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騎士は最後の魔女に乞い願う  作者: よろず
その後の二人
6/11

1 退屈と幸福

 晴れて恋人同士となった私とザクリスなのだけれど、腕輪が溶けたあの朝からザクリスは仕事に追われている。腕輪で縛られていた私達は離れる事が出来なくて、ザクリスは私を連れて仕事には行けないからと家にいた。後から聞けばどうやらそれは無断欠勤ではなかったようで、王直々の許可を得た休暇だったらしい。正当な休暇を取得していたというのにザクリスの部下の人達があんなにボロボロになっていたのは何故なのかが気になり聞いてみたら、そういえば部下達には伝えていなかったな、なんていう呑気な言葉が返って来た事に驚かされた。ザクリスって、意外と抜けている所があるのかしら? でも部下には信頼されているように見えたし、騎士としてのザクリスってどんな感じなのかを知りたくなった。だから、王城にお邪魔して探れたら面白そう、なんて事を思い付いてしまったの。だって私は暇なのだ。暇を持て余している。現在のこの国に魔女として出来る仕事はないし、かと言って街で働くにも私の持つ色で悪目立ちしてしまう。だからザクリスの屋敷に籠っている事しか出来なくて、ザクリスからも屋敷にいてくれと言われているのだけど……何もする事がなく、退屈が過ぎると誰でも突飛な事を思い付くものだろう。


「ねぇアルゴさん。王城へ行くにはどんな手続きがいるのかしら?」


 アルゴさんは屋敷を取り仕切る執事さん。優しそうな壮年の男性だ。

 ザクリスの仕事について探ろうにも私は王城へ行く為の手続きについて何も知らない。魔法を使って飛んで行くのは簡単だけれど、それではきっと騒ぎになって迷惑を掛けてしまうだけだろう。


「……その方法については、旦那様へ直接お聞きになられた方が宜しいかと存じます」

「でも、今はザクリスがいないわ」

「そうですね。夕食の時間には間に合うと仰せでしたよ」

「今、知りたいの」

「お答え出来かねます」


 笑顔で突っぱねられてしまった。アルゴさんの雇い主はザクリスなのだし、突然湧いて出て滞在させてもらっているだけの私の立場は弱い。屋敷の人達はみんな良くしてくれているから余計に、困らせるのは気が引けてしまう。


「もし退屈していらっしゃるのでしたら、わたくしで宜しければ話し相手になりましょうか?」


 しょんぼり肩を落とした私に、アルゴさんが笑顔で提案してくれた。


「でも、仕事があるでしょう?」

「少しの間でしたら大丈夫ですよ、ミーナ様」

「ならお言葉に甘えても良いかしら? ザクリスについて知りたい事がたくさんあるの!」


 ザクリスは夢で見たという過去で私を知っていると言うけれど、私の方はザクリスの事をほとんど何にも知らない。アルゴさんだったら教えてくれるかなという期待に、私は頬を緩ませた。王城への訪問についてはアルゴさんの助言の通り、今夜ザクリスに相談してみよう。

 私の暇つぶしに付き合う為、アルゴさんはお茶を淹れてくれた。ローゼリンデでよく飲まれる琥珀色のお茶で、花の香りがするの。渋みもほぼなくて飲み易いお茶を一口飲んでから、私はアルゴさんへの質問を開始した。


「聞きたい事がたくさんあり過ぎて、どれから聞こうかしら……」


 アルゴさんとこうして話せる時間は限られている。だからこそどれを聞こうか迷ってしまう。


「……ミーナ様といる時の旦那様は、とても幸せそうに見えます」


 アルゴさんが出してくれた助け舟に、私はのる事にした。


「私が来る前のザクリスって、どんな感じだったの?」

「ほぼこの屋敷へ戻られる事はなく、仕事ばかりしておられました」

「ザクリスの仕事って、そんなに大変なの?」

「人の上に立つ仕事というのは、どれもそれなりの苦労があるかと存じます」


 王族を守る近衛騎士達を纏めるのがザクリスの仕事らしい。そういえば、お城で「団長」と呼ばれていた。王と王妃とも仲が良さそうだったし、昔馴染っていうのに加えて現在もそれなりに近い場所にいるからっていうのも理由の一つなのかな。

 更に質問を重ねて教えてもらったアルゴさんの話によると、ザクリスと王は子供の頃からの付き合いで親友なんだって。ちなみに王の名前はハラルドで、今でもプライベートでザクリスは王の事を名前で呼ぶみたい。王と王妃の事を呼び捨てにしていたのは私も見た。実は王妃とも幼馴染で、王妃と王の仲を取り持ったのはザクリスだったんだとか! そういう事があったのなら、親友として王がザクリスの恋路を応援していたのも納得出来るかな。


「そういえば、私の事ってどういう風に聞いているの?」


 そろそろアルゴさんは仕事に戻る時間。最後に、自分の事について聞いてみた。


「旦那様の大切な方だと伺っております」

「私が……魔女だっていう事は知っている?」

「存じております。屋敷の者は皆理解した上で、ミーナ様を受け入れているのですよ」


 穏やかな笑みで告げられ、私も微笑みを返す。ザクリスはちゃんと、私を受け入れる為の準備をしておいてくれたという事なのだろう。でなければ、どこから湧いて出たのかもわからない女がすんなり受け入れられる訳がないもの。


