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服の真相

 人間になっても、私に大きな変化はない。髪と瞳は変わらず闇色のまま。不老かどうかも不死なのかどうかも、時がこなければ実感が湧くものではない。ただ、魔法は完全に使えなくなった。空を自由自在に飛ぶ事は出来なくなり、夢の中ですらエドヴァルトに会う事が出来なくなった。これまで私の中にあった形のない何かが失われた感覚はあるのだけど、穴が開いたはずのそこは新しい何かで満たされ始めている。空が飛べなくても、ザクリスに頼めば大鷲に乗せてもらえる。エドヴァルトと話したくなればタニヤに会いに行けば良い。日本にいた時に使う事がなかった魔法は、あれば便利だけれど無くて困るようなものでもないのだ。


「この色は貴女に似合うと思っていたんだ。とても綺麗だ」


 魔法で着替えられなくなった私は毎日、ザクリスが選んでくれた服を纏うようになった。その服はタニヤの実家で買っているらしく、ザクリスが自分で足を運んで選んでいるのだという。ザクリスのセンスは意外にも良くて、彼が着ている普段着も似合っていて素敵だし、彼が選んでくれる私の服も着るのが楽しくなるようなものばかり。だけど私の中では、ここ数日ある一つの疑問が育っている。


「ねぇ? 最初のあの服はなんだったの?」


 日本で二度目に私の前へ現れた時にザクリスが着ていた白Tシャツにジーンズ。あれは一体何を基準に選び、どこで手に入れたのか。


「あれは、神の見立てだ」

「エドヴァルトが? どうやって?」

「それは――」


 私を迎えに来たあの時、どうやら裏ではこんなやり取りが行われていたらしい――――


「――郷に入れば郷に従えと言われた」

「最初の出会いにはぴったりだと思ったのだけど、騎士の正装では駄目だったのね……」

『異界の門を潜る間際なら干渉出来るから、僕が着替えさせてあげるよ』

「ザクリス。神が任せてと言っているわ」

「よろしく頼む」


 そうしてエドヴァルトがザクリスに着せた服が、白Tシャツにジーンズで……


「変態のようだと言われた……」

「あらまぁ……」

『うーん……ザクリスの記憶を参考にして、ザクリスと似た背格好の人間の服を真似てみたんだけどなぁ……』

「変態……」

「長年恋い焦がれていた人からの言葉としては、かなり辛いよなぁ……僕がもしタニヤに言われていたらと想像するだけで泣きそうになる」

「私はハラルドにそんな酷い事は言わないわ」

「ありがとう、タニヤ。愛しているよ」

「私もよ」

『ちょっとタニヤ! 今ザクリスにそれを見せつけるのは酷いんじゃないかな? ……ミーナって、たまにとってもきつい所があるんだよね。でも、今度こそ任せて!』


 二回目は言葉の通り、エドヴァルトが選んだ服は正解だったという事らしい。


「記憶という事は、店内にあった雑誌の表紙か何かを参考にしたのかしら?」


 ザクリスから話を聞いた私は、当時の店内の様子を頭の中で思い描いてみる。雑誌コーナーはレジのすぐ側にあったし確か、あの日は映画雑誌の新刊が出た日だった。


「神は本を参考にしたと言っていたらしい」

「それならきっと、雑誌の表紙ね」


 八十年代のハリウッド映画特集が組まれた雑誌がレジ前に陳列されていたはずだ。暇なタイミングで眺めていた覚えがある。


「……ミーナのあの言葉は、かなり衝撃的だった」


 ザクリスが遠い目をして、哀愁漂う笑みを浮かべている。私が吐息で吹き飛ばしたあの時彼が泣きそうに見えたのは、どうやら真実泣きそうな状態だったようだ。


「ごめんなさい。でもだって、変態っぽかったんだもの」


 まずい。追い打ちを掛けてしまった。ザクリスが固まっている。


「でもね、知り合ったあなたは素敵な男性だったわ。その……大好きよ?」


 恥ずかしいけれど頑張ってみた。傷付けてしまったのが私なら、彼の傷を癒せるのも私なのだろう。


「……俺は、幼い頃から貴女に焦がれていた」

「うん」

「貴女に求愛する為、ずっと努力してきた」

「えぇ。タニヤから聞いたわ」


 相槌を打つ私の腰を、ザクリスが捕まえた。


「今こうして貴女と言葉を交わし貴女に触れられる事は奇跡に近い、この上ない幸福だと思っている」


 突然の愛の言葉に、段々恥ずかしくなっていく。でも嬉しくて、私は照れつつもザクリスの瞳をまっすぐ見つめ返した。


「だがだからこそ、変態は撤回してもらいたい」

「ごめんなさい。そんなに傷付くとは思っていなかったの。それにあの時はあなたの事なんて何にも知らなかったし……今は、その……私にはもったいないくらい、魅力的な男性だと思っているのよ?」

「それで?」

「それで……あ、あの、あなたの瞳は湖みたいに綺麗で大好きだし……笑顔も、好き。あなたの声に呼ばれるとね、心臓がとっても高鳴って幸せなの。あと、あの……本当に……あ、愛しているの!」


 言葉を重ねても変わらないザクリスの表情に焦った私は、必死の想いで自分の心を曝け出した。それまでじっと私の言葉を聞いていたザクリスは、満足そうな笑みを浮かべる。


「足りない」

「も、もう! もう言わないわ!」


 嬉しそうな笑みを浮かべたザクリスにからかわれたのだと気が付いた。彼はたまに、ちょっとだけ意地悪だ。


「それなら、貴女の代わりに俺が言おう。可愛いミーナ。俺のミーナ。大好きだ。愛している」


 言葉と共に私の顔にキスの雨が降る。でも一番欲しい場所にはくれなくて、私の望みを察しているザクリスが、いたずらっ子の少年のような顔をして笑った。


「ザクリス……」


 名前を呼んで求めたら、彼の瞳に熱が宿る。


「あぁ俺は――貴女の全てに弱い」


 与えられた愛はたまに激しく、でも優しく温かで……失った魔法以上の奇跡と幸福が、毎日私を満たしてくれているの。


「この服もとても似合うが、この下にある貴女の魅力も味わいたい」

「もう……」


 受け入れる合図として両手を伸ばせば、私の体は抱き上げられた。

 人間となった私が愛する人との間に更なる幸せの結晶を宿す事になるのは、ここからもう少しだけ先の未来――


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