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古木の精霊の昔語り 

作者: 文夏樹
掲載日:2014/12/27

おや、こんにちは。

こんな森の中を人が通るのは珍しい。

どうしてこんなところへ?

…ほお、都会から離れて自然と触れ合いたかった、と。

それは良いことです。田舎ですが、ここは過ごしやすくてよい森ですよ。

…え、さっきから声しか聞こえないがあなたはどこにいるのか、ですって?

おや、おかしいですね。ちゃんと見えているはずなのですが。

ほれ、あなたの後ろ。

…ん、木しか見えない?

ちょ、ちょっと待って、待ってください。別に私は幽霊だとかお化けではありません。

…あれ、よく考えたらお化けに近いかもしれません。

はい止まって止まって。逃げないで逃げないで。冗談ですってば。

私は木精です。木の精霊なのです。

確かに人ではありませんが、別に怖い存在ではないので、どうぞ安心してください。

…おや、自分で言うのもあれですが、あっさり信じてくれるのですか?近頃の人は私のような存在をまったく信じないと聞いたのですが?

…え、いないと決めつけるよりいると思った方が楽しいから?

ハハハ、確かにおっしゃる通りです。

そうだ、折角ですから少しの間この老いぼれの昔ばなしに付き合ってもらえませんかな?最近話し相手があまり来なくて、寂しかったのですよ。

…おお、ありがたい。立ち話もなんですから、そこにある倒木にでも腰掛けてください。

それでは早速、お話しいたしましょう。



私が種から芽を出したのは、ずっと前のことです。

具体的に何年前かは、途中で数えるのが面倒になって正確には分かりませんが、おそらく三百年以上前でしょう。

私は少し離れた場所からリスに運ばれて、他の種たちと一緒にこの場所に埋められました。

そうです、私はリスの保存食だったのです。ただ幸い、食べられることなく春を迎え、芽を出すことができました。結局ただで日当たりのよい場所に運んでもらって、土の中に埋めてもらったわけですから、私はリスに感謝しなければいけませんね。



さて、芽を出して私が最初にやらなければいけないことは、一生懸命に上に伸びることでした。こう言うとなんだか間が抜けているように聞こえますが、実はとても大切なことです。なんせ私と同じように埋められた他の種たちも芽を出し、一生懸命背を伸ばしていますから、もし出遅れたら日の光を他の植物たちに全部取られて私は枯れてしまいます。

ところが私はどうものんびり屋な性格だったようで、根を張るのに夢中になっているうちに他の植物たちに背を抜かされてしまいました。

なんとか挽回しようと頑張って、かろうじて三番目に高い背丈を持つ若木になることができました。私より背の低い植物たちはそのうちみんな枯れてしまいました。かわいそうですが、それが自然の掟ですので仕方がありません。私だってまだ枯れたくありませんでしたから。



なんとか木になることはできましたが、光の奪いは終わっていませんでした。三番目に高いとは言っても、日の光は一番目と二番目に高い木の葉に遮られて、私の葉にはあまり当たらなかったのです。根だけは相当しっかりしていましたが、日の光が当たらなければ意味がありません。

私は少しずつ弱っていきました。このまま枯れていくのだと思っていたのですが…。

いやはや、運命はどう転ぶか分からないものですな。大きな嵐が来て、私より高かった二本の若木は両方折れてしまいました。私はなんとか持ちこたえられました。背が少し低い分負担が少なかったですし、根をしっかり張っていたのも幸いしました。

日光さえ当たるようになればもう怖いものはありません。日の光をしっかり浴びながら根から水をどんどん吸い上げて、私は急激に成長しました。

数年後には、もう嵐なんかには負けない、立派な木になることができました。



大きくなると、たくさんの動物たちが私のまわりに集まってくるようになりました。

虫や鳥、リス、シカ、イノシシたち。

みんなのために、私はある時は止まり木になり、ある時は木陰を作ってやり、ある時は雨を遮る屋根になってあげました。

そうして集まってきた動物たちと、たくさんおしゃべりをしたものです。動けない私に代わり、動物たちは見聞きしたことをたくさん私に教えてくれました。特に長い距離を旅する渡り鳥たちなんかは私の枝先で休憩しながら森の外のことまで話してくれました。あなたたち人間のこともその時聞いたのです。

…え、他の木精とはしゃべらなかったのか、ですって?

