第6話 普通の家(?)に届ける
「うー、さすがに走りすぎたわ……きっつ」
トレーニングジムからの帰り道、俺は首をゴキゴキ言わせながら暗い道を歩いていた。
ミーナと卯衣と別れた後、俺はいつも利用しているトレーニングジムに直行。学校で五時間目から授業を受けてもよかったのだが、今日はガムシャラに走りたい気分だった。
時計をみるともう七時半。家では夕食が始まっている時間だった。
「おっかさん、心配してるかな……」
スマホを確認すると、案の定着信が十件も入っていた。うちのおっかさんは心配性なのだ。俺の無事を確認しないうちは夕食に箸をつけようともしないだろう。
早く安心させてあげようと電話する。一コール目で繋がった。
『やめて、お金ならいくらでも払いますから、かーくんの命だけは!』
「いくらなんでも心配し過ぎだろ、おっかさん。誘拐されてないし。ちょっとランニングしてただけだから、あと五分くらいで着く」
『かーくん、そんなのんきなことを言っている場合じゃないの! 早く帰ってきて!』
「うん? どうした、とにかく落ち着いて」
『いいから早く!』
慌てた声色でそれだけ言って、おっかさんは電話を切った。
何か大変なことが起きたようだ。火事? 泥棒? 強盗? 嫌な予感が浮かんではすぐ消えていく。うちには二人の弟さんと三人の妹がいる。チビたちの危害が及んでいなければいいが……。
ヘトヘトの体に鞭打って走る。家の明かりはすぐに見えてきた。
児童養護施設「倉掛さんの家」。これが俺の家だ。
身寄りのない子供達が集まる場所なのだが、俺もその内の一人だった。いつの間にか俺がこの家の男最年長になっていたから、もう半分くらい父親みたいなもの。
家族に危険が迫っているとなれば動かずにはいられない。
「おっかさん、チビ、大丈夫か!?」
玄関の戸をバンと開け放つ。
するとそこには……
「おかえり。かーくんダメよ、彼女を待たせちゃー」
「お邪魔してまーす、きゃは♪」
「もぐもぐ」
「……………………」
見覚えのあるポニーテールが一束。
そして見覚えのないロングヘアー女性が一人。
おっかさん特製のもやし炒めを食べていた。
「……卯衣の方はまだいいや、うん。……問題はそっちだな」
この際、なぜ卯衣がいるのか、どうして住所を知っているのかはどうでもいい。
譲れないのは卯衣の隣にいる女性の方。可愛らしい顔立ちでもやし炒めをもぐもぐしている。
新キャラを出すのは話が落ち着いてからにしてほしいのだが。
「どちらさん?」
「もぐもぐ……むう、連れないのう。記憶喪失か?」
「え……?」
聞き覚えのある舌ったらずの声に、個性的な喋り方。俺の記憶の中で該当する人物は一人しかない。「これをすれば思い出すかの」と言って彼女は懐から帽子を取り出し、ぽふっと自分の頭に被せた。
「……ミーナ、なのか?」
「うむ。そういえば帽子を外した姿は見せていなかったのう」
帽子の中からこぼれるロングヘアーに違和感があったが、その姿はまさにミーナ。仕事の邪魔になるということで、長い髪は帽子の中にしまっているとのことだった。
「いや、髪事情は別にいいよ。どうしてここに?」
「うむ、紆余曲折あったのだ。もやし炒め、シャキシャキだのう」
「そんなルビ振る必要ないだろ。で、色々って?」
「秘密である。のう、みんな」
ミーナの問いかけに俺の弟・妹たちは一斉に笑顔を見せた。
他人に心開くことを恐れ、孤独になれた我が弟妹が変わった瞬間。
感動の一瞬でもあったのだが、外堀から埋められている気がして寒気がした。
ひとまず俺も晩御飯を食べることにする。走りすぎて食欲がなかったため軽く済ませて、俺はおっかさんをキッチンに呼んだ。
「かーくんも隅に置けないわね。あんなに可愛い女の子二人連れてくるなんて」
「あー……誤解だから。実は俺バイト先をクビになってあの二人に拾われたんだ。それで二人のところで働くかどうか迷ってるとこ」
さらっと深刻なことを言ったが、おっかさんは「あらそうなの?」とだけ言って茶碗を洗い始める。
「驚かないの?」
「……驚かないわよ。かーくんの職場で色々あったのはニュースで聞いたわ。お偉いさんの不正がバレたって。あれと関係あるの?」
「大アリだ。……ごめんな、しばらくお金入れられないわ」
「謝るのはこっちの方よ。本当なら勉強に集中してほしいのに、アルバイトで忙しくさせちゃって申し訳ないわ。しばらくゆっくりするといいわよ」
「ありがとう」
あまり裕福とは言えない環境でやっている俺たちだけれど、おっかさんの明るさを頼りに生活を楽しんでいる。こんな風に俺たちのことを第一に考えてくれるから、様々な事情で親を失ってしまったチビたちも気兼ねなく「おっかさん」と呼べるのだ。
「ミーナ、卯衣。ちょっと部屋に来て」
チビたちと遊んでいた二人を連れて男子の大部屋へ。二人は座布団の上に座らせて、俺は二段ベッドの下に座った。
「男の匂いがするのう」
「濃縮還元ですねー」
「男三人ともなれば自然とこうなるんだよ。……それで、別に二人は夕飯のためにここに来たわけじゃないだろう」
「もちろん。もしかして外堀を埋めるために来たと思いましたー?」
「そうじゃないのか?」
絶対に俺を逃さないため、俺より先に家族を籠絡するのかと思った。
「違いますよー。ただ伝え忘れたことがあって。電話でするような話でもないと思って訪ねましたー」
本当かどうかまだ信じられないが「疑って悪かったな」と言って話を切った。
しかし……電話でするような話ではないとは、一体?
