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第7話 天空の城に届ける

前回までのあらすじ


カケルはデリバリストになるかどうか迷う。

そんな時に卯衣から受けた普通の依頼。

しかしその配送先は、宙に浮かぶ天空の城だった。


あの地平線かがやくのは

どこかにキミをかくしているからー♪


家とはそこに住む人間の城である。

マイホームを持つ人なら特にその意識は強いだろう。

自分のために建てられた、最も住みやすいベストな家。

それはまさに、心の中の城なのだ。

だから目の前を浮かぶ飛行物体は。

ヘリと同じ高度を飛ぶこの家は。

持ち主にとって、天空の城である。

ラピ○タなのである。



★★★★★★★★★★★



「ちきゅうーはまーわーるー、きみをーかくーしーてー♪」


ミーナはご機嫌で歌っていた。うるさいヘリの中でもその舌足らずな声はよく響く。それに続いてブルートゥースを介して卯衣も歌う。


『いつかーきぃーっとでーあうー』

「『ぼくらをのーせーてー』」


デュエットしていたらしい。見事なハモりだった。


「いやいや、緊張感は? もうちょっとシリアスになろうよ」


そんな遠足に行くみたいな心構えでいいのだろうか。

疑問に思いながら、俺はヘリのシートに背中を預けた。

俺が縄ばしごでヘリに乗ってから、五分くらい過ぎた。

高度は二百メートル。スーパマリ○ブラザーズのステージでいうと7-2くらい。場違いにもその高さに一件の家が浮かんでいた。

ヘリに乗っている最中、空に浮かぶ家の細部まで見ることができた。一軒家、一階建て、庭なし。間取りは2DKくらい。本来なら地面にくっついているハズの土台の部分には、火を噴く四つの蒸気口があった。そこから浮力を得ているらしい。何故浮いているのかは卯衣が「カタカタ」言いながら調べているが、その理由を知ることについては俺もミーナも諦めムード。ていうか考えても仕方ない。

気持ちよく歌い上げたミーナが俺の問いかけに返事した。


「ふむ? これくらい、いつものことであるぞ」

『半月前にも似たような配達しましたよねー』


平然とこんな答えを返してくる。経験値が違った。

ただそれは、決してこの依頼を舐めているのと同義ではない。

ミーナは俺の横で登山用の丈夫そうなハーネス(ロープ付き)を入念に点検しているし、卯衣はカタカタと機械をいじっている。望さんはどうなのかはわからないが、先ほどから位置を細かく調整しているから本気なのだろう。

これが……プロフェッショナルか。


「というよりは、我はカケルの方が心配なのだが」

『確かにそうですねー。カケルさん、本当に一人で配達するつもりですかー?』


話は変わって、俺のことを心配する方向へ。

今日通算何度目かのやりとりになるのだが、心配してもし足りないらしい。


「……ああ、一応俺の受けた依頼だし。二言はないよ」


自分の体に命綱を巻きつけながら宣言。

俺にだってプライドはある。依頼された以上、どんなところにも責任持って届けるつもりだ。

そしてこれは、腕試しのいい機会になる。

何もせずに二人からのスカウトを断るのは心苦しい。

けど、安請け合いして後悔するのも嫌だ。

だから、決定するのは一度体験してみてからでも遅くはないはず。

そんな気持ちを悟ってくれたのか、ミーナも卯衣も強くは止めなかった。


「全力でサポートはするが、我も万能ではないのだぞ?」

「わかってる。自己責任で構わないから」

「……わかった。何も言うまい」

『望さんから連絡ですよー。これ以上ヘリでは家に近づけないそうです。ここから望さんにはホバリングしてもらいます。一応、もう一回段取りを確認しますねー』


その言葉にミーナは目つきを変えた。いつか見た「運ぶ人間の目」。俺も改めて気を引き締める。

引き締めないとマジで死んじゃうのだ。


『ミーナはハーネスのついたロープをヘリの足に、もう片方の端をカケルさんに付けますー。カケルさんは宙づりになって玄関を目指してくださいー。くれぐれも荷物は落とさぬようにテープで胴体に固定してくださいねー。帰りは、ブルートゥースでカケルさんがミーナに呼びかけてください。ミーナはそれを聞いたらロープを引っ張ってカケルさんをヘリに引き上げます。おけー?』

