エドヴァルト
僕はこの世界のどこにでもいるけれど、どこにも存在しない。僕と同じ存在は数多くいるけれど、僕らは互いに干渉し合わない。みんな自分の世界が大事で愛しているからだ。
命が生まれた最初の頃、門は開かれていた。生き物達は行き来して、だから同じような生き物はどの世界にも存在する。門を閉じたのは、僕と同じ存在全員の総意だった。知能ある生き物が発生して、互いの世界を喰い合う可能性を僕らは閉じたのだ。
狭間の魔女達は、初めは真実門番だった。行き来する生き物達の監視と管理をしていたのだが、門が閉じてからは存在する意味が失われてしまった。最後に発生した魔女ウィルヘルミナが本来の役目を果たす前に門は閉ざされ、多くの魔女達は彼女の面倒を見る為僕の管轄の世界に留まる事を決めた。他の世界へ行った魔女達も存在するが、彼女達のその後を僕は知らない。
「ねぇミーナ? 僕なら、君と永遠を過ごせるよ」
ウィルヘルミナが成長して独り立ちをしてから、魔女達は彼女達自身の幸せを見つけて行った。それに取り残され、祝福しつつもミーナが寂しがっている事を僕は理解していた。
「永遠を過ごせるだろうけどエドヴァルトは私だけのものには決してならないでしょう? それはきっと、いつか虚しくなってしまう」
魔女は、人間と共に長い時を過ごしてきた。だから彼女達の価値観は人間とよく似ている。僕は、この世界の全てをいつでも見守っているけれど人間と共に過ごしている訳ではない。
「ありがとう、エドヴァルト。でも私、みんなの死をこれ以上見守れない。みんなは私をずっと守ってくれていたのに……私は強さを、持つ事が出来ないの」
悲しそうに伏せられた瞳。異世界の門を開きその先へ逃げ出そうとするミーナを止められる言葉を、僕は持っていなかった。強制的に門を閉じて彼女をこの世界へ閉じ込めるのは簡単だ。でもそんな事をしてしまえばきっと彼女の心が死んでいただろう。肉体に死が訪れない状態で心が死んだまま生きるなんて、誰も望む訳がない。僕だって、大切なあの子にそんな地獄を与えたくなんてなかった。
「未来のミーナへ繋がる祝福を贈り合うのはどうかしら?」
ミーナが去ったあの頃、魔女の力を保持したままだったのはミーナ以外には二人だけだった。バーネとユリン。二人は魔女達の中でもミーナを特に可愛がっていて、ミーナを孤独にしない為に自分達の幸福に手を伸ばせないでいた。それを見兼ねたミーナは彼女達の幸せを願い、去る事で二人が迷う理由を排除しようとしたのだ。
「大きな力では歪みを生じさせてしまうから、いつかあの子の幸せに繋がるよう」
「私達の子孫がいつか、ミーナに繋がるように」
魔女達は互いを祝福し合った。僕は世界に干渉出来ない。魔女達も同じように、大きく干渉する事は出来ない。出来ないというか、僕らはやらない。何故なら僕らの力は大きくて、世界を壊してしまうかもしれないからだ。それが例え幸福を願ったものだとしても、大きな力は歪みを生む。歪みはいつか亀裂を生じさせ、亀裂が大きく育てば世界を壊してしまう。だから、彼女達が贈り合ったのは小さな願い。いつか最大限の効果を発揮してくれるよう、長期的に効果が持続するよう、祈った――――
*
繋がった先の未来で今、僕らの可愛い妹は幸せそうに笑っている。
「蹴った」
「蹴ったわね」
「足の形だったな」
「そうね」
大きくなった腹に幸せの結晶を宿し、二人は穏やかな幸福の中笑みを交わす。
「エドヴァルト、見ている? 元気に育っているわよ」
『見ているよ、ミーナ。元気に育つに決まっている。だって君には、僕らからの祝福があるのだから』
ミーナとはもう、直接会話する事は叶わない。だけどタニヤを介せば話す事も出来る。君の幸せを、僕はいつでも見守る事が出来るんだ。君がここへ帰って来てくれたから。
バーネとユリンの願いは現在へと繋がり、ザクリスという贈り物が現れた。僕らが彼の気持ちを操作した訳ではなく、彼は彼自身の意思で、夢の中のミーナに恋に落ちた。それは本当に奇跡的な幸福で、ザクリスの心が真実彼のものでなければきっと、ミーナの心は動かなかっただろう。
『ミーナ。僕らの可愛い妹。いつまでも君が、幸せでありますように』
僕はどこにでもいるけれど、どこにも存在しない。だけどだからこそ、君達の幸せをいつでも見守っているよ。