第一話 異世界《アルス》
アーシャにこの世界のことについての話を聞いた。
それはこの世界が出来た始まりの始まりの物語ーーー
昔々、あるところに二人の神様がいた。
二人はとても仲が良くいつも他愛もない話をしては笑顔を零していた。
そんな毎日を繰り返していたある時、一人の神がこう言った。
「二人だけって寂しいね」 、と。
もう一人の神は神の言っていることが痛いほど良くわかったので首を縦に振る。
「そうだね。じゃあ、二人は寂しいのだからたくさん人を作り出そう」
そして、二人の神はお互いの力を合わせ一つの世界を作り上げた。
それがこの世界ーー《アルス》の誕生である。
二人の神は《アルス》に生命の種を蒔き、芽を出す時を静かに待った。
種を蒔いてからどれくらいの月日が流れただろうか?
十年? 百年? いや、千年くらいかな? 覚えていない。
やっと芽が出たのだ。
そして、《アルス》に七つの種族が誕生した。
小神族、天使族、妖精族、水精族、竜人族、獣人族ーーーそして、人間族が生まれた。
神は喜んだ。
これでもう寂しくないと思っていたから。
七種族は次第に数を増やしていき、種族ごとの村が形成され始めた。知恵をつけたのだ。生きるために。
神は時折七種族と交流をしてのだがそれを良く思わぬ者がいた。もう一人の神だ。
世界を生命を作ってせいで神の心が自分から離れていくのを感じている。もう自分を見てくれないのかと焦燥した。
それからというもの神の間では争いが絶えなかった。
ついには神と神、七種族を交えた戦争が勃発したのだ。
戦争を始めた神は自分を魔王と名乗り、魔物を引き連れ進軍する。
神は七種族を従え共に戦いを始めた。
それはもう聞いただけでも想像できるほどの地獄絵図が広がっていた。
それはもう神と魔王の戦争ではなくただの殺し合いと化した。
刺殺、焼殺、絞殺、毒殺、轢殺、圧殺、殴殺、爆殺、射殺、斬殺、強殺、撲殺、礫殺、鏖殺、惨殺、虐殺、暗殺、抹殺、ありとあらゆる手段で蹂躙し殺し続けた。
綺麗な森が広がっていた場所は焼け果て焼け野原となり幾つもの死体が転がっていた。
川が流れていたところには水はなく死体の山とそこから流れ出る赤い液体が満たしていた。
もしその場に自分がいたらと思うとまず間違いなく吐いていただろう。
人の死を冒涜する気はないが吐いただろう。
むせかえるような血の匂いに見渡す限りの死体。
そんな状況で平然としていられる方がおかしい。
地球でも争いはある。
日本に原子爆弾が投下された時もそのような状況だったと聞いたことがある。
果たしてその状況下で人は狂わずにいられただろうか?断じて否だ。
戦争は恐ろしいものだ、と気付いているのに争いは絶えることがない。
それは《アルス》でも同じだった。
何度も何度も争いを続け、どんどん数が減っていく。
しかし、その争いは呆気なく終わりを迎えることとなる。
第一次大戦では互いに軍を引き引き分け。
第二次大戦では神が自ら魔王に挑み敗走。
このまま魔王側が勝利するかと思われ、七種族は闇に囚われていく。
が、その闇を振り払ってくれる一筋の光が射した。
第三次大戦が始まり、魔王は一気に進軍を開始した。
だが、進軍した魔物のほとんどが全滅したのだ。
それは神と一人の人間の手によって。
彼は人間族最後の生き残りであり、その手には光り輝く剣が握られていたという。
魔王は傷を負い、神によって封印された。
魔王が封印により眠りにつくと同時に神もまた力を使い果たし眠りについた。
最後に残った人間は生き残った七種族を引き連れ、一つの王国を作ったそうだ。
これがこの世界のーー《アルス》の始まりーー
「……ものスゴイスケールの話だね」
「私も初めて聞いた時に思いました。魔王となった神はどうしてそこまでもう一人の神から離れられるのが嫌だったのかなーとか」
「そんなの、簡単だよ」
「え?」
「嫌だったんだよ。一人になるのが。一人になることが堪らなく嫌だったんだ」
話を聞いて最初に思ったのはそれだった。
魔王はずっと、ずっと自分を見ていて欲しかったのだ。
神が二人は寂しいと思ったのと同じように魔王もまた寂しかったのだ、と。
「一人が嫌、ですか……ちょっと分かる気がします」
アーシャは最後の方を恵斗に聞こえないように囁いた。
「今、何か言った?」
「いええ、何でもないです。それじゃあ、今度は七種族について説明しますね」
「うん、よろしく頼むよ」
その時のアーシャの顔はどこか寂しそうだった。