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ジャスト・ヒット!イレイザーズ~異世界暗殺稼業~  作者: ミズノ・トトリ
<糸斬り>のレン
12/20

<イレイザー>走る

3月15日 日曜日 午後6時23分

2番街15丁目 『Sharon’s・Japanese・Dinner』


 タクシーが店の前に停まった時、そこにシャロンさんの姿は無かった。

 しかし、日没後の暗いコンクリートの地面に、幽かな血痕が残っており、それは店の中へと続いていた。


「シャロンさんっ!」


 上半身から血の気が失せるのを感じながらも、俺は叫んで、店の入り口を乱暴に開けた。

 そして、こちらに足を向けて横たわる彼女を見つけた。


「シャロンさん、しっかり!」

「…………ああ、レン。あんたは無事だったのかい」


 必死に声をかけると、シャロンさんはうっすらと目を開けた。

 店の床にはそれほど血は流れていない。しかしシャロンさんの肌は土気色で、唇も青くなっていた。


「どうしてっ?なんでシャロンさんが……」

「エールレイクのスコット・ウインスキー、あいつを見つけたんだ。墓地の隅っこでね」

「っ!?あの野郎、やっぱり生きてたのか」


 イベントの勧誘に来た、ビジネススーツの男。奴の顔は、俺もはっきりと覚えている。


「ははっ、『どの面下げて』って問い詰めようとしたんだが、あたしに気付いた途端にタクシーで逃げてね。でも、リトルイタリーにある酒場のレシートを落としていったんだ」

「それで、追いかけたんですか?」

「ただ、居場所を突き止めて<8分署の旦那>に通報するだけのつもりだったんだけどね。運悪く、その酒場が連中の隠れ家そのものだったんだ。リトルイタリーの、『ヴォルぺ』って酒場dケホっ」

「シャロンさんっ!?」


 シャロンさんの口から、黒く変色した血飛沫が飛び出す。


「はぁ、はぁ。酒場に、マフィアっぽい連中がいてさ、そいつらに話を聞こうとしたら、後ろから……。あの顔、間違いなくスコット・ウインスキーだった」

「もう、もういいです。喋らないでっ!」


 彼女を抱きかかえると、わき腹にナイフで刺された傷があった。出血はしていないが、それはこれ以上出るモノがないからだと、理解できてしまった。

 今こうして話が出来ているのが不思議、そんな状態だった。


「ごめんなさい。俺、俺……」


 大粒の涙が溢れて止まらない。

 もう助からない、と理性が訴えかけてくるが、死んでほしくない、そう頭のどこかで願う自分もいる。

 しかし、どうすれば良いのか、頭の中が真っ白で考えられない。

 そんな俺の頬を、シャロンさんは血で赤黒く汚れた手で拭ってくれる。


「謝るのは、私の方さ。何にもしてやれないまま、この世界に、あんたを独りぼっちにしちゃうんだからさ」

「っ、いいえ!!シャロンさんは俺に、……俺を人間に、戻してくれました!」


 血の臭いと無縁な、銃声とも無関係な、元の世界では憧れで終わった、普通の生活を貰った。

 それなのに俺は、まだ何も返せていない。

 そう考えながら歯を食いしばる事しかできない俺を、シャロンさんは蒼白な顔に笑みを浮かべて見つめてくる。


「そうかい……じゃあ一つだけ、あたしの願いを聞いてほしい」


 シャロンさんは一度手を離すと、自分のポケットから小さなカギを取り出し、俺に握らせる。


「これ、は……?」

「アタシの部屋にある、金庫の鍵さ。中には、万が一に備えて貯めてた、2万ドルが入っている。それをもって、廃教会に行ってほしい」

「<3番街のイレイザー>、ですか」

「ああ、真夜中、午前0時に14丁目の廃協会、6番目の告解室に届けておくれ。相手は、ウインスキー兄弟と3人を守るマフィア、そして……」

「アステリオ、グローブ」

 

 俺の呟きに、シャロンさんは頷いた。


「マフィアの1人が電話の相手を呼んだんだ、<首領(ドン)・グローブ>って。あの社長、商店会へ見舞金に見せかけた借金を背負わせて、皆を奴隷みたいに扱おうとしているんだ。それを、止めて欲しい」


 鍵を俺に握らせようとするシャロンさんだったが、その手にはもう力が入っていない。

 その手をしっかりと握り返し、俺は誓った。


「約束します。必ず、アステリオたちを止めて見せます」

「ありが……とう……終わったら、8分署の……だんn……頼…………」

「シャロンさん!まって!まだ、まだっ!」


 しかし、シャロンさんの眼から生気は消え、彼女の躯が、俺の膝にずっしりと圧し掛かってくる。


「ぁぁ、あぁぁ、ぁぁぁぁぁ……!」


 しばらくの間、喉が絞り潰されそうな嗚咽(おえつ)を、独りでこぼした。

 掠れた声とともに、俺の中から『何か』が抜け出ていく。

 そして、『空っぽ』の人殺しが出来上がった。


「シャロンさん。ありがとう、ございました」


 シャロンさんの瞼をそっと撫でて閉じ、彼女の体をテーブル席のソファに横たえる。店の隅に酔い潰れたお客用に置いてあった毛布があり、それで彼女を覆うと、俺は2階へ上がった。

