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2 囚われ魔女と騎士の真実

 油断していた。平和な世界に慣れ過ぎて、警戒心も危険を察知する能力も退化してしまっていたようだ。


「ミーナ……ウィルヘルミナ……やっと捕まえた」


 懐かしい声が嬉しそうに、私を呼ぶ。


「……あなたが、異界の門を開いて騎士を送り込んだの?」


 問えば、笑う気配がした。


「望んだのは彼だ。僕は手を貸す代わりに条件を出しただけ」

「条件ってもしかしなくても」

「そう。君を連れ戻して欲しいって」

「エドヴァルト、私は――」


 意識の繋がりが、切れた気配がした。

 目覚めた私は柔らかな寝具に埋もれていた。清潔な香りのするそれは、どうやら私が日本で使っていた己の匂いが染み付いた布団とは違うもののようだ。目を開けるのが嫌で、無意味に寝返りを打ってみる。異界の門を開いてみても、きっと阻止されてしまう。ここはエドヴァルトの力が及ぶ範囲内の世界だから。地球は範囲外だったから、私は長い事逃げ続けられたのだ。

 そっと溜息を吐き出してから、小さな抵抗は止めて目を開けてみる。


「お目覚めですか?」


 落ち着いたこの声は、あの騎士だ。私を捕らえてこの世界へ無理矢理連れて来た、憎たらしい騎士。


「起きていないわ」

「起きたのですね」


 淡々とした声を聞いていたら無性に腹が立った。彼には私を害せないと高を括っていた己の落ち度ではあるけれど、何か怒りをぶつけられる対象がなければやっていられない。それに、更に私の怒りを煽るものが目の前にある手首に存在した。これで完全に私は囚われの身だ。


「あなたがエドヴァルトから出された条件は、どうやら私を連れ戻すというだけではないようね?」


 私の右手首には装飾の凝った腕輪が嵌められている。この腕輪は対になっているはずで、視線を向けた先の騎士の腕にそれはあった。この騎士は、腕輪の意味をどこまで正確に理解しているのだろう。


「お察しの通りです、魔女殿」


 艶やかに、あまりにも綺麗に、彼は微笑んだ。


「魔女殿――いえ、ミーナ。どうか私の伴侶となって下さい」

「お断りよ!」


 ベッド脇の床へ膝を付き、どうやら愛を乞うているらしい騎士へと私は苛立ちをぶつける為に枕を投げつけてやる。でも彼は片手で簡単に受けとめ、微笑みも崩さない。


「ウィルヘルミナ。俺は貴女を名で縛る事だって出来る」


 従順な騎士の仮面を外した彼が発したのは完全に、脅しだ。私の名前を彼に教えたのはもしかしなくても絶対にエドヴァルトだろう。


「だが神はそれを望んでいない」


 騎士の右手が、己の手首に嵌められた腕輪を撫でる。


「無理矢理ではなく真実、俺達が愛し合う事を望んでおられる」

「あなたは私を愛せるというの?」

「愛せるさ。俺はずっと貴女を――夢見ていた」

「どういう事?」


 眉根を寄せた私の唇へ、騎士の指先が触れた。


「ザクリスだ。どうかその愛らしい唇で、俺の名を囀って欲しい」

「い……意味がわからないわ!」


 彼の手を思い切り叩き落として私は、寝具の海へ潜り込んで隠れる。目の前の騎士――ザクリスに愛を乞われる理由が全く思い浮かばない。私がこの世界を去ったのは、彼が生まれる遥か昔のはずだ。


「ミーナ、俺と貴女は既に縛られた。俺の命は貴女のもの。貴女の命も、俺のものだ」


 なんという事だろう。彼はどうやら理解した上で私に腕輪を嵌め、己もそれを受け入れているらしい。本当に、一番油断してはいけない時に油断していた。あれだけ長い事逃げていて、もう忘れてもらえたんじゃないかとか思っていた過去の自分へ知らせてあげたいけれど、残念ながら私は過去へ遡る力は持っていない。異界への門を開く力を持ち、便利な魔法だって使える魔女は万能ではないのだ。日本にいた時に観た映画でタイムリープだとかタイムスリップだとかが出て来たけれど、私にそういう力は使えない。そして魔女には、ある重大な欠点がある。


「貴女が人間になっても術が解けない事だって理解している。だからこれは、それが目的という訳では決してない」


 魔女は、魔女の力を失うのと同時に限りある生を手に入れる方法がある。


「俺を愛して欲しい。そして俺と生きよう、ミーナ」


 魔女が人間になる方法、それは――人間を愛し、真実の愛のもと人間の男と体を繋げる事。


「絶対に嫌! 私は純潔を守るわ!」


 吠えるようにして叫んだ私の視線の先では何故か、頬を染めたザクリスが心底嬉しいというような笑みを浮かべていた。


「良かった。貴女はまだ誰のものでもないのだな」

「私は、ずぅっと昔から私だけのものだわ」


 私がまだこの世界から逃げ出す前、お節介な世話焼き魔女がこの腕輪を作り出して魔女と人間の男との仲を取り持ったりもしていたけれど、私はそれから逃げてここまで来たの。私を片割れにと望んだエドヴァルトからも逃げて、過去の私は孤独を選択した。だって、無理矢理命を繋げる事で互いに互いの命を奪って逃げるという選択肢を選べないようにして、一定の距離以上離れられないという条件まで付けられたこの腕輪。そんな物の力を借りてまで私は、唯一の愛とかいうものに興味が持てなかったのだもの。エドヴァルトだって私を愛していた訳ではなくて、彼は全てを愛している。唯一の愛に興味がないと言いつつも与えられたものが唯一ではなかった事に、過去の私は拗ねて逃げ出した。