「ふむ、りょうかいなのだ」「りょーかい」


言うが早いか、ミーナはヘリの外で自分の体を吊り、慣れた手つきでヘリの足にフック付きのロープを取り付ける。安全のために二つ付けたようだ。俺に付ける方を片手に持って、ミーナはヘリの中に戻ってくる。その様子を俺は最初から最後まで眺めていたが、その間五分もかかっていなかった。


「慣れたもんだな」

「うむ、ちょっとしたものだろう?」


そんなことを言いながら、ミーナは俺のハーネスにロープを取り付けた。

気合いを注入するみたいに俺の背中をバンと叩く。


「ではカケル、成功を祈るぞ」

「宅配行くのに敬礼されたの初めてだわ。行ってくる」


ミーナに補助されてゆっくりと下りていく。もう下に俺を支えてくれる物はない。頼れるのは自分とミーナと卯衣の指示だけ。風が心地よいはずなのに冷や汗が止まらなかった。恐怖を煽るブラブラ感は昨日ぶり。

玄関が真正面に見えたところで俺はミーナに合図。ハーネスの降下が止まった。完全に宙づりになった俺は一息ついて、ゆっくり体を前後させる。前、後、前、後……。ブランコの要領でその振り幅はだんだんと大きくさせていく。

余計な心配だとわかっているが、俺が揺らしたせいでヘリが落ちたらどうしようと考えてしまった。


『だいじょぶですかー? 息荒いですよー?』

「ちょっと今話しかけないで」


卯衣の心配も素直に受け取る余裕もなく、振り幅を大きくしていく。だんだんと玄関が近づいてきた。

あと二メートル、一メートル、五十センチ、そして……


「せいっ!」


前に振る瞬間に全身に力を入れ、体を投げ出す!

一瞬の空白。そして

……たんっ、と。

両足が玄関のタイルを捉えた。

振り返ると、そこは青空。そして俺は玄関に立っている。


「ふお、おおうっ……!」


成功した!

そう理解した瞬間、全身から汗が噴き出す。今更のように足に震えがきて膝をついてしまった。


『さすがの運動神経だのう』

『カケルさん、ナイスです! 荷物を固定しているテープを外してくださいー』


答える余裕もなく、言われた通りに胴体のテープを外す。書類が入っているらしい段ボール箱を玄関タイルの上に置いて、落とさないよう大事に担いだ。

表札を確認する。しっかり西川とあった。


『ここまでくれば普通の配送と変わりませんよー。でも警戒を解いちゃダメですからね? 気をつけてインターホンを押してくださいー』

『印鑑を忘れないように気をつけるのだ』

「お、おう……」


アドバイス通り、警戒しながらインターホンを押す。

出ない。もう一回。

そもそもこんなところに住んでいる人間が来客に応対するのか疑問だったが、これを引き渡さないと俺は帰れないのだ。

そして合計五回ボタンを押して「宅配便でーす」と声をかけて……


「しつけぇな、こんなところまで何の用だよ?」


声が聞こえてきた。タチが悪いのはこの家だよと思った瞬間

バン!