 最初にシャロンさんの部屋へ向かい、ベッドの下にあった手提げ金庫を、託されたカギで開ける。

 少額の紙幣と硬貨が入り混じった、乱雑な蓄えだったが、一緒に入れられていたノートには、毎日少しずつ、ヘソクリとして貯めていた軌跡が残っていた。

 その総額は、2万9182ドル。


「はっ、……多いな」


 俺は金庫から紙幣と硬貨を数枚ずつだけ抜き取ると、残りを元の場所へ戻す。

 そして部屋を出ると、今度は自分の部屋へ行き、タンスに仕舞っていた『始末屋』道具、鎌の様に反ったナイフを取り出し、点検する。

 数か月放置していたせいで、刃の表面などに錆が浮ていた。 

 俺は一緒に入れていた手入れ用具一式(砥石とぼろ布、機械油)を机に並べ、手入れを始める。


 刃を研ぎ、ワイヤーを磨き、油を馴染ませる。


 作業の一つ一つをこなす間、俺の頭では、ひたすら『マト』を始末する時の事だけを考えていた。


 そして、数時間後。この世界に来た時の服装に着替えた俺は、1階で横たわるシャロンさんに一礼してから、夜の街へと繰り出した。


*****

3月16日 午前0時ごろ

3番街14丁目 


 まもなく日付が変わる頃。繁華街から外れた通りからは人気(ひとけ)が絶え、春先の肌寒い空気がかき乱される事なく満ちている。

 その中に建つ廃教会は、一見すると普通の街並みの一画。しかし俺には、これまで感じたことのない、気持ちの悪い気配に包まれているように見えた。


*****

廃教会内


「マジか」


 中に入った俺は、一目で前回からの変化に気付いた。

 あちこちが崩落した聖堂の奥、聖母像が祀られていたはずの場所に、今は異形の像が建っていた。

 左右のこめかみからヤギのような巻いた角が伸び、口元からは2本の犬歯が飛び出し、地面へ垂直に突き刺さった剣にしなだれかかった姿の女性で、股関節周辺と胸元は、巨大な蛇が巻き付く形で隠されている。

 『邪神』、そんな言葉が自然に浮かぶ像に暫く気を取られた俺だったが、もう一つの変化にも気づいた。

 向かって左側の壁沿いに並ぶ『告解室』、以前来た時は『5番』までしかなかったそのスペースの一番端の番号札が『6番』になっていた。

 思わず腰のナイフに手をやりながら、俺はその『6番の部屋』に近づく。

 すると、


ギィィィィ


 告解室の扉は、そこへ注目させるように大きく軋みながら開いた。

 中は電話ボックスほどの狭い個室。奥の壁は木製の細かい格子窓になっていて、その向こうに、人影が見えた。

 俺が扉に手が触れる位置まで来ると、その人影は女の声で語り掛けてきた。


「いらっしゃい、お若い坊や。<イレイザー>への依頼はここで受け付けてるよ」

「あんたが……『元締め』か?」


 警戒を緩めながらそう尋ねて、個室の中へ入る。すると向こう側に座る女は、蝋燭を(とも)した。

 ぼんやりとした灯りの中に、黒い装束を纏ったシスターの姿が浮かび上がる。気のせいか、笑みを浮かべたように思えた。


「その物言いと警戒心、『ご同業』だね。なら話は早い、『標的(マト)』の情報と頼み料、早く寄越しな」


 聖職者らしからぬ口調で、黒衣の尼僧は衝立の下にティッシュ箱ほど空いた隙間を指で小突いた。

 そこから向こうへ、シャロンさんから託された紙幣と硬貨を差し入れながら、俺は尼僧に告げる。


「相手は複数。『グローブズ・ミート』社長アステリオ・グローブと、その秘書ディー。アステリオの父親でマフィアのボス、マイノス・グローブ。そして、リトルイタリーの『ヴォルぺ』に潜伏している、ウィンスキー3兄弟」

「多いねぇ。普段こういう事は口にしないんだが、あんたは『裏』の人間だから言わせてもらうよ。頼み料、これじゃちょいと少ないね」


 2400ドルと66セント。俺が差し出した金額だ。紙幣で2400ドル分、硬貨で66セント分だ。


「・・・そっちの取り分は2400ドル、あんたも居れて、一人600ドルの取り分になる。俺はこれだけで十分。不満か?」


 俺は、ワザとらしく渋る様子を見せる尼僧の前から、66セント分を分捕りながら、彼女に言った。

 すると尼僧は驚いたように、初めてこちらを向く。しかしその顔は、黒いベールで覆われていて、素顔は解らなかった。

 

