人は『MACD』と呼称)は実在し、<イレイザー>稼業は邪神ボティシアが悪人の魂を喰らう儀式でもある。
だが、『人間』がオークやリザードマンに変異することはない。これは科学的に証明されていると、大先輩である<8分署の>旦那は言っていた。
ビアン先生は、グラスを玩びながら頷いた。
「確かに、表向きはそうなっていますし、普通に生活していれば、変異することはありません。まぁ、島に築かれた都市という閉鎖空間に、異形と一緒に閉じ込められた、なんて状況でしたから、不安を解消するために、政府が情報を操作したんです。しかし、稀というだけで、変異事案は確かにあり得ます。……女将さんが、その良い例でしょう?」
はっ、として、俺はシャロンさんをみやった。
興行詐欺グループの主犯に刺され、即死の傷を負った彼女は、ボティシアの力で蘇生され、今は肉体と魂を、邪神と共有している。
「マギーは、オークに、その、『暴行』された影響で?」
「ええ。確実なことはまだ不明ですが、暴行を受ける中で、マギーは抵抗し、犯人の身体の一部を食い千切ったんです。そのとき口に入った血肉によって、あるいは彼女と暴漢の傷口同士が触れ合って、全身の細胞が汚染されたのでしょう。ちなみに汚染源について私は、オーク因子と仮称しています」
マギーの、普段の姿からは想像できない惨劇に、俺は言葉が出なかった。
「理由はどうであれ、変異能力を持ってしまったマギーは、研究施設へ移送されました。真実を表に出さない為、でしょうね。両親の他に身寄りのなかった彼女は、世間から消された。そして、そこで私と彼女は出会ったんです」
「先生も、研究施設に?」
「ええ。私の場合は、自主的にモルモットになっていたのですが……。その施設も、マギーが来て半年ほどで、予算不足により閉鎖されました。そして、閉鎖のゴタゴタに乗じて、私はマギーを連れ出し今の診療所を開いたんです。彼女の身体を治療するためにね。町医者はその副産物です」
「治療、できるんですか?」
「ええ。その成果が、彼女の『風邪』なんです」
ビアン先生は、三度ウィスキーを注ぎ、それを一気に飲み干す。
薄めていない酒を三杯、それもイッキ飲みで摂取したのだが、先生からは酔いが一切感じられない。
「レン君も知っての通り、私は不死身の特性を持っています。だから毒も酒も、ウィルスや細菌すら私の身体には影響を及ぼさない。だから自分を巻き添えにして、標的を毒殺できるんです」
「で、付いたあだ名は<スーサイダー>」
どうやらそのあだ名はお気に召していないらしく、先生はムスッとした顔で無視した。
「まぁ、それは置いといて。マギーの身体も同様、オーク因子が彼女の肉体を強靭にしている。なので怪我はすぐ治り、病気にもならない。しかし同時に、彼女を化け物に変えようともします。能力を使いすぎると細胞が暴走して、勝手に変異してしまう。発熱や身体の変色、硬化……。私の治療は、そういった『副作用』を打ち消すものだったんです。そして……」
「風邪を引いたということは、オーク因子が弱くなっている?」
「そうですっ!まさしくその通り!んぐっ、ふぅ……4年かかりました。4年でようやく、ここまで……」
満足げに、ボトルに残った最後のウィスキーを飲み干すビアン先生。
普段は冷徹な彼がここまで感情を露にする姿を、俺は初めてみた。
そして、ふと思い立ち、扉一枚挟んで後ろにあるキッチンへ向かう。
そして、個人的に嗜もうととっておいたつまみを持っていく。
「これ、俺からのご祝儀です。業者が試供品にって置いていったスモークチーズ」
「ははっ、ありがとうございます」
ダイナーの店内に、穏やかな空気が流れた。
ところが、裏家業にはそんなもの許されない、とでも言うようなタイミングで、先生の電話が鳴った。
「失礼。……はい、……えぇ、私がそうです」
相手の声は俺たちには聞こえず、会話の内容は不明だが、先生の表情が、段々と剣呑になっていく。
「はい?どちらさんで……っ!?……何を勝手にっ!」
ガダンッ!
椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がりながら、ビアン先生は怒鳴った。
「なんか、やばそうだな」
俺は嫌な予感を覚え、2階の自室に置いてある『仕事道具』を、いかに早く取りに行くかの算段を始める。
すると、相手が一方的に電話を切ったようで、ビアン先生は携帯端末を握りしめたまま、ゆっくりとカウンター席に座った。
「…………レン君、<8分署の旦那>を、呼んでくれますか?」
「何があったんです?裏の仕事と関係が?」
「ええ。マギーが、連れ去られました」