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ジャスト・ヒット!イレイザーズ~異世界暗殺稼業~  作者: ミズノ・トトリ
マギー・ザ・<マッシュマン>
16/20

マギー、風邪を引く

災歴2065年10月31日

ニューダーク市 某所


―Trick or treat!

―お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ!


 日が暮れた街を、友達と一緒に駆けた。

 オバケの仮装に、カボチャのバケット。

 前を通ったお店やお家も、怖くてかわいい飾りでいっぱい。

 どうして祝うのか知らないけれど、お祭りだから大歓迎!

 丸いあめ玉、四角いクッキー。

 とろけるチョコと、ふわふわマシュマロ。

 たくさん集めて、時計が鳴った。


―もう7時だぞ!早くお帰り!


 お外の時間はもうおしまい。

 あとは、お家で賑やかパーティ。

 

 また明日ねと、友達と別れる。

 少し寂しい、帰り道。

 でもかご一杯のお菓子を見れば、足取り軽く、スキップ、スキップ♪


 風がヒューヒュー、マントをギュッ。

 でもお家には、ママのシチューとパパのハグ。

 急いで急いで、気分は時計ウサギを見つけたアリス。


―ただいまー♪


 でも待っていたのは、お茶会じゃなかった。


―オ゛ガエ゛リ゛、オ゛ジョウヂャン


 出迎えたのは、ブクブク太った筋肉だるま。

 お家の壁には、赤黒い水玉。床を飾るのは、壊れた家具、散らかったご馳走。

 そして、ぐちゃぐちゃになったd##とm##。


―バッ゛ビー・バロ゛ヴィーン


 声がでない、身体も力が入らない。

 がちゃんと落ちたのは、かごか自分か。

 そして、筋肉だるまの腕が伸びて……


#####

災歴2071年4月10日午前7時

ニューダーク市マンハンタン自治区 5番街18丁目

『Dr.ビアン・ラタン診療所』2階 


ピピピ、ピピピ、ピピピ


「鳴ったわよ~。……?ビ~ア~ン~!?」


 茹だったように熱い目蓋を開けて、私は医療用ベッドの上から同居人を呼んだ。

 喉が腫れてて、掠れた声しか出せなかった。


「まだ抜かないでくださいねー!すぐに行きますー!」


 それでも、開けっぱなしの戸の向こうから返事があり、暫くして、防疫マスクに白衣姿のビアンが、食事と薬の載ったトレーを運んできた。

 ベッド横の柵に連結している可動テーブルの上にトレーを置き、傍らに座った彼を、私はジトっと睨んだ。


「なに?そのマスク。私、不死身野郎でも死ぬような、殺人ウィルスにでも感染してた?」

「これは()()()守るためのマスクですよ。ちょっと薬の調合に失敗しまして。しばらく息が毒ガスに」

「っ!?こっちにこなっ、ゲホゲホッ」


 怒鳴ろうとして、私は激しく咳き込んでしまう。

 ビアンは背中を擦ってくれながら、マスクを外して謝る。


「冗談ですよ、冗談。ただ調薬してただけですから」

「コホッ、あんたが話すと、ジョークに思えないんだから。……ほら、さっさと診察っ!」


 体温計を抜き取り、文句と一緒にビアンに渡す。

 まぁ、診てもらわなくても、自覚症状から()()()()()()、だと思うんだけれど。

 せかんどおぴにおん?とか言うのが重要だと、目の前の医者が前に言っていた。

 39℃を示す体温計を一瞥したあと、ビアンはポケットから聴診器とペンライトを取り出して、身体のあちこちを調べていく。

 その結果は・・・


「ただの風邪、ですね」

「…………パルドン?(なんですって)

「普通の風邪です。いつもの『副作用』ではありません」

「………………本当に?」


 私は驚き半分、嬉しさ半分で、ビアンに確認した。

 普通の風邪?()の私が?

 冷静になろうとするが、熱でぼうっとした頭では、まともに考えることが出来ない。

 すると、ビアンが診察の結果を、順に説明してくれた。


「喉の腫れは炎症によるもので、『副作用』の時の、筋肉の膨張によるものでではありません。また、心拍は平時と同じ強さとリズムで、これも『副作用』の時と違います。皮膚の変色や硬化もみられず。そもそも貴女、()()()()()()()()()()()じゃないですか」

「あっ……」


 言われてみれば、ここ最近は廃教会からの召集がなく、夜もぐっすり眠れていたんだったわ。


=====


『3番街の<イレイザー>』。深夜、3番街14丁目の廃教会の中にある、6番目の告悔室に行けば、どんな相手でも『始末』してくれる暗殺集団。

 私、マーガレット・スペルトーカーと家主のビアン・ラタンは、そんな都市伝説の当事者。

 5年前の、あの忌々しい夜に()()()()()()()能力を使って、悪党たちを文字通り、叩き潰してきた。

 もちろん、正体がバレるようなヘマはしないけど、おかげで世間で囁かれてる私の通り名(コードネーム)は<マッシュ()()圧潰(あっかい)男)>。失礼しちゃうわ。(まぁ、ビアンの<スーサイダー(自殺野郎)>よりはマシだけど)

