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湖と一本釣り

おかしいことは全て仕様です




 運命の日から、一年。


 今日も我らが地球は異世界にある。
















 





――――――――――――――





 自宅から一歩も出なくなってから、はや五年。

 俺は大森林のど真ん中、静かな湖畔で釣り兼日光浴をしている。

 あきらかに矛盾している二文だが、間違いではない。ただ、現在地の説明を怠ってるというだけの話だ。


 ここは日本最大VRMMOにおける仮想現実空間、『黒介こっかい山脈さんみゃく』。

 起伏の大きいタイプの森林フィールドであり、木属性のモンスターが広く分布している。この山脈の中心部にはボスモンスター『玄武』がいるため、水のマナ・・に吸い寄せられて木属性のモンスターが集まっているという設定・・らしい・・・。玄武に近づけば寒さが厳しくなり、吹雪と氷で凍えることになるが、麓は穏やかな春に近い気候でのんびり景色を楽しみつつ素材集めをするには最適なのだ。


「相変わらずグラフィックやばいよなぁ……」


 モデルが日本であることから、この黒介山脈における植生はかなり日本のそれに近い。マツやスギ、ブナといったメジャーで目にする機会のある木が多いからこそ、そのグラフィックの緻密さに息を飲むことになる。苔むした太い幹、天を突くほど伸びた枝、青々とした葉。意識して目を凝らせば、陰影や細かい植物としての特徴まで見えるあたり、制作者の変態的なまでの執着が窺える。


 ぴくりともしない釣り糸を横目に延々と木々や水のグラフィックを眺めた。そうするしかないとも言うが。それでも飽きずにいられる仮想空間に仕上がってるあたり、流石に国の威信をかけて作られたゲームだとしみじみ思う。


 そう、記念すべき日本初にして世界初、このVRMMOは国家戦略として作られたというのは有名な話だ。


 どうして“たかがゲーム”を国が総力を挙げて開発する必要があったのか。

 それは、世界的な技術力の発展による機械化と、日本の人口減少と高齢化による労働力の低下、世界的な資源の枯渇による日本型の輸出での利潤回収の非効率化が大きく関わってる。まあ、要するに、労働力も乏しく資源もない国が、技術力で食べていくのが困難になったのだ。


 日本という国がこれまでと同じ方法で経済を回してくことが出来なくなるとわかったとき、様々な解決策が練られ、あらゆる試行錯誤が繰り返された。その中で脚光を浴びたのがVRシステムだった。

 VRシステムは文字通り、バーチャルリアリティを生み出す技術……脳に直接働きかけ現実ではないが実質的に現実のように感じられる環境を人工的に作り出す技術だ。この脳を通して感覚器官に働きかけるシステムを作る際に脳科学が大きく進歩した。脳から出る電子信号をほとんど正確に読み取れるようになり、それをデータとして蓄積できるようになったのだ。


 そんなのVRシステムを作る上では当然の前提でここまできて着目する技術だろうか、と思うかもしれない。


 だが、これこそが最も重大かつ、大切な国の存亡を賭ける貿易の切り札だった。

 脳の電気信号の読み取りが進み、情報が蓄積されていくということは、「生身の人間の反応」を直接データとして取り込んでいくことができるということになる。機械化を進めていく上でネックとなる大きな問題は、判断力を必要とする場面に機械が対応できないという点だ。どこに注目し、どう判断するのかという情報のプログラミングなんて普通ならできない。本人にしかわからない経験による感覚的な部分が多く、またそれらを聞き出してもその全てをうちこむなんていくら時間と資金があっても足りないからだ。

 それがVRシステムとの連携で実用的な段階にまで進むことになるのだ。生身の人間の判断過程を解析し、機械・・の判・・断力・・として実用化する。それがVRシステム開発の本来の目的でもあったし、実際、工業機械の中枢や人工知能の発展に大きく寄与し大ヒットした。


 そんな目的があったため、政府は多くの被験者を必要とした。

 より多くの被験者、しかも日本政府に直接生体情報を流す契約が容易な国民がターゲットのなる。そのため、作業等で発生する脳の電気信号の解析許可を条件に、国民にフルダイブ型のヘットギアを無償で配布する運びとなった。もちろん、最初は批判や不安の声も大きかったが、結局は5年と経たず多くの国民に浸透していく。国が関わり、地方自治体や民間企業も参戦したため、デメリットをメリットが上回ったのだ。