「おや、あんたも『仕事』に加わると?」

「『頼み人は加われない』なんてルールがあるのか?なら大丈夫だ。俺はシャロンさんの代理だ。彼女から頼み料を貰って、あんた達の取り分を届けに来たって形だ。ウィンスキー兄弟だけは、俺に()()()()くれ」

「……いや、問題はないよ。ただ、こっちから誘うつもりでいたのを、『段取り』が良い方に狂って驚いただけさ」

「『段取り』?」

「いやこっちの話さ。本当にやるってんなら、奥の像の前に来な」


 そう言うと、黒衣の尼僧は向こう側の扉から出て行った。

 俺も彼女に促されるがまま告解室を出て、左手に見える異形の偶像へと近づく。

 するとその周りには、すでに大小あわせて3つの人影があった。

 それも、見覚えのある顔ばかり……


「あはは、結局『こっち』に来ちゃったね。<旦那>の勘も外れる時があるんだ」

「マギー、『仕事』の前ですよ。はしゃぐのはおよしなさい」

「…………阿呆が」


 瓦礫の山に腰かけ、この場に似合わぬ無邪気な声を挙げるのは、以前ラタン医師の診療所で出合った少女。そしてその近くには、ラタン医師本人と、<8分署の旦那>ことモンド・ミッドヴィレッジ巡査長がいた。


 老警官は無言のまま、こちらに近づいてくる。その顔は普段の彼とは全く違う、無表情ながら、ものすごい圧を感じるものだった。

 着古されたトレンチコートをなびかせながら迫るその姿は、どこか<師匠>と重なった。


「なんで『こっち』に戻って来た?……シャロンは?」

「殺されました。遺体は、店に……」


 俺がそう伝えると、旦那は一瞬、目を見開いた。しかし、すぐに元の無表情に戻ると、「そうか」と一言呟き、近くのベンチに腰掛ける。

 そして、今度は異形の像を見上げながら、声を張り上げた。


「おい、ボティシア。さっさと『標的(マト)』を教えろ!」

「やれやれ、今日はやけにせっかちだね。<8分署の>、惚れてた女の葬式でもやるのかい?」


 いつの間にか俺の背後に現れた黒衣の尼僧は、そう独り言ちながら、像の足元に置かれた祭壇へと歩いていき、俺が渡した紙幣をそこへ並べていく。


「『グローブズミート』社長、アステリオ・グローブ。その秘書ディー・セクレット。父親でマフィアのマイノス=ミノア・グローブ。そしてスコット、モルト、ウェルスらウインスキー3兄弟」


 4等分に小分けし終えると、尼僧/ボティシアは3歩下がって場所を開ける。

 しかし、俺は祭壇に近寄る事なく、他の3人に告げる。


「ウインスキー・兄弟は俺がやらせてもらう。他は好きにしてくれ」

「へ?ちょっとあなたっ!?」


 少女が呆れた様子で声をかけてくるが、俺はそれを無視して、廃教会を出た。

 すでに頭の中は、『仕事』の事だけでいっぱいだった。


*****


 レンが去ってすぐの教会内、マーガレットは瓦礫から飛び降り、祭壇に手を伸ばしながら、ため息を漏らした。


「初仕事でしくじらないか心配だわ。……じゃあ、私は社長を貰うわね。マフィアなんて、か弱い私には無理」


 少女が4つの内1つの札束を取ると、ビアンがそれに続く。


「では私は秘書の方を。毒のストックがまだ補充できていないので、広い場所での『仕事』は遠慮します」

「残りは旦那に任せるわ。ビアン、さっさと行くわよ」


 2人はモンドに一礼してから、教会の裏口へと姿を消した。

 老警官は祭壇の札束を1つ懐へ入れながら、ボティシアを睨み返した。


「お前さん、()()()()関わっている?」


 腰の警棒へ手を伸ばしながらの発言に、ボティシアは肩をすくめて返す。


「アタシに課せられた『制約』を忘れたのかい?事件やシャロン・コルデーの死には、一切関わっていないよ。坊やをちょっと誘いはしたけどね」

「若い奴らに、あんまり酷な事をせんでくれ、()()()()()()()よぉ」


 もう1つの札束もつかみ取ると、モンドはボティシアに背を向けて、正面口へと去って行った。

 たった一人となった黒衣の尼僧は、それを見送ると、独りほくそ笑む。


「……まぁ、今回は『ルール違反』があったからねぇ。ちょいと坊やにサービスしてやるか」


 ボティシアはそう言うと身をひるがえし、教会の奥へと消えた。



お待たせしました。次回は『必殺』シーン4連発です。

<マッシュ>のマギー、<自滅>のビアン、<8分署>のモンド、そして<糸斬り>のレンによる『仕事』にご期待ください。

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