「うわっと!?」


外開きのドア勢いよく開いて俺を直撃した。ドアに押されてなすすべなく後退してしまう。左足が玄関タイルから離れた。空に放り出される未来を思い描いて、俺は目を瞑る。

……しかし、危うく荷物ごと落下しそうになるところを、日頃から鍛えている体幹が救ってくれた。

荷物を最優先で落下から守り、上半身を玄関の上に残して何とか踏みとどまった。卯衣が警戒を続けるように言ってくれたから、なんとか助かった。たとえ相手が卯衣(やっかいもん)だろうと、他人の言うことに従うのが吉だ。


「あ、危ねえ……」

『ほら、警戒しておいて正解でしょう?』

「お、おう。サンキュー……」


今回ばかりは素直に卯衣に感謝だ。

命綱のハーネスがあったとはいえ、荷物のことを考えれば間一髪である。

これはいくら警戒してもし過ぎることはないなと思いながら、俺は荷物を手に立ち上がった。外開きの玄関に押されないようにゆっくりドアを開け、住人に笑顔で挨拶。


「こんにちは、荷物をお持ちしました! サインをおねがいします」

「はぁ…………」


玄関の中にいる二十代後半の男性は、頭を掻きながら気の抜けた返事をした。

ここまで配達に来る配達員なんていなかっただろうから、こんな反応になるのも当然だと思う。

よく見るとその男性は健康状態が良くなさそうだった。頬はこけて、髪の毛はボサボサ、目の下にはくっきりしたクマが。歩き回れるほどの広さもないからおそらく運動不足。適切な表現かはわからなかったが、貧乏神みたいな顔をしていた。

状況が飲み込めていないようなので、俺はペンを取り出して「とりあえずサインを」と促す。我に返ったように男性はペンを取り、西川と名前を書いた。


「ありがとうございます、またのご利用を!」


するな! と心の中で言ったのは秘密だ。

逃げるように後ろを向いハーネスを確認する。行きに比べて帰りは比較的楽だ。ハーネスが繋がってさえいればミーナが引き上げてくれる。仕事終了、満足気にスーパーマンのポーズで帰ろうとすると……


「ちょ、待てよ」

「はい?」


キムタク風に呼び止められた。振り返るとそこにはあからさまに機嫌を悪くした西川さんが。その右手は伝票を指さしている。不穏な空気に『どうかしたかの?』とミーナも気づいたようだが、俺の耳には入らない。

……やめてくれ、地上はともかくここは空中なのだ。一悶着あればホントにヤバいから。


「ど、どうかされましたか?」

「これ、おふくろからの荷物じゃねえか!」


怒気をはらんだ声と共に、荷物を乱暴に叩く西川さん。


「どいつもこいつも俺をコケにして……。おふくろから逃げてぇからこんな家造ったってのに、まだお前らは俺を苦しめるのか! いい加減にしろ! 帰れ、二度と来んな!」


何か知らないが興奮しているようだ。こういう時、地上ではすぐに逃げるよう指示されているのだが、あいにく空中での対応マニュアルはない。

突然のことに反応が遅れると、痺れを切らしたのか、西川さんは持っていた荷物を振りかぶる。

荷物を投げつけられる、そう思った瞬間には荷物は西川さんの手を離れていた。


「危ないっ!」

「うるせえっ!」


書類が詰まった段ボール箱が空中に放り出される。俺にぶつかればまだ良かったのかもしれない。しかし、運悪く段ボールは俺の脇を抜け、大空へ。突然のことで俺も反応できず、伸ばした腕が空を切る。

