裏稼業 四景《ウラカギョウ シケイ》
タイトルでお察しの方もいらっしゃると思いますが、時代劇『必殺シリーズ』風の異世界モノでございます。
以下の事項に留意の上、生暖かい目でお楽しみください。
:残酷描写有り(『仕事』のシーンにて)
:胸糞展開(悪役はゲスなのがデフォルト)
:ニセ科学、物理法則ガン無視シーンあり
更新速度は遅め。
『光は善で、闇は悪 などと世間じゃ申せども
表の世界は、はなはだ混沌
良き隣人も、悪友と紙一重
事実を 語れば、 嘘 も つく
なら闇は善か、だって?
バカを言っちゃいけないよ。
転がり落ちた偽善者も、根っこからの悪党も
皆みんな、『真っ黒』さ。
(5つの死体が転がる、とある食堂での弾き語りより)』
*****
災暦2070年 某月某日
NewDark City Manhuntan
(ニューダーク市 |マンハンタン区)
とある安アパートの一室
「きゃあ!?」
一人の少女が乱暴に連れ込まれ、悲鳴を上げながら床を転げる。
彼女を拉致した男は、邪な感情をむき出しに、尻餅をついて後ずさる獲物へと、じりじりと近寄る。
そして、舌舐りしながら腰に巻いたベルトを抜き取り、臭い息と言葉を吐く。
「観念しなぁ、夜中に出歩いていた嬢ちゃんが悪い」
「ち、近寄らないで。私に触ったら、捻り潰しちゃうんだから!」
「お~コワイコワイ。威勢がいい嬢ちゃんだ。だが諦めな、俺は肉体強化の魔術をかけてるんだ」
直後、男の両腕が倍の太さに膨れ上がり、服の袖が肩口まではじけ飛ぶ。
壁際に追い詰められた少女は、その醜さに小さな悲鳴をあげ、されど未だに男への反抗心を表情に残したまま、今度は窓の方へ壁伝いに逃げようと試みる。
「ふん、だ。あんたなんか、ペッチャンコにしてやるんだから!」
「おいおい、その小枝みたいな細いおててでかい?それに窓から助けを呼ぶつもりだろうが、部屋にも防音の『結界魔術』が張ってある。どんなに叫んでも泣きわめいても、だ~れも気づきはしないさぁ」
男が唾を飛ばしながら吐いた言葉に、少女の動きは止まる。
「……そう。どんなに騒いでも、誰も来ないのね」
男の言葉に、少女は一変して抵抗を辞める。そして、床に裾が着くほど長いカーテンの裏に身体を隠した。
がらりと変わった少女の雰囲気に男はいぶかしむ。
と、カーテンの中から、少女の着ていた衣服と下着、髪留めが、部屋の隅へと次々に放り投げられる。
途端に、男の顔がこれまでで一番醜く歪んだ。
「へへへ。なんだ、意外と聞き分けのいい子じゃないか。もしかして、もう『経験済み』かな」
「ええ、そうなの・・・これが初めてじゃないの」
もぞもぞと動いて、カーテンを膨らませながら、少女が返す。
男は少し残念そうにしながらも、下半身に力を貯めながら、少女の隠れるその布を、膨張した腕で左右に引き裂く。
するとそこには、巨大な肉塊が、三角座りをして待ち構えていた。
「……へ?」
『ワタジ、アンダビダイナグズヲツブズノ、ハジメデジャナイノ』
少女とは似ても似つかない濁声を発しながら、座高だけで150㎝はある怪物は、巨大な両手で男を包み込んでゆく。
「おまっ!?まさかオーk(グチュン!)」
まさに瞬殺だった。逃げようと踵を返しかけた男は、分厚い皮膚によって絞り潰され、赤黒いミンチと化して床に散らばる。
「ウへぇ・・・キモい」
床に落ちたカーテンで掌を拭い、元の姿へと戻った少女は、避難させておいた衣服を取りに行く。
「はぁ……ストレッチ素材でオシャレなやつ、どこかで売ってないかしら。はっ、はっくちゅん」
くしゃみを1つ。そして少女/マーガレット・スペルトーカーは、何事もなかったかのように、破落戸だった肉片の散らばる部屋を去った。
*****
同時刻
アパート近くの路地裏
「あの変態野郎、盛りやがって、この間みてぇにヒラ警官に嗅ぎつけられられたらどうすんだっての」
酒瓶を片手にした男が、つい先ほど別れた『仕事仲間』への愚痴を吐きながら、路地裏をフラフラと歩く。
男の機嫌が悪いのは、仲間の性癖に呆れている事の他、アルコールが足りなくなってきた所為でもある。すっかり軽くなったビール瓶を煽ったが、もう一滴も残っていない。
「くそっ」と悪態をつくと、男はそれを近くの塀へ叩き付けた。
パリンッ!