はい、あまり話したことはありません。普通木精は静かにして、ほとんど寝てばかりいるのです。

私?ハハハ、私は変わり者なのです。私のようなおしゃべりな木精は探してもそうそう見つからないでしょうね。



まあそんなおしゃべりな私ですが、実はずっと動物たちと仲が良かったわけではありません。

初めのうちはよくケンカしたものです。

なんせ虫たちは私の根っこや葉っぱをかじったり、私の体に管を刺してせっかく私が作った栄養を横取りしたりするのです。大胆な奴は私の体に穴を開けてそこに住んでるやつもいましたよ。

シカなんかは冬になると、時々私の皮をかじっていきます。むき出しになったところはとても寒かったです。

鳥やリスたちは私が落とした実だけでなく、まだ枝に付いている若い実まで取って食べてしまいました。

私は動物たちのためにいろいろしてやっているのに、みんななんてひどいことをするんだ。そう思っていたこともありました。

でも時が経つにつれ、考えが変わっていきました。

動物たちも、私と同様に一生懸命生きているのです。私を枯らしてしまうのでなければ、多少のことは気にしてもしょうがないと思い始めました。

それに、悪いことばかりではないのです。私の実や体に付いた虫を食べにくる鳥や猿たちは、実の中の大切な種を遠くに運んでくれます。シカやイノシシたちの残すフンを、虫たちが食べて分解し、含まれる栄養を私が根から吸収できるようにしてくれます。

みんな何かしら私のために間接的に役に立ってくれているのです。それに気づいてから、私は動物たちみんなと上手くやっていくことが出来るようになりました。



何十年もたって、いつの間にか私はあたりで一番高く太い木になっていました。

体が大きくなりすぎて栄養が行き渡らなかったのか、知らないうちに体のあちこちに空洞ができていました。

すると、その空洞にたくさんの鳥が住み着いて、子育てをするようになったのです。

前から私の枝に巣を作る鳥は時々いましたが、私の体の中に巣を作られるのは初めてで驚いたものです。

卵からヒナが生まれると、一層にぎやかになりました。かわいらしい声でピヨピヨ鳴くヒナたちはとても愛らしかったです。あれが役得というものだったのですな。…あれ、なにか違いますか?

まあそんな小鳥たちを隠して守ることが私の役割だったのですが、完全にその役割を果たすのは大変難しいことでした。

守り切れず、命を落としてしまうヒナはしょっちゅういたのです。

病気や体の異常で兄弟たちより小さなヒナは自分のエサをとられて、やがて弱って死んでしまうのです。

一度ヘビが私を伝って巣に入り込み、一羽残らず食べてしまった時は何もできないことがとても悔しかったです。

無事に育ったヒナは半分以下。いやはや、自然の厳しさを改めて実感しました。

それでも、いえ、だからこそ、私の中で育った小鳥たちが巣立っていくときは大変喜ばしく、そしてちょっぴり切ないものでした。



こうして日々を過ごしているうちに、気付けば私はこの森の長老のようになっておりました。知らないうちに出世したものですな、ハハハ。

…しかし、やはり年は取りたくないものですね。

気付けば私の体はボロボロになっていました。



…はい、なんですか?確かにまわりに大きな木はたくさんあるけど、そんなに古そうな木は見当たらない、あなたの木はどれか、ですって?

