怪談と凶報
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シャロン談
「『3番街のイレイザー』、その噂が流れ始めたのは、セントラルパークに『大穴』が現れてから暫く後。どっかのバカな妄想家が、これは『聖なる祝福』だ!なんてほざいた挙げ句、『大穴』とかけて『Holy Day』なんて呼び名をつけた頃だったかね。
当時は『大穴』から漏れ広がった物質の正体がわからず、オカルトめいた迷信がいくつも飛び交っていてね、『イレイザー』もその一つだった。
きっかけは、混乱に乗じて犯罪をやらかしてた連中が、次々に暗殺されるって事件が起きた事。
曰く、殺ったのは3番街にある廃教会を根城にしている集団。
曰く、そいつらの元締めは人間ではなく、『大穴』の向こうからやって来た『異教の神』。
曰く、その神は穢れた魂を収集する『邪神』で、その手段として、黒い修道女の姿で暗殺稼業を仕切っている。
こんな感じだった。
え?他にはどんな与太話があったのかって?そうだねぇ……『こことは違うどこかから迷い込んだ人間が居る』とか、これはまぁ、あんたら『ドロッパー』や『MACD』どもの事だったわけだけど。
あとは、『大穴』から出てきたバケモノに襲われたら、被害者もバケモノになる、とか。後々に科学的に否定されたけどね。
で、話を戻すけど、『イレイザー』がやる暗殺っていうのは、要は『邪神』が穢れた魂を集める儀式なんだって。だから、恨みを晴らすために彼らに依頼をしたければ、決められた手順を守って『契約』を交わす必要があるらしい。
まず、依頼人が廃教会を訪れるのは深夜。それ以外の時間では黒い修道女は現れない。ついでに、必ず恨みを抱いている本人が行かなければならない。代理人なんかを使うと罰が下る。
そして、『六番目の告解室』に入り、黒い修道女に復讐したい相手の情報と、頼み料を渡す。金額は特に決められていないけど、相手の数で割り切れる額が良いらしい。
そして、最後に依頼人は廃教会での一切を口外しないことを誓い、出ていく。するとその夜のうちに、『イレイザー』達が恨みを『消す』って流れになっている、らしい」
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3月13日 金曜日 昼
営業中のダイナー
シャロンさんが語り終えると、俺はふと思った事を口にする。
「えらく設定が細かいですね。一体だれが広めたんで?」
「さぁね?人伝に渡っていくうちに、色々できたんだろう。ちなみに私が知ったのは、そこに置いてある雑誌の特集記事」
そう言ってシャロンさんは、カウンターの隅に設けられた古雑誌ラックを指した。
なるほど、結局はゴシップネタという訳ですね。解ります。
「穢れた魂を集める『邪神』かぁ。本当にこの街では、摩訶不思議な事が起こるんですね」
「ちょい待ち、レン。あんたは確かに、その摩訶不思議を実体験した男だけど、話の全部を鵜呑みにするんじゃないよ。『ドロッパー』や『魔術』があるからって、『邪神』なんてトンデモ存在まで居てたまるかい!アタシらは自分が食うに困らない程度にダイナーを経営する事だけを考えてりゃいい」
そう言ってシャロンさんは、この話題を打ち切った。
そして、直後に来店した馴染み客を出迎えにいき、俺も料理の準備に戻る。
シャロンさんの言う通り、今の俺はダイナーの店員。『裏家業』とは関係のない、ただ一般市民だ。
考えるのはゴシップホラーの事ではなく、今日の売り上げ。
「はいよ、いつものサンドイッチと紅茶のセット、お待ちどうさん」
テーブルに座った老夫婦の注文を片付けている内に、俺は『イレイザー』の事を忘れた。
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同日 夜
夜の帳が降り、仕事終わりの仕事人たちが酒とツマミで一日の疲れを癒している時刻。