依頼された荷物がこの高さから落ちてしまう。

任務失敗。その文字が頭の中に浮かんで……


『カケル、振り向くのだ!』


反射的に体が動く。ヘリの側に向き直り、今後の展開を何となく察して俺は両手を突き出した。

瞬間。

ヘリの中からミーナが飛び出したのが見えた。俺のハーネスとヘリの足をつなぐロープで綱渡りするみたいに一瞬でこちらに跳んでくる。

ガシッ! 空中に放り出された荷物を両手でキャッチ。

ネコみたいに華麗な動きで俺の方に向かってきて……

すぽっ、と。俺の両腕に収まった。

ミーナ、降臨である。


「カケル、よく頑張ったのう」

「……そっちこそ」


荷物破損という最悪のシナリオは回避した。俺一人では到底無理だったけれど。

ミーナは荷物を片手で持ち、空いた片手で俺の頭を撫でてきた。


「信じておったからの。あとは我に任せよ」

「そうする」


今気づいたのだが、ミーナは腰にハーネスをつけていない。つまり落ちたらサヨナラの状態で危険を承知でこちらに飛んできたということだ。

……正気の沙汰じゃねぇ。

ミーナは「西川とやらに向き直るのだ」と俺に指示。俺は再度玄関の方を向く。

しばらく放置プレイされていた西川さんは、何が起きたのかわからないという表情をしていた。

彼が目に入った瞬間、ミーナは声を荒げた。


「なんてことをしてくれる! 西川とやら、お主は我らの努力を水の泡にする気か!」

「う、うるせえ! 届いた荷物をどうしようが俺の勝手だろうが!」


西川さんは我に返って、見事な逆ギレを披露した。

しっかり的を射た反論をするあたり、どこかの支部長とは違う。

しかしミーナも黙ってはいない。


「それも一理あるのう。だが、我らデリバリストの仕事は幸せを運ぶことなのだ! 中を確かめて要らぬというならそれでよい。ただ、中に入っている幸せを知らぬまま捨てるなど、それ以上にもったいないことがあろうか!」


やだ……かっこいい。

さすがに重みのある言葉だった。俺にお姫様抱っこされていることを差し引いても十分カッコよかったと思う。

その言葉が心に響いたのだろうか、沈黙する西川さん。

お互いにらみ合ったままでいたが……


『もしもーし。カケルさん、ミーナ。聞こえていたら歯を二回鳴らしてくださいー』


ブルートゥースを通して卯衣からの通信。え、と反射的に声が出そうになったが、こらえて歯を二回鳴らす。もちろんこれは西川さんには聞こえていない。


『にらみ合っている間にわかったことを報告しますねー。配達先の西川さんは有名な大学院の卒業らしいですが、教育ママにプレッシャーをかけられて、自分の好きな機械工学の道を歩めなかったようです。その怒りが爆発して腹いせにこの家を自分で設計・建築して、母親から逃げたということでしたー』


それで宅地新法の制度を使ったということか。

卯衣の報告を聞いて、納得がいった。

それで荷物の送り主を見てあんなに怒っていたのか。どこにでもありそうな親子間の確執話だったが、親に捨てられた経験のある俺からすれば他人事ではなかった。

ミーナはそれを聞いて何を思ったのだろう。荷物を手にじっと考え込むような仕草をしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「お主が苦しい思いをしたのは聞いておる。大変だったのう。だが、そこから逃げてよいのか? 向き合うことを忘れてしまえば、余計に母親はお主の中で逆らえぬ相手になるのだぞ?」