「はいお給料のことですー。大事な判断材料になると思うので今日中に伝えておこうと思いましてー」
「ああ、お金のことか」
お金。はっきり言って乗り気になれない話だ。お金のために働いているわけではないし、極貧生活を強いられてもいない。
前と同じ給料さえ貰えればそれで十分。
その旨伝えると……
「そういうわけにはいかぬ。これはヘッドハンティングなのだ。こちらの都合でカケルを失業させておいて、前と同じ賃金を支払うだけなど我の気が済まぬ」
ミーナなりに譲れないポイントらしい。変に律儀というか頑固というか……。
「わかったよ。それで具体的にはどうなるの?」
「うむ、好きな金額を書くがよいぞ」
ミーナはポシェットから細長いメモ帳みたいな紙の束を取り出し、万年筆を添えて俺に手渡した。
…………これは。
「初めて見るか? チェックブックであるぞ」
「日本語で言うと小切手ですねー」
聞いた瞬間、慌てて放り出した。
「いや、ムリムリ! 高校生に軽々しく渡していいものじゃないだろ!」
ていうか小切手持てるってどんだけ儲かってんだよ、デリバリスト。
「カケルの働きにはそれくらいの価値はあると思っておる」
「重い! 『あなたの全てを知りたいの!』と同じくらい重い!」
「いっそのことカケルを我の扶養家族に入れるかの?」
「従業員っていうかヒモ扱いかよ!」
「この『倉掛さんの家』のみんなも我の扶養にしてもよいのだぞ?」
「ならないよ。なんだ、その底なしの扶養願望」
新しいジャンル、扶養したい系女子。……流行らないな。
とにかく小切手をミーナの手に戻し、受け取りません! と手で制する。
俺とミーナで受け取る・受け取らないの押し問答をしていたが……
「まあそこまで仰るなら、初任給はこれくらいでー」
卯衣が小切手にペンを走らせ、俺に見せてくる。ゼロが五個並んでいた。これでもただの高校生にはだいぶ大金だったが、ウン千万とか億とか言っている間に俺も感覚がマヒしている。「じゃあデリバリストになるとしたらそれくらいで」と話を切り上げた。
「それで、二人とも話はそれだけか?」
「お時間取らせて申し訳ないですけれど、もう一つだけ。これは単純なお願いですねー」
「どうかしたのか?」
「実はこんな荷物を業者さんから依頼されまして……」
卯衣はカバンから写真を二枚取り出して俺に見せてきた。段ボール箱が一箱写っている。もう片方の写真は一枚目に写っている段ボール箱の宅配伝票をアップで撮ったものらしい。
トーキョーエリアチヨダ ○○町-△△番地ー×× (上)
どんな魔窟に届けるのかと思ったが、伝票を見る限りはごく普通だった。(上)が気になるが大した意味はないだろう。
「これがどうかした? 普通に見えるけれど」
「確認もしたのですが普通のお家でしたー。だから困っているんですよー」
「どうして?」
「その業者が間違えて、普通の荷物を依頼したのだと考えておる」
依頼するつもりだった荷物とは別の、誰でも運べる荷物が届けられたわけか。
……それは確かに困るな。
「普通の荷物のために、燃費の悪いミーナを出動させるのはもったいないですし。ここは無所属配達員のカケルさんにお願いしようと思ったわけですー」
「別に暇だからいいけれど……。卯衣は配達できないのか?」
「この荷物、全部書類で重いんですよー。わたしの細腕では無理ですー」
「ういちょんは十キロ以上の物を持つと一瞬で疲労骨折するのだ」
疲労ゲージの溜まり方ハンパないな。
「……わかったよ。でも明日でいいか? 今日は一歩も走れそうにない」
「構いませんよー。あ、依頼した以上ちゃんと日当も用意していますのでー」
荷物は明日、俺の家に配送されるとのことだった。
「ではそろそろ帰るかの。我は眠くなってきたのだ」
「はーい、じゃあお暇しましょうねー。じゃあこの荷物のことと、デリバリストのこと片付いたら連絡くださいねー」
そう言い残して二人は帰って行った。
部屋に戻る。二段ベッド下段で寝っ転がった。
今日は色々あったな。本当に濃い一日だった。
色々考えることはあったのだが……
「今は体力回復するが吉だな…………すぅ」
それだけ呟いて俺はぐっすりと眠りについた。
★★★★★★★★★★
そして時間は飛んで次の日、放課後。
俺は「倉掛さんの家」に届いた荷物を手に、チヨダを歩いていた。伝票に書かれた住所は昔配達したことのある地区だったので、迷わずに行けた。
「ここを……右。お、ここか」
閑静な、という形容詞がよく似合う住宅街の一角。配達先はそこにあった。
典型的な木造平屋一戸建て。庭にはタンポポが咲いている。
しばらく家の周りを観察していたが普通の住宅だった。やはりデリバリスト運輸に運ばれてきたのはミスっぽい。
「じゃあ配達っと……ぴんぽーん」
インターホンを