俺が、半分ほど埋まった客席を順に回り、冷えたビールを配っていると、外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
ただ聞こえるだけなら、普段と変わらない日常の雑音として気にも留めなかったのだが、この時は違った。
サイレンは、このダイナーのすぐ近くで止まったのである。
「近くで事件かな?珍しい。お客さん方、お帰りの際は気をつけて!」
「でぇじょぉぶだよぉ。この辺りじゃ、おまわりの前でわるさぁするやつぁいねぇよ!」
「特に<8分署の旦那>にはなぁ、いつだったか、他所から流れてきた3匹のオークどもが、***(卑猥なスラング)を警棒で突き潰されたって話だ」
「だども、旦那も一緒に自分の腰をやっちまってよ、グキッて!で、駆けつけた応援に言ったのが、『救急車を4台呼んでくれ』ってよ」
「アハハハ……(アメリカンジョークは未だに解らん)」
多くの客には酒精が回っている為、あまり意味は無いのだが、一応の注意を呼び掛けた。
すると、それから15分ほどしてから、意外な人物が来店して来た。
「いらっしゃい!お好きな席に……あれ?」
振り返ると、話題の当人、<8分署の旦那>が制服警官を2人引き連れて入ってくるところだった。
「旦那、お連れが居るとは珍しい」
「悪いが仕事中だ。レン」
普段店に来る時とは違った、真剣な旦那の様子から、俺は嫌な予感を覚えた。
「……何か、あったんで?」
「30分前に通報があってな。『P.S.スクエア』で殺人があった」
「え、殺人!?」
目の前の信号を渡ったすぐそこでの凶報に、店内の喧騒が静まる。
しかも、続いて告げられた被害者の名前は、良く知っていた。
「殺されたのは、ジム・カーター。この地区の商店会長だ」
「なんだって?」
「そんな!?何かの間違いじゃ・・・」
「おいモンド、ジョークにしちゃ質が悪いぜ」
旦那や商店会長と顔なじみな客たちが、食事の手を止めて寄ってくる。
が、旦那は警官としての態度を崩すことなく、しかし伏し目がちに答えた。
「いや、身分証を持っていた上に、俺がさっき遺体の顔を確認した。この店で、何度か相席になったからな」
そう言えば、旦那も商店会長も、来店は1人だけど、いつもカウンター席で呑んでいて、月に2,3度は隣になる事があった。
「それで、ちょいとショックだろうが、お前さんらにも協力してもらいたい。ジムの今日の行動を確認したいんだ」
「ええ、ええ!解りました。シャロンさん!」
振り返ると、彼女はカウンターでビールジョッキを片手に固まっていたが、俺の呼びかけで我に返り、こちらへ来た。
「あ、あいよ。ええっと、ジムなら昼間に……」
そこから先は、よく覚えていない。昼の営業中に商店会長が訪れた事を話した気がするし、その時、『グローブズ・ミート』の救済金の件を伝えたかもしれない。
だが、俺が自分を取り戻したのは、それから2日後。商店会長の葬儀の場で、だった。
それも、参列した商店会の会員たちから、追い打ちのような悪い知らせを受け取ったからだ。
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3月15日 日曜日
ニューダーク市 某所 とある墓地
「サイン、しちまったんですか!?」
「ああ。昨日、社長本人と顧問弁護士って人が来てな」
ジム・カーター氏の埋葬が済んでしばらく後、俺は参列していた店主たちの一人から、例の救済金を受諾したと聞かされた。
彼によると、カーター氏が亡くなった翌日に、『S.F.C.事件』被害者の下へ『グローブズ・ミート』の顧問弁護士という男が現れ、カーター氏に持ち掛けられたのと同じ話をしたらしい。
「商店会ちょ、カーターさんは、金曜日に皆さんの所へ来なかったんですか?」
「いや、警察にも聞かれたが。来なかったよ」
あの日、彼は俺の懸念を皆に伝える為に店を出た。