 でも、私の目的の為に、暗殺稼業を続けないといけない。 

 同じく理由から、今目の前でポリッジ(小麦粥)をよそっている、性格最悪な敏腕医者との共同生活も。


「はい、お待ちどうさま。学校に連絡してきますから、ゆっくり食べてください」

「ありがとう……あっ」


 『学校』という単語を聞いて、大事なことを思い出した。


「今日から、学芸会の練習が始まるんだった。最悪ぅ」


 私のクラスの演目は、小芝居と歌、つまりはミュージカルだ。

 もう配役も台本配りも済んでいて、今日から全体での練習が始まる予定だった。


「明日から頑張れば良いんですよ。では、お大事に」


 ビアンはそう言うと、部屋を出ていく。


「もう、他人事だと思って」


 私はそう呟き、布団を横へ退()けて起き上がる。

 ゆっくり起き上がったつもりだったが、頭の中でボウリングの球が暴れているような鈍痛に襲われた。


「っ!くぅぅ……でも、ただの風邪か。久しぶりだわ」


 体調不良は辛いけれど、これは私が()()つつあるという証拠。


「……ありがとう、ビアン」


 共同生活をするようになってから、初めての感謝をアイツに捧げながら、私はポリッジをすすった。


 前言撤回。


「どうやればこんなに不味く作れるのよ!!謝れ!私と小麦農家さんたちに謝れ!ゲホッゲホッ」

 

#####

同日 午後3時

2番街15丁目『Sharon's・Japanese・Dinner』 店内


 今日は水曜日。ダイナーは定休日。

 女店主のシャロンさん(+α)と、住み込み店員である俺、久重(くしげ)廉太郎(れんたろう)は、新メニューの開発に取り組んでいたところ、思わぬアクシデントに見舞われた。

 先週仕込んだ自家製ピクルスを試食して30分後、激しい腹痛に襲われたのだ。

 一言で言うなら、食あたりだった。


「発酵と腐敗は同じ現象、とは言いますがね。臭いで区別ぐらいできませんか?それともナットウかクサヤの匂いがしたんですか?」


 電話一本で来てくれたは良いが、入店して一番に、そう毒を吐いたビアン先生に、俺は爆発寸前の()()()()()()を引き締めながら、反論する。


「シャロンさんが食って大丈夫だったんだよ。なのに俺だけぇ…きゅぅあっ!?」


 喋ると腹の中で乱闘騒ぎが起こり、俺は店の床にへたりこむ。

 するとシャロンさん……いや、彼女の身体に取り憑いてる()()が、悪びれもせず言った。


『そりゃ、私の依り代だからねぇ。毒だの刃物だの、ヤワなモンには耐性がついてんのさ』

「おまっ、()()()()()っ!だったら俺が食う前にそう言ってくれ、ぐぅ」


 シャロンさんと同化している邪神サマに、俺は文句を一言。しかしそこまでが限界で、俺は本日通算8回目となる、トイレへの突撃を敢行した。


 異世界へ転移した俺が裏稼業に手を染め、かつ、家と仕事をくれた女店主が瀕死の重症を負い、<イレイザー>の元締めにして異次元から来た邪教の女神に身体と引き換えに救われてから、間もなく一月(ひとつき)

 常連客やご近所さん達にバレることはないが、時折こうした些細なズレが生じることがあった。


*****

数分後


 腹の具合が小康状態となり、俺がトイレから出てくると、ビアン先生は既に薬を作り終えていた。


「殺菌作用抜群の整腸薬です。腸内の水分吸収作用も高めるので、軟便がピタリと止まります。ウチの人気薬のひとつです」

「ありがたい、アリが鯛ならおいらはガリバーってね」


 生姜の匂いがする錠剤を、白湯(さゆ)で飲み下す。

 ミント系の薬草も入っているのか、食道から胃にかけて、涼しさが通り抜けていく。

 と同時に、下腹部の痛みも収まっていき、3分ほどたてば、足を開いて屈伸運動をしても平気なまでに回復した。


「おおっ、さすがはマンハンタン一番の町医者!」

「どういたしまして。……それでは、お代ついでに一杯いただけますか?今日はちょっと、祝杯を挙げたい気分でして」

「祝杯?」


 シャロンさんはグラスと、先生がキープしていたウィスキーのボトルを棚から取り出しながら尋ねる。


「ええ。実は今朝、マギーが風邪を引いたんですよ。熱と咳が出るだけの、軽いヤツ」


 氷無し、ストレートのシングルモルト・ウィスキーをぐっと煽りながら、ビアン先生は言った。

  

「風邪?それって祝う事なので?」


 カウンター裏、シャロンさんの隣に立ち、俺は呟いた。

 先生は空いたグラスに手酌でもう一杯注ぎ、語り始める。


「レン君は、マギーの身体についてどれぐらいご存じで?」

「身体?確か、オークに変身できる能力、とかなんとか?」


 街の中心、セントラル・パークに異次元との接続口『大穴(ホール)』が空いて以降、マンハンタンには、異世界からの漂流者が現れるようになった。

 その中には、俺のような『人間』だけでなく、オークや狼男のような異形の姿をした人種『ドロッパー』も含まれている。

 

 ビアン先生と同居している少女、マーガレットは、元々この世界の住民だが、肉体をオークのように強化・膨張させられるという特殊能力を持っている。

 そしてソレを活用し、少女の姿で標的に近づき、オークの怪力で文字通り捻り潰す、という手法で、<イレイザー>稼業に携わっている。

 10才の少女が暗殺稼業など異常だ、等と綺麗事を述べるつもりは、オレには更々ない。自分は14才で裏社会に堕ちたし、そこでもっと幼い子供が汚れ仕事をやっている姿を、幾度となく見てきた。


 そんなわけで、マギーの身の上について、あまり詮索して来なかったのだが、ビアン先生の口から出てきた話に、思わず耳を疑った。


「・・・マギーの能力は、後天的に授かったものなのです。それも、決して平和的とは言えない、おぞましい事件によって・・・」


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