おやおや、最初に申し上げた通り、ちゃんとあなたのすぐ近くにありますよ。

ほれ、あなたのお尻の下。あなたが今座っている、その倒木が私です。

…おや、急に立ち上がってどうされました?なに、知らずに座って申し訳ない?

ハハハ、何も悪く思うことはありませんよ。そもそも座るように勧めたのは私のほうじゃないですか。

さあ、何も気にせずどうぞまたお座りなさい。私のような老いぼれにとって、あなたのような若い方の助けになれるのはとてもうれしいことなのですから。むしろ、座ってやるからありがたく思えという意気込みで、どっしりとお掛けなさい。

…あ、やっぱりそっと座ってください。私の体はずいぶん柔らかくなっているので、勢いよく座ってトゲが刺さったりしたら申し訳ないですからね。その代り座り心地は悪くないでしょう?



ええ、そうなのです。二か月くらい前の夜でしたかな。

ここ数年で一番大きな嵐が起きまして。老いたこの身にはずいぶん辛いものでした。

あ、いえ、その晩は何とか乗り切ったのです。

次の朝疲れ切ってぼんやりしていると、どこからか蝶が飛んできて枝先に止まったのです。

あっ蝶だ、と思った時でした。

メリッ、と私の腰から嫌な音がして、そのままポッキリいってしまったのです。

どんな嵐が来てもびくともしなかった私が、まさかちっぽけな蝶一匹に倒されるとは、いやはやこれまでで一番の驚きでしたよ。これこそがバタフライ効果ですな。…あら、これも少し違いますか。

あ、ちなみに蝶は巻き込まれずに済んで無事に飛んでいきました。いやあ良かった、良かった。



こうして倒木になり、あとは朽ちるしかやることがない私ですが、実は朽ちるのもまた大事な役割なのです。

今、私の体のあちこちに虫やキノコ、そしてそれよりももっと小さな生き物たちが入り込んで、私の体を分解しています。分解されて小さくなった私の体は、養分として他の植物たちに吸収され、その成長を大いに助けるでしょう。

御覧なさい。私の上から生えている、小さな葉っぱがあるでしょう?

あれは私の葉ではありません。私の上に落ちて、そのまま芽を出した種のものです。

朽ちた私の体から直接養分を吸収しているのです。なんとも勇ましいでしょう?

数年後には、木から木が生えている光景が見られるでしょう。

見ての通りの巨体ですから私の体が無くなるまで何年もかかるでしょうし、私の意識が消えるのもまだ先のことです。でも、いつかは消えて無くなります。

しかし私の命は消えません。私の命は何千、何万、何億にも別れてこの森を廻り、支え続けるのです。この森がある限り、私は本当の意味では死ぬことはないのですよ。

ですから、そんな悲しそうな顔をしないでください。若い方は笑顔でいなさい。そんな顔は、私のような年寄りがしていればいいのです。

私はあなたに会えてうれしいのですよ。最後に、まさか私の言葉を聞き理解してくれる人間と会話できるなんて、これ以上ない幸運です。長生きはしてみるものですな。



…おや、いつの間にかもう夕方です。夜の森は足元が危ない。もうお帰りなさい。今日は私のような年寄りの昔ばなしに付き合ってくれて本当にありがとうございます。

…え、明日も来る?いけませんな、お若い方がこんな老いぼれのために時間を使うなんて。いやいや、来てほしくないわけありませんよ。ではまた機会があればいらっしゃい。期待せずに待っていましょう。

…まあまあ、そんなムキにならんでください。分かりました。では期待して待っていますよ。約束ですからね。もしもう来なかったら夜な夜な枕元に立ちますよ。

…ですから冗談ですって。そんなお化けみたいなマネしませんよ。本気で青ざめないでください。

…そうそう、その顔です。ええ、いい笑顔ですよ。その顔を忘れなければ、自然と幸運が運ばれてきますよ。年寄りの教えです。

では帰り道お気をつけて。またいらっしゃい。

今度はあなたのお話を聞かせてくださいね。








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