「…………」

「カケル、この荷物を開けてやってくれんかの? この者は自分の親と向き合う踏ん切りも付かぬようだ」

「お、おう」


人の荷物を開けるなんて配達業界ではタブー中のタブーだが、ミーナがいいと言ったのだ。俺はミーナを下ろして、封を切ろうと段ボールの梱包テープに手をかける。

瞬間、西川さんが俺の手を阻んだ。


「待て! …………自分で開ける」

「ふむ。ならそうするがよい。カケル」

「わかってる」


俺は荷物を抱えて西川さんの手に渡した。

西川さんはしばらく動かなかったが、やがて決心がついたようにテープを破いた。

そして中から出てきたのは……。

段ボールいっぱいに詰め込まれていた設計図。技術家庭の授業で習うような物とはレベルが違う。すべて手書きのもので、素人目にも試行錯誤の上で描かれたのがよくわかった。

西川さんはそれを見た瞬間脱力したように「ああ……」と声を漏らす。

その手には設計図に隠れた一枚の一筆箋。「いつか帰ってきてね」とだけ書いてあった。

たっぷり間をとってミーナは再び口を開いた。


「当てつけや嫌がらせの品が入っているとでも思ったかの?」


西川さんは一言も答えなかったが、その表情がすべて物語っている気がした。


「捨てなくてよかったの。あとはお主の自由であるぞ」


答えを待たずにそれだけ言って、ミーナは俺の腕に飛び乗った。毎度毎度、何も言わずにいきなりダイブするのやめてほしいんだが。

……まあ今回の場合は命綱がないから仕方ない。

ミーナは俺の腕の中でヘリを指差した。


「それでは帰るぞ、カケル」

「おうよ……」


俺はもう一度宙づりになるために玄関から飛び出す。

ロープの揺れが落ち着くのを待ってからミーナを俺の首につかまらせて、自衛隊の訓練みたいに腕の力だけで体を引き上げた。


「ふ、ふう……」


ヘリに足をかけてシートに座った瞬間、一気に脱力。心の中でピンと張り詰めていたものが急激にたるんだ。一方ミーナは、ひょうひょうと望さんと卯衣に指示をしている。やっぱり経験ってすごい。

シートに深く座ってぼーっとしていると、ヘリが動き出すのを感じた。窓に目をやると、すぐ側にあった天空の城が少しずつ離れていく。


「ミーナ。……あれで良かったのかな?」

「……わからぬ。良い・悪いは我らが判断することではないからの」

「そっか」

「ただ、少なくとも幸せになって欲しいとは思っておるぞ」


ミーナにしては歯切れの悪い返事だった。やはり気になるのだろう、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。

その横で逆側の窓を眺めている俺の方は、ミーナの言葉を思い出して目からウロコが落ちるような思いだった。

幸せを運ぶ、なんて意識したことはなかったからだ。


「……ただ運ぶだけじゃダメなんだな、デリバリストって」

「うむ、そこが一般配達員との最大の違いかもしれぬな……む?」


ミーナは突然頬杖を解いて、窓に顔を近づけた。釣られて俺もミーナ側の窓に目をやる。一瞬、何も変わりはないと思っていたのだが……


「下がっておらぬかの?」

「……本当だ」


最初は動くヘリに乗っているからそう見えるだけだと思っていた。しかし、蒸気口から出る炎の勢いは明らかに落ちている。ある程度高度が下がった辺りで、天空の城は東方向に向かっていった。