すると、それを合図に、男へ声が掛けられた。
「よう兄弟!酒が切れちまったのかい?」
「あん?」
酔いで歪んだ視野を声の方へ向けると、男よりは年若い顔の青年が、ごみ箱の上に座っていた。
男は青年に見覚えが無かったが、油と泥で汚れたコート、ボロボロのニット帽に無精ひげという、この辺りではありふれた格好である為、まぁどっかで一緒に飲んだくれた奴だろう、と特に気にしなかった。
それよりも、青年の足元に置かれた瓶へと、男の視線は下がってゆく。まだ封の開いていない、良い銘柄のウィスキーがそこにあった。
男の視線に気づいたのか、青年はそのウィスキーを拾い上げると、あっさりと未開だった封を開けた。
「祝いに一杯やるかい?3番街でくすねてきた上物だ。品質も……んぐ、この通り」
ストレートのウィスキーを一口、旨そうに煽った青年は、封を締め直してから、ボトルを男に放る。
酒を目の前にした男は、一瞬で正気を取り戻し、しっかりした動作でそれを受け止めると、卑しい笑みを浮かべながら、同じように中身に口を付けた。
「んぐ、んぐ……ぷはぁ!あ~うめぇ。ところでよう、祝いってどういぐぅっ!?」
パリン!
男の手からボトルが滑り落ち、汚水と油に染まった地面の上で無残に砕け散る。
たっぷりと残っていた琥珀色の液体がズボンを濡らすが、男にそれを気にする余裕はなかった。
「て、てめぇ。なにをっ、のませ……!?」
喉を掻き毟り、しゃがれた声を捻り出しながら、男は青年を睨む。
しかし青年は、けろりとした様子で男を見返す。
「なにって、ただのウィスキーですよ?コルクから猛毒を染み込ませておいただけの、ね」
口調や姿勢もがらりと変わる青年。
彼は帽子やコートを脱ぎ捨て、その下の清潔な白衣姿を晒すと、膝から崩れ落ちた男の傍まで近づき、その耳元に囁く。
「ちなみに『祝い』というのは、あなたの『葬式』の事です。私以外、誰にも挙げてもらえないでしょうからね」
「お、おまえ……何もn…だ?なんで、へい……き……」
眼と口を開けたまま、男は脱力する。その首筋を触り、脈が止まった事を確認すると、青年/ビアン・ラタンは、無表情で呟く。
「さぁ、何ででしょうね?私が聞きたいぐらいです」
*****
しばらく後
ニューダーク市警(NDPD)第8分署 駐車場
殺人事件発生の報を受けて、慌ただしい様子の警察署。その裏口から、逃げるようにこっそりと出ていく人影があった。
40代ごろと思われる壮年の男で、着ている衣服は上等な物だが、慌てて着替えたのか乱れている。
「くそっ、はやく証拠を消さねば、せっかく揉み消した意味が……」
焦った様子の壮年男は、しかしそこにいると悟られない様、素早く静かな動きで愛車へと向かう。
ところが……
「おや、副署長じゃございませんか?」
「!?」
近くに停められていた囚人護送車の陰から、壮年男を呼び止める声がした。
慌てて振り返ると、よく知った顔があった。
「はぁ、なんだお前か。ミドレッジ巡査長」
「ミッドヴィレッジでございますよ。副署長。それはそうと、そんなに慌てて、どこかへお出かけで?」
「貴様には関係ないだろう!」
モンド・ミッドヴィレッジ。もうすぐ定年という年でありながら、未だにヒラ警官のままでいるこの男は、悪い意味で副署長の記憶に刻み込まれていた。
2か月前に自分が着任して以来、何か不味い事が起こる度、必ずそこに姿があったからだ。