だが、葬儀に集まった全員に確認したところ、誰の所にも辿り着いていなかった。
結局、俺の警告は会員たちに届かず、4人の被害者たちが、『グローブズ・ミート』の書類にサインしてしまったという。
それを聞いた俺は、その場で棒立ちになった。
「(まさか、カーターさんが殺された理由って……)」
「どうした?ダイナーの。顔が真っ青だぞ。俺達、何かマズい事に?」
「いえ、……ちょっと悪い方に考えすぎてるのかもしれません。ですが……」
俺は、以前関わった詐欺の手口を、店主たちにも話そうとした。
その時だった。ソイツが現れたのは。
「ああ、商店会の皆さん。この度の事には、お悔やみを申し上げる」
「あ、あんたはっ、グローブ社長!」
「え?」
目を向けると、恰幅のいい中年の男が杖を突きながら、こちらに歩いてきていた。
黒いストライプの入った白いスーツを着て、腹の周りが風船のように膨らんでいるその男は、俺に気付くと名刺を渡してきた。
「君とはお初だったかね?私はこういう者だ」
「……『グローブズ・ミート』社長、アステリオ・グローブ。そうか、あなたが例の救世主さんですか」
「おやおや、ずいぶんと過大な評価だ。私はただ、自分の不始末を清算させて頂こうとしているんだ」
グローブ社長は、そう謙遜を述べつつ、集まっていた店主たちの方を向くと、口達者に告げた。
「このような場では控えるべきでしょうが、早く皆さんにお伝えせねばと思いましてね。昨日、救済金の手続きをされた方は、明日の朝一番に銀行口座へ振り込ませていただきます。まだサインをなさっていない方も、アチラで待たせている秘書が書類を持参しているので、今日中であれば同じ時刻に入金が可能です。あ~、君のところは?」
俺より頭2つ分背の高い社長は、杖を支えに腰をおって、目線を合わせながら問いかけてきた。
「え?……ああ、俺の店はフェスへの参加を断っていたので、被害は受けていません」
「そうなのか。それは……賢明な判断だったね」
そう告げたグローブ社長だったが、その眼に一瞬、俺が巻き込まれなかった事を惜しむ感情が見えた。
「だが、飲食店を個人経営するというのは、中々苦労があるだろう。知っていると思うが、我が社の事業の一つに、ステーキ店のフランチャイズがある。もし気が向いたら、いつでも名刺の番号に電話してくれ」
「ありがとう、ございます。ところで、一つ伺いたいのですが」
「なにかね?」
俺は思い切って、頭の中に居座り続ける疑念を、社長に問うた。
「あなたが皆さんに配ろうとしている救済金、その意図は何なのです?」
「何、と聞かれても、我が社の元従業員がご迷惑をおかけした、その事への謝罪という他は無いのだが?」
「では、本当にただ配っているだけなのですね?後々に利子を付けてお返しする必要は、無いんですね?」
「それは……その……」
俺が核心をつくと、アステリオ・グローブは口をつぐんだ。
しかしその直後、離れた場所にいたスーツの男がそっと彼に近づいて来た。
「社長、そろそろお時間です」
「あ、ああ、そうだったな。申し訳ないが、仕事が立て込んでいるので、これで失礼させていただく」
そう言ってグローブ社長は、そのデカい腹の中で何を考えているのかを掴ませないまま、墓地から去って行った。
「怪しいな。ちょいと尾行してみようか。……あれ?シャロンさんは?」
一応、家主に声をかけてから追いかけようと思ったのだが、その本人の姿が、いつの間にか消えていたのだ。
「どこに行ったんだ?まさか先に帰っちまったんじゃ……」
周囲を見渡せば、既に参列者の多くは帰路についていた。
「はぁ、仕方ない。ごめんシャロンさん」
自分の直観に従い、俺はグローブたちの周辺を探るべく、カーター氏の眠る墓石へ一礼した後、街へと駆けだした。
今回の元ネタ紹介
アステリオ・グローブ。牛肉の卸売りで怪物のような男、という事で、牛頭人身『ミノタウロス』として有名なギリシャ神話の人物、アステリオスから。