「あっちに行ったの」

「向こうは確か……。依頼人の家がある方向にじゃないか?」


依頼人……つまり西川さんの母親。

何か心境の変化があったのだろうか。離れた俺たちにはわからないが……


「幸せ、届いたかの?」

「多分、な」


ミーナと俺は顔を見合わせて笑う。

きっと心から笑えたのは、確信を持ってそう言えたからなのだと思った。

こうしてその日以来、西川さん操る天空の城は姿を消したという。



★★★★★★★★★★



今回のエピローグ、行ってみよう。

後日。

俺はデリバリストトーキョーエリア支部に呼ばれていた。

一階で待っていてくれた卯衣に連れられて、エレベーターで最上階へ。その道中、卯衣はご機嫌な様子で話しかけてきた。


「カケルさん、ラピ◯タへの配送では、大活躍でしたねー」

「そんなことないよ。結果、ミーナを危険な目に合わせたし」


命綱なしでのダイビングを思い出して、俺は震える。あれから布団に入るたびに夢に出てきて俺をうなすのだ。


「危険なんてー。ミーナにとってあんなの危険でも何でもありませんよー」

「はい?」

「詳しいことは別の機会に話しますけれど、死線をくぐってきた回数がケタ違いですからー。業界では『トーキョーエリア伝説のデリバリスト』と呼ばれるくらいですよー」


とりわけすごい人物だったらしい。

……今度から敬語を使って話すか。

そう思っているうちに、エレベーターは最上階へと到着。

事務所に入ると、ミーナは一仕事終えた後らしく、お気に入りにソファでぐっすり眠っていた。


「のんきなもんだな、伝説のデリバリスト」

「最近では眠っているイメージが先行して『眠れる獅子』と呼ばれる方が多いですけれどー」


敬語で話す気は一瞬で失せてしまった。

ところで、ミーナの寝相はあまり良くない。だから寝ている最中に際どいポーズをとられて、目のやり場に困ることは多いのだ。

俺は目を背けながら上着を脱いでミーナの腰回りを隠すようにかけた。


「じっくり観察してもいいんですよ? カケルさんならミーナも嫌がらないと思いますしー」

「セクハラを奨励するなよ……。ところで、今日呼んだのは?」


気になる言葉が聞こえたが、俺は照れ隠しも含めて話題を変更した。


「はい、ラピ◯タへの配送の件で、謝礼金の用意ができましたー。色をつけてありますので、どうぞお受け取りくださーい」


昔ながらの茶封筒を手渡してくる卯衣。多すぎると絶対に受け取らないと踏んだからだろう、封筒の厚みは控えめだった。よくわかっている。


「あー、そのことなんだけどさ。今は受け取れないわ」

「はい?」

「だから、今は受け取れないって」

「…………もらうべき報酬をしっかり受け取るのも…………プロなのたしなみなのだぞ」


寝ぼけた声が後方から聞こえてきた。


「お、ミーナ。起きたか」

「うむ、カケルの声がしたでの。……上着、感謝するぞ」

「ああ、いや、それは別に……」

「どうして…………受け取らぬ?」


言い淀む俺に対して、ミーナははっきりと尋ねた。

俺はどう答えようかと一瞬黙ってしまうが、もう決意は固まっている。

はっきり尋ねるミーナに敬意を表して、俺もできる限りはっきり答えた。


「これからいくつか依頼を達成した後で、給料日にまとめて貰えないかなと思って」


その一言に、半開きだったミーナの目が大きく見開かれた。


「ということはカケル、お主……」

「ああ、決めた」


決め手はミーナの言葉だった。

『お主は幸せを運ぶために生まれてきたのだ!』

『我らデリバリストの仕事は幸せを運ぶことなのだ! 』

あんなことを感情をむき出しにしながら言える、この上司の元で。

宅配することに命を懸ける、この上司の元で。

働いてみたいと思ったのだ。


「俺、デリバリストになるよ」


ここは自分の気持ちに嘘をつかないのが吉。

俺は堂々と宣言したのだった。

そしてその宣言を聞いたミーナと卯衣は……


「か、カケルぅっ! ありがとうなのだぁ!」

「カケルさん、よろしくお願いしまーす!」

「…………(ぱちぱちぱちぱち)」

「望さんいたの!? 全然気づかなかった! ぐほっ! や、やめろって! 全員同時に飛びついてくるな! アーッ! でもなんか悪い気がしないのが恐いぃぃぃ!」


天国のような地獄に囲まれる中で……

倉掛駆。デリバリスト、始めました。





ミッション:空に浮かぶ家に荷物を届ける。

進行率:100% 依頼完了


ミッション:倉掛駆をデリバリストにする。

進行率:100% 完了。

以後「倉掛駆を優秀なデリバリストにする」に変更。


次回予告


時は現在に戻る。

デリバリスト三ヶ月目の新人、カケル。


ピラミッドから帰還した彼の元に届く新たな依頼。

デリバリストの常連客に生活物資を届ける。

そんな依頼人だって、普通のはずがない!


黒い森の中で襲う命の危機に

カケルとミーナはどう立ち向かうのか。


次回「迷いの森に届ける」


「おっかさん、チビ達……元気でな」

そしてカケルは奈落の底へ。



望(本名不明) 身長163センチ 体重??キロ 年齢??歳

スピード……★★

パワー………★★★

体力…………★★★★

頭脳…………★★★

適応力………★★★★★

特殊能力:乗り物大好き

どんな乗り物でも完璧に乗りこなすことができる。ただし、免許がない限りは絶対に運転しないと決めている。一番好きな乗り物はバイク。


「謎の多い人物だが、何かとありがたいぞ」

「助手席にオンナは乗せない主義らしいですよー」


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