中学の思い出 (7)
中学の時の私は、
完全に、
孤立していました。
卒業アルバムの写真を、
一緒に撮る相手を探すのにも、
困るくらい。
でも、
何故か?
卒業して三十八年後に開かれた
学年会には、
お迎えが来て、
連れて行かれてしまいました。
その席で、
いろんな人間が、
私の所に挨拶に来たのですが。
『リアルに二百回以上フラれました』の
第四話で書いた
『私にスカートをめくらせた女』が、
その時に、
「憧れの人が来ましたよ」
と紹介して、
登場した女が、
Hの『アタック』した相手だったのです。
その『憧れの人』は、
私の記憶だと。
1 保育園の時に、
お手伝いさんに、
送り迎えされていて。
そのお手伝いさんは、
当時、二十歳前後くらいだったと思いますが、
不細工で、
気持ち悪くて、
皆、
逃げていた。
2 小学校の卒業式に、
私立の御嬢様中学の制服で現れたのに、
何故か?
底辺不良中学に、
入学していた。
3 中二の三学期の終業式の日に、
通知表を見せてもらったら、
『5』しか、
無かった。
「『5』以外、
取った事有る?」
と、
聞いたら、
笑っていた。
これは、
絶対評価で、
格差社会の今では、
普通の事だと、
思いますけど。
当時は、
上位5パーセントしか
『5』にならない
相対評価で、
しかも、
一億総中流という
格差の少ない世の中でしたから。
ちなみに、
この時代は、
内申書とか、
意味が無いので、
美術、音楽、体育、家庭科は、
実技重視です。
要は、
この『憧れの人』は、
底辺不良中学に、
特殊な事情で来た人で、
何でも、
揃っていたのです。
さすがに、
剣道部内の作戦会議でも。
難攻不落の大阪城
最初から無理だと、
誰もが、
思っていたのですが。
そんな相手に、
Hは、
『アタック』してしまいました。
もちろん、
OKが貰える展開には、
ならず。
でも、
この時代には、
ストーカーという言葉すら、
無いんですよね。
だから、
Hが粘って。
なにしろ、
この時は、
戦後の平和教育の時代ですからね。
ネトウヨが流している
偽情報とは違って、
親も教師も、
全員、
戦前の教育を受けた人間なんですよ。
だから、
感覚は、
ほとんど戦前で、
精神論と言うか?
根性論が、
まかり通っていました。
あっさり諦めない方が、
むしろ気合いが入っている。
その『アタック』の
具体的な方法は。
『憧れの人』の家電に、
電話をかけていました。
その時代には、
携帯なんて、
無いですからね。
最初は、
私が、
公衆電話からかけて、
Hが、
話す度胸が出来たら、
交代して。
Hは、
『憧れの人』と同じクラスだったんですけど、
電話で話せるだけで、
嬉しかったようで。
少しでも、
『憧れの人』に近付きたい
と、
勉強も、
頑張り出して。
「勉強するのが楽しい!」
と、
言っていました。
私は、
結婚詐欺師から、
OKを貰えたのですけど、
連絡も取らずに、
放置していました。
だって、
結婚詐欺師の家には、
電話が、
無かったんですよ。
そして、
愚かな事に、
修学旅行で、
デートするために告白したのに、
何の約束もしないまま、
前日を迎えたのです。




