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真夏の少年少女冒険物語

作者: 狐笑

蝉時雨鳴り響く、夕暮れの部活帰り。

金曜日の五時半過ぎの体は流石に重くて、見渡す限り田んぼしかない道を、自転車から降りて歩いていた。


何も考えずにただ重い足を運んでいたら、歩道の端っこでうずくまる小さな少女を僕は見つけた。

この時間帯に小学生くらいの小さい子供がいるのは珍しく、気になって少女の隣にしゃがみ、


「どうしたの?」


と聞いてみた。

とは言え少女は黙り込んだままで顔を上げない。小さなすすり泣きが聞こえてくるだけだ。


 僕の家は両親と姉が二人。妹なんかいなくて、親戚にも年下はいない。だから僕には小学生ぐらいの小さい子供の扱いなんて知る由もなかった。


「ママ…」


「ま、ママ?」


 やっと口を開けたと思ったら、出てきた言葉は「ママ」の二文字。しかも自信のない弱弱しい声だ。

僕がまた黙り込んだ少女に困り果てた瞬間、


「ママを返せ!」


と、突然立ち上がり叫んだ。


 だから、ママって誰だよ。僕は君とは初対面だよ!

おどおどする僕に少女はお構いなしに

「私のママはどこ!」

と泣き叫ぶ。一体僕が何をしたんだと言ってるんだ。


少女はいつの間にか泣きつかれて、落ち着きを取り戻していた。


「ママがどうかしたの?」


僕は少女に一番聞いてみたかったことを問いかけた。

すると少女は夕日を眺めながら、


「ママは一昨日から家に帰ってきてないの。ママが帰ってこなくなったときから、パパも・・・。」


と、鼻水をすすりながら答えてくれた。


 どうやら少女の母は一昨日から家を出て帰ってこないらしい。おまけに父も様子が可笑しい。少女はいつもの父親を取り戻すためと、母親を迎えに行くために、母親を探すために外に飛び出たがここで転んでしまったらしい。

けがはかすり傷で済んだみたいで、もう痛みはないようだ。

流石にこの時間帯に外を出歩かせるのは危ない。明日は土曜日で授業はないから、


「明日、一緒にママを探しにいこう。だから今日は帰ろう。パパが心配しているよ。」


と提案した。すると少女は嬉しそうに笑顔で「うん!」と返事をした。


次の日、頭上に太陽が昇り暑さが増す昼間。僕は昨日少女と出会った場所に駆け付けた。

そこにはもう、ショルダーバッグを肩にかけた、小さな少女が立っていた。

昨日、少女を家に送るとき、その子のママの顔写真と実家を聞いてくるようにお願いした。

僕の母曰く、どうやら少女の両親は、喧嘩が絶えないこまった夫婦として、近所で有名だったらしい。


「ママの実家わかった?」


ドラマとか小説だと、夫婦喧嘩した奥さんのだいたいは実家に帰る。そして夫が迎えに来てハッピーエンドだ。(例外もあるけど)


「うん、名野花中学校のすぐ近くだって。」


なんてラッキーなんだ。県外だったりしたら、そこにさえ行けなかったかもしれない。

しかも名野花中学校は、何度か部活で行ったこともある。乗り換え二回の電車でいける。


「はい!ママの写真。」


彼女が取り出したのは、彼女そっくりの宝石の目をした綺麗な大人の女性が映った写真だ。少女も自慢げに腰に手を当てている。

僕は写真をリュックにしまい、少女とともに駅に向かった。

電車に乗り継ぎ、名野花駅で降りた。なんだか小さな冒険みたいで、僕も少女もわくわくしていた。


 そこから聞き込み調査が始まった。名野花中学校の周りを囲む団地の隅から隅まで聞いて回った。

色んな人の情報をたどって、やっと実家にたどり着いた。

しかも僕の感は当たっていて、そこには少女の母もいるらしい。けど、それが分かったとき、少女は曇った表情をしていた。


 実家のドアの前、僕が手の震えを押さえながらチャイムを鳴らそうとしたとき、


「おかぁさぁん!」


と、元気のいい可愛い声が聞こえてきた。どうやら庭からのようだ。


 気になってこっそり庭をのぞいてみることにした。家の人にばれないように、離れて眺めるようにのぞいた。

するとそこには、少女よりも小さい子供と、大口あけて笑う男性と、写真に映っていた幸せそうに笑う、少女の母親がいた。

僕は唖然としていた。その光景は、もとの家族を綺麗さっぱり忘れたかのように、新しい家庭を築いていた。

こんなにも簡単に、大人は家庭を捨てるのかと、悪夢を見ているようだった。

すっかり隣で手をつないでいることを忘れていた僕は、少女が僕の手をぎゅっと強く握った。それでハッと我に返って少女の方をみると、少女は涙も流さずに、じっとにこやかに笑う母親を見つめていた。僕はこれ以上この光景を見せたくなくて、


「帰ろう。」


と言うと、少女は僕の方を見ないで頷いた。


 いつもの田んぼ一面の道を二人歩いていた。すっかり太陽は沈み、闇に包まれた空には静寂が訪れていた。

黙り込んだ少女を励ましたくて、立ち止まり、少女の前で屈んだ。


「僕はよくお母さんと喧嘩するんだ。でもね、いつもすぐにいつの間にか仲直りしてる。きっと君のママもさらっと戻ってくるよ。それでも寂しくなったら、ここにおいで。」


僕はそういうと、出会った時よりも何倍もの量の涙が、少女の瞳からこぼれた。

僕はただひたすら、彼女の頭を優しくなで続けた。


 空には、天の川が輝いていた。



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