ちょうど今この時、汚職をもみ消すための手駒に使った悪党どもが、何者かに殺されたというタイミングでも。
「そもそも、なぜ貴様がここに居る?パトロールに出たんじゃなかったのか?」
「へぇ、それが……相棒が『腹が痛い』とうるさくてですね。常備薬は切らし、この時間だから薬局も開いていない。で、仕方なく私がデスクに貯めてあった奴を分けてやろうと、こうして戻って来たのでございます」
「なら早くいかんか!私は忙しい!」
急いで密会場所へ行って証拠を消さねば、誘拐事件を隠蔽し、それを探っていた数人をゴロツキ共に始末させた事がバレてしまう。
ポーカーフェイスを心掛けながらも、副署長の心中は荒れていた。
するとミッドヴィレッジは同情するように独りごちる。
「そうですか。確かにお忙しいでしょうなぁ。……ハドスン川沿いのあの倉庫、早く行かないと刑事課総出で調べられてしまいますからなぁ」
「なに!?貴様っ、どこでそれをっ」
もはや自分以外に知るはずのない場所の名を口にした老警官に、副署長は詰め寄る。尻ポケットに忍ばせておいた、サイレンサー付きの拳銃へ利き腕を伸ばしながら。
しかし、モンドの方が早かった。素早く振り伸ばしたセキュリティバトンを、副署長の脇腹めがけて突き出したのだ。
ブスッ!
「ごふ!?……まさか、きさまっ」
「……相棒も、仇のあんたをあの世で待ってますんで、さっさと詫びに逝っとくれ」
副署長の急所を貫く、警棒の芯から飛び出した『仕込み刃』を更に深く押し込みながら、モンドは囁いた。
「3番街の……イレイ……ザー……」
無能と嘲笑っていた相手の正体を察したのを最後に、副署長の息は途絶えた。
「ナムアミダブツ」
遠く東の国の宗教で使われる文言を唱えると、老警官は足早に、夜の闇へと去って行った。
******
西暦2037年某月某日
日本 大阪 とある繁華街の廃ビル
早朝、ガラスの無い窓からわずかな朝日が差し込む、コンクリートむき出しのフロアで、2つの人影が対峙していた。
「ヒャクヨウ・カンタ、だな。成労金融から借りた500万とその利子、踏み倒したんだって?」
ジャージにパーカー姿の青年が、腰が抜けて動けない『標的』へと問いかけた。
「お、俺を殺しても借金は返せねぇぞ!」
ヒャクヨウと呼びかけられた中年男は、迫りくる暗殺者へ向かって、命乞いのつもりでそう叫ぶ。
しかしその相手、奇怪な形のナイフを手にした青年は、憐れみを込めた視線を返した。
「知らないようだから、最期のなさけで教えてやる。あんた、去年の今日に、2千万円の生命保険に加入させられてるそうだ。で、あ~、なんて制度だったかな?自殺防止だか何だかで、死んでも保険金貰えない期間が終わったんで、俺が寄越されたって訳だ」
「なっ!2千まnごぁっ!?」
絶望の表情を浮かべる男の喉を、青年は、数メートル離れた場所から、躊躇いなく掻っ切った。
そして、噴き出た血潮を避けながら、左ポケットから携帯端末を取り出し、発信履歴から依頼主の番号を呼び出す。
「ああ、師匠?レンです。今終わりました。組の人達に連絡よろしk……え、合流?……了解です。新大阪駅ですね」
短いやり取りを終えると、レンと名乗った青年は端末を仕舞い、ホウッとため息をついた。
「ふぅ、……ついに、か」
そして、何か覚悟を決めたような面持ちで、廃ビルを去って行った。