 と、ここまで長く成功した側面だけ挙げたのだから、日本初のVRMMOは大成功に終わったと思うかも知れない。


 だが、手早く結論から言えば、否である。


 いや、商業としては成功した。けれど、“VRMMO”、ゲームとしては全くの失敗であったと言える。


 なにせ、このゲーム、初期は適当だったのだ。

 まずはネーミングセンス。タイトルはそのまま『日本(正式名称はJapan Online)』、地形は日本そのもの(人工的な建築物はほぼなし)。時代はそのままで公式でのストーリーはごく僅か、『正歴2115年、最も昼の長い日に既存の理は死ぬ。世界と世界は交わり、新しい時代が始まった』の二文だけ。最初のフィールドにいるモンスターは『黒猪』『青狼』『黄蛇』。加えるなら、フレーバーテキストなしで、ビジュアルもほぼひねりはない。

 現在は企業や自治体、その他有志の協力により「ご当地イベント」として多くのモンスターが追加され、メインストーリーやフレイバーテキストも体系化されまとめられているため、ゲーム性は向上した。なお依然として、正式な設定というのは動作や生息地というような基礎的な設定に留まる。そのため、どれだけ通説とされるような設定でも個人や企業の解釈・・であるところが、このゲームの闇の深さを表している。


 その上、初期にはスキルがなかった。

 最初のモンスターは弱く、素手でも素人でも素麺でも倒せるのだが、期待されていたゲームとしてのうまみはないと言っても過言ではない。全て現実での運動能力や技術に左右されるため、爽快感や達成感に乏しい。魔法も使えるらしいが、登録時にランダムに振り分けられる変更不可のステータスではMPは雀の涙ほど。頼れるものは己の拳(一般人仕様)という惨憺たる有様だったのだ。


 けれど。

 それもよく考えれば、当たり前。

 だって、このVRMMOは生身の人間の技術が欲しくて作られたのだ。戦闘、鍛冶、料理、裁縫、採掘、釣り、調教、栽培、歌唱に舞踊……ゲームに必要なスキルこそ欲しい技術なのだから、最初から一瞬でできる仕様は望むべくもなかったわけだ。



――じゃぼっ



 ウキが勢いよく沈む音が響き、アタリが来ずにぼんやりしていた意識が引き戻される。

 先程まで獲物が掛かる様子もなかった釣り糸はピィンと張り、身体を持って行かれそうなほど強い引きがきていた。


「っと……ぉおおおぉ、重い!! くそ、なんだ、っこれ」


 視界の端、MP標示の隣に半透明のHPバーが出現し、ジリジリ削れていくのが見える。

 釣りの段階でHPにダメージが入るということは、スキルがないか、STR(体力)とDEX(技量)が不足しているかで身体に大きな負荷がかかっているということだ。痛覚軽減措置が施されているとはいえ、感覚もリンクしているだけに、引かれる腕が、踏ん張る足腰が痛みを訴えてくる。


「っあああぉおおぉ……! ここのはコンプしてんだ、ろっ、ふざけんなよ……!!」


 この湖に生息する魚介類モンスターに対する適正レベルは10。

 俺のメイン職がいくらSTRが上がらないタイプであると言っても、上限レベル90に達しているのにステータスが不足しているはずがない。


 そうすると必然的にスキルが足りないということになるのだが、それも考えられない。

 『日本』のスキルは開発の目的から、最初から公式が用意してくれているわけではない。しかし、単独でも複数人でも実践回数が詰まれ、情報が一定数蓄積するとスキルとして技術が解放されるのだ。例えば、多くの人が卵を割る作業を繰り返すと、最後の実践者により名称が決定し自動的にスキル登録され、全てのプレイヤーが使えるようになる。ステータスやジョブにより習得が不可能であったり、完全に個人でスキルを開発した場合は習得に本人に許可を請う必要性が生じる『秘匿』も可能であるため、全部のスキルが使用可能ではないが。

 その中で、釣りのスキルはかなり開拓が進んでおり、全て公開されている。

 個人でスキル開拓するには漁場が開かれているために、複数人でスキルを作ることになるからだ。


 釣りスキルは「一本釣り」でも詳細を開くと、(鯛)(鰹)というように魚ごとに細分化されている。それゆえ、同じ漁法でもスキルが適用されるものとされないものがある。

 それでも、今は人も居ないが、発見当時の黒介山脈の湖はどこも人気であらゆる所で釣り尽くされた場所だ。ここの獲物でスキル化していないものは存在しないとされている。


 だが、このガンガン身体を痛めつけ、HPバーを削る獲物には釣りスキルによる補正がかかっていない。かかっていれば、自然と身体が動きスムーズに釣れるシステムなのだ。


 リールも巻けない、腕も引けない。

 ずるずると湖に引きずり込まれる。

 