 くだらない理由から始まった長い逃避行。それが人間の騎士に捕獲されるなんて……間抜けにも程がある。


「ミーナ、着替えを用意した。王が貴女に会いたがっている」

「私は会いたくないわ」


 寝具に包まり抵抗を続ける私の体が、簀巻きにされて抱え上げられた。


「俺と貴女は離れられない。だが俺は、そろそろ報告の為行かねばならない」


 だからこのまま連れて行くと行動で伝えられ、焦った私は担ぎ上げられた肩の上で暴れる。こんな状態で人前に出るなんて、本当に囚われの身のようでとっても嫌だ。


「ザクリス! 降ろして!」


 叫ぶと、いとも簡単に私の足は床へとついた。ふわりと降ろされ、視線の先にはザクリスの柔らかな笑み。


「俺が選んだ服を着てくれる気になったのか?」


 そんなに嬉しそうな顔をされると調子が狂う。彼の望みを叶えるのは悔しくて、私は魔法を使って着替える事にした。この国での現在の流行りなんて知らないから、過去の自分が好んで着ていた丈の長いワンピース。過去の遺物である私にはぴったりだろうという皮肉も込めてある。


「その服を着ると、夢に見ていた貴女そのものだ」

「ねぇ、さっきから言っているそれはどういう意味なの?」


 何やらメルヘンな発言だが、私は彼を知らない。


「俺の先祖には魔女がいて、それはこの腕輪を作った魔女だ」


 だから彼はこの腕輪の意味を正確に理解しているのだという。そして、この腕輪はかつて私の為に作られ、ザクリスの家で代々大切に保管されていたものらしい。本当にあの魔女は、お節介にも程がある。


「魔女の子孫には、稀にだが不思議な力を持つ者が生まれるんだ。俺は夢で、過去や未来を見る事が出来る。そこで何度も貴女を見て――恋に落ちた」

「え? 誰に?」

「貴女にだ、ミーナ」


 騎士は再び私の前で跪いた。熱い視線に射抜かれ私は、言葉が出て来ない。


「貴女に愛を乞う機会を得る為異世界まで行った。そしてこの腕輪を使ったのは、貴女を手に入れたかったから」


 するりと腕輪が撫でられて、そのままザクリスの手は滑るように私の右手を取った。


「現実の貴女に会えたあの時、己を抑えるのに苦労した。貴女をこの世界へ連れて来なければ神の協力は得られないから、何とか異界の門を潜らせねばならなかったのだ。真正面から求愛した所で貴女は私を見ようともしてくれなかっただろう。腕輪を使ったのは貴女に俺を知ってもらう為。貴女の意志を無視した事に対しては謝罪する。だが後悔はしていない」

「な……なんて自分勝手なの!」

「自分勝手な感情を、恋と呼ぶのではないだろうか」

「知らないわ! 恋なんて落ちた事ないもの!」

「貴女が初めて恋に落ちる相手となれるよう努力する。今は俺に対して怒りしか湧かないだろうが、貴女のあの愛らしい笑顔を向けてもらえるよう尽力するつもりだ」


 目の前にいるのはどうやら、恋に狂った一人の男のようだ。でも何故か私の胸に湧いたのは不快感ではなくてときめきのようなものだった。なるほどこれが「ただしイケメンに限る」という現象か。どうやら私も俗物だったらしい。それに私は、こんな風に誰かに求められた経験がないのだ。誰かを心の底から欲しいと思った事もなければ、誰かに心から欲しいと望まれた事もない。私と同じ存在である彼女達が伴侶を見つけ力を失っていくのを祝福しながら見守り続けた私は本当の所――彼女達が羨ましかった。私だって欲しかった。私だって、この力を失ってでも手に入れたいと望める存在を見つけたかった。逃げた先の異世界でもそれは見つけられなくて、私には与えられなくて、だからこそ私は永遠の孤独を選ぶしかなかっただけなのだ。


「ウィルヘルミナ、俺は貴女を愛しているんだ」


 彼が私の指先へ口付ける様を、ただ呆然と眺めた。


「……私の事を、何にも知らないくせに」


 慌てて手を引っ込めた私の口から漏れたのは憎まれ口で。


「これから貴女を知っていき、俺を知ってもらい、だが俺はきっと同じ事を告げるだろう」


 まっすぐに私を見つめた彼が発したのは愛の言葉。


「それはどうかしら」


 未来の事なんてわからない。私は未来を予見する力なんて持っていない。だけど夢で未来を見る事が出来るというザクリスの言葉に私はちょっとだけ――期待してしまったんだ。


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