「色々教えてくれてありがとう、アルゴさん」

「わたくし共は、ミーナ様に感謝しているのです」

「私は何もしていないけれど?」


 むしろ御厄介になっていて、感謝しているのは私の方だ。


「ミーナ様が来てからこの屋敷は明るくなりました」


 言葉の意味を考えている私へ頭を下げてから、アルゴさんは仕事へ戻って行った。

 私の性格は、決して明るいとは言えないものだと思う。むしろ長い事後ろ向きで心を閉じて生きて来た。そんな私が来てから屋敷が明るくなったというのは、どういう事なのだろう? 仕事の鬼であるザクリスが帰って来なかったのが帰って来るようになったから、という事かな? 自分の中で結論付け、次は何をしようか考える。本を読むのは飽きた。というかこの屋敷にある本はザクリスの趣味なのか小難しい物ばかりで私の好みではない。料理も、頻繁に厨房を借りていては仕事の邪魔になってしまうし、屋敷内の探検は初めの頃にザクリスを引き連れて散々した。さてどうしたものか……また暇を持て余してしまった。


「屋敷に籠ってばかりは退屈だよ、ザクリス……」


 窓を開け、私は声を届ける魔法を使う。この世界では地球のように科学技術は発展していない。遠く離れた場所へ移動するのに使うのは主に馬や馬車で、たまに空飛ぶ動物を使う。私は魔法で飛べるから使った事はないけれど、人間が乗れるサイズの鳥がいてその背に乗り空を飛ぶのだ。昔と変わらず、自然と共存しながらのんびりとした時間がこの世界には流れている。ローゼリンデは他国との戦争はしておらず、概ね平和。騎士達が己を鍛えて訓練するのはいざという時に自分の国を守る為。多くを望まず、今手にある物の中で心豊かに過ごすのが今のローゼリンデの方針らしい。嘗て私に祝福を依頼して来た王妃と家臣は良い選択をした。何故なら魔女の祝福を受けた国は、エドヴァルトの祝福を受けているのと同じだからだ。女癖の悪い男ではあったが嘗てのローゼリンデの王は、良き王だった。

 声の魔法は一方通行。退屈に対する小言が届いた事を確認してから、私は庭へ出る事にする。

 空に広がるのは気持ちの良い青空で、排気ガスで淀んでいた東京の空とは違う。常にざわざわと色んな音がしていたあの街。周りには人が溢れていたのに孤独だったのは、あそこが私の居場所ではなかったからなのかもしれない。目を閉じ、耳が拾うのは囁くような風の音。草木や花が静かに歌い、鳥が遠くで一声鳴いた。このままここで昼寝をするのも良いかもしれない。あまり寝過ぎると夜に眠れなくなるけれど、眠れなければザクリスの寝顔を眺めよう。想像して、胸がほんのり温かくなる。

 適度に整えられた庭を歩き、昼寝するのに最適な場所を探す。日当たりの良い草の上を選びごろりと仰向けに寝転がった。


「――――ミーナ!」


 どれ程の時間そこで微睡んでいたのだろう。ザクリスに呼ばれた気がして目を開ける。見えた空には大鷲が一羽。その背にはどうやら人が乗っている。


「ザクリス?」


 魔法で空へ飛び上がり、私は大鷲へと近付いた。やはりその背にいるのはザクリスで、手を伸ばされたので彼の腕の中へ飛び込む事にする。


「もしかして、小言の所為で帰って来ちゃったの?」


 聞けばザクリスは当然のように頷いた。暇で、ただ文句を言いたかっただけなのだ。彼が帰って来てしまう可能性を考えておらず、考えなしの己の行動を私は恥じた。


「このまま空を散歩でもしよう」

「仕事は?」

「俺が全てやってしまっていたら、部下が育たないのだと気が付いた」

「あら、上に立つ者としては良い発見をしたのね」


 またボロボロになって泣いてしまうのかもしれないザクリスの部下達の事は可哀想だと思うけれど、上司が数日抜けただけであそこまでなるのは流石に異常だ。だってそれは、仕事量の分配がおかしいという事で、一人に比重が偏り過ぎているのだろう。


「でも気付いたのなら、ちゃんと部下を育ててあげないとね」


 余計なお世話かもしれないけれど、出来るし自分がやった方が正確で速いからとザクリスは全てを一人で請け負ってしまうタイプのようだから念の為。


「あぁ。だがそれは明日からにする」


 近い未来、悲鳴を上げる事になるのだろう部下の人達へ向かい、私は心の中で両手を合わせた。


「今は休憩なの?」

「そうだな。適度な息抜きも必要だろう?」

「それもそうね」


 休憩なら、甘えてしまっても良いかしら。


「小言なんて送ってごめんなさい。退屈だっただけなの。でも……会いに来てくれて、嬉しい」


 たまには素直な言葉を吐くのも良いかもしれない。だって、ザクリスが照れつつも嬉しそうに笑ってくれたから。

 その後は大鷲の背に乗ってしばらく散歩を楽しんだ。自分で空を飛ぶのも良いけれど、こうして守られるように腕に抱かれて鳥の背に乗るのも楽しいものなのだと、初めて知った。何よりも私はきっと、ザクリスが側にいてくれる事が嬉しいのだと思う。

 空は青く高く澄んでいて、寒さの影響を受けない低空を大鷲は飛ぶ。陽射しは温かで、背中に感じるザクリスの体温も温かい。ザクリスと過ごす時間は私の心を幸せで満たしてくれるのだと、気が付いた。


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