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テーラン王国 夏の始まり  作者: うらり
1/6

酒場

どんなコメントでも頑張って受け止めますので、宜しくお願い致します。

 


 ドナの袖を、初夏の気持ち良い風がさらさら通っていく。周りでは、仕事を終えた人々が、街灯の下で楽しげに立ち話をしている。ドナも、たった今仕事を終えたような顔で歩きながら、オレンジ色の明かりが漏れている酒場に目をやった。中からは男達の声しか聞こえてこない。ドナは何気ない風を装って酒場の入り口を通り過ぎた。中を横目で見てみたが、やはり、男しかいない。それも、粗雑そうな連中ばかりだ。少し通り過ぎたところで引き返して、ドナはゆっくり酒場を覗いた。私みたいな女が、男に見えるだろうか?自分のお腹を締めているベルトと、ズボン、ブーツを眺めた。胸が目立たないように腹には詰め物をしている。

 

 ドナは、小さく息を吸うと、あまり深く考えないようにして酒場に足を踏み入れた。酒場は、男達の汗と酒と葉巻きの煙の臭いが充満していた。ドナを、入り口付近のテーブルに座っていた三、四人が一瞥したが、そのまま話に戻っていった。ほっと安心して、ドナは壁際の目立たないテーブルに着いた。つばの広い三角帽子を深くかぶり直して、酒場の人々にならって、だらしなく肘をつく。そうすれば、一人前の荒くれ者には見えなくても、くたびれた労働者くらいには見えるだろう。つまり、今は、誰も自分のことを女だと気付いている者はいないだろう。

 

 しかし、そんなドナが酒場に入ってきた瞬間から、ドナを睨みつけている一人の男がいた。男の肌は、冷たい風やきつい日光にさらし続けたせいで焼けて荒れており、手は綱の握りすぎで、たこがたくさんできていた。それに大柄で、この酒場にいる大半の男達同様、汗の臭いを漂わせていた。ただ一つ、極めて違ったのは、その青い目だった。濃く青く、計り知れない深い海の色を思わせる。姿形は港町によくいる労働者だったが、目だけは真っ直ぐに輝いていた。

  

 あの男の格好した奴は、多分女だ。それも、ただの女ではない。ものを見る目に自信があるジンはそう思った。あの女のふっくらした手の甲。普通なら冷たい水仕事のせいであかぎれているはずなのに、何の傷もなく真っ白でさらさらとしている。服は男の物だが、女は、見るからに居心地が悪そうだ。ドレスの方が良いんじゃないか?あと、酒場のマナー、てもんを教えてやりたいな。そう言ってやろうかとジンは思ったが、なぜ、女が男の格好をしているのかという疑問に突き当たって、はっとした。まさか、一週間前に起こった、王族の大量暗殺と関わりがあるのではないか?そう考えた途端、心の奥から、吐き気をもよおすほどの嫌悪が込み上げてきた。いや、まさか。しかし、王族の娘ではないにしても、どこか家柄の良い娘であることは確かだ。なぜ、あんな格好をして酒場などにいるのか?ジンが眉をひそめて考えていると、店の真ん中で賭けをやっていた集団から雄叫びがあがった。怒りの雄叫びだ。ずるをしたのなんだのと、わめき散らす声が聞こえてきたが、それは十秒とかかることなく殴り合いの喧嘩に発展した。

 

 ドナは、身をすくませないように気を付けながら、持っていた葉巻きを吸うためにポケットに手を突っ込んだ。ビールを頼むと、声で女だと気付かれてしまうので、ひとまず、まだ吸ったことのない葉巻に頼ろうとしたのだ。手持ち無沙汰では心細いし、変に思った店主がこちらにやってくるかもしれない。しかし、ドナは、葉巻きにつける火がないことに気付いて、心の中で罵った。ろうそくが数本、隣のテーブルでちらついているが、そこは泥酔しているおじいさんが席を取っていた。おじいさんをわざわざ起こしたくなかったので、一旦やめにしたが、いつ店主が声をかけてくるかもしれないという緊張感に再度襲われて、またそのろうそくに目を移した。どうしようか、こうして迷っている間にも、店主がやってきて、自分に注文を聞くかもしれない……。そうドナが悩んでいる間に、真ん中で起こった殴り合いは大きくなっていき、ついにはテーブルやイスはひっくり返り、ビールのグラスや樽までもが店内を飛び交うようになった。ダン、と銃声が聞こえてきた。ドナは、ろうそくから火をもらうどころではなくなり、店主がドナに注文を聞くどころではないのにも気付いた。そこで、席を立って、ひとまず酒場から避難しようとしたドナの後頭部に、何か比較的大きい物がぶつかった。

 「いたっ。」

 と、おもわず声を出してしまった。大喧嘩に真っ最中の者はドナに気付かなかったが、周りの男はじっくりドナを見た。

 

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