 これだけ力の強い獲物だ。湖に落ちて水中戦ともなれば負けは確実である。

 だが、糸を切る実力的余裕もなければ、釣り竿を手放す金銭的余裕もない。


 よし、死に戻りのペナルティーを覚悟はできた。どうせ、道具が消えるという類いのものでなく、今日のプレイ時間がごっそりなくなるだけなんだ。諦めよう……と、力を抜く。


 瞬間、釣り糸にかかる力の方向が変わり、水面を目指して真上に浮上した。


 何事かと目を見開くと、水中の影が見る見るうちに大きくなり、水面が大きく盛り上がる。

 丸く膨張した水が限界に達し、ザアと音を立てて下に向かって落ちてゆくと……黒く濡れた全身に日の光を鈍く反射させる―――――――スク水幼女が現れた。





































・用語

「STR」

 よく見る通り、Strength(体力)。体力は、生命を維持し、身体を動かす為の機能全般を指す。筋力や心肺機能の能力もここに反映されているらしい。これを見るとすごくMMOっぽい気がしてくるからすごい。おきまりでATK(攻撃力)に加算される。


「DEX」

 上に同じ、MMO感すごい。器用さのこと。身体を上手く動かす能力を表してる。細かい作業はもちろんのこと、要領よく身体を動かす助けになるので、攻撃面・防御面でも大活躍。レッツパリィパーリィー希望の前衛に必須。


・補足

『日本』

 地形だけは日本と全く同じ舞台で繰り広げられる国営VRMMO。公式の設定はシステム面と『正歴2115年、昼の最も長い日に既存の理は死ぬ。世界と世界は交わり、新しい時代が始まった』だけ。そこから舞台設定は、発表した2108年の七年後から始まっていると予想されている。

 スキルやアイテムのほとんどはVR空間にてプレイヤーか企業が作ったものであり、各種名称・フレーバーテキストは制作者がつけたものである。そのため世界観を含む設定は雑多な物になっており、用語の統一性も乏しい。→例:五行思想に由来する属性分けで設定されているにも拘わらず、「魔法スキル」という名称が主流になっている。その上、魔法の源は「マナ」と呼ばれている。公式は「魔法のような要素もあります」としか表明していない。

 また、スキル開発をプレイヤーに委託してる関係上、現実でも使える電子マネーが導入されているため、商業活動も活発に行われている。ゲーム要素を楽しむよりは、現実のようにショッピングや旅行を楽しむ人が多い。他にも、単独で新しいスキルを生み出したりアイテムやモンスターを発見したりすると電子マネーで褒賞金が支払われるため、生業としている人も多い。ほとんど現実の延長であり、ほぼやることは変わらないと言われている。


「スキル」

 『日本』内で使用可能なアビリティの総称。ゲーム内で作業を一定数実践し、情報が蓄積されると一般に開放される汎用化した技術のこと。『日本』が製作された目的でもあるので、開放まで非常にシビアな設定がされているが、一度広まればステータスが十分であり職業による規制がかかっていない限り誰でも使えるようになる。覚えられる数に限度は特にない。

 複数人の情報の積み重ねでスキル化した場合は、最後の情報源となったプレイヤーが命名権を得る。個人、または特定のチームのみでスキル化した場合は命名権の他に独占権が与えられ『秘匿』された状態になる。秘匿されたスキルは、開発者の許可がなければ習得することができなくなる。ただし、スキル習得という形ではなく、また別個に自力でその技術を磨いた場合は新しいスキルとして認定されるか、開発者の許可なしに習得できる。

 スキルはスキルだけど、MMOっぽくない。


『黒介山脈』

 現実世界の日本における北海道、その中央南部に位置する山脈。主峰のポロロ岳の山頂には『玄武』がおり、凍土になっている。ポロロ岳から離れると、五行で相生にある木属性のモンスターが増える。玄武の放つ水のマナにおびき寄せられているらしい。また、水にとって木は天敵の属性ではあるが、共存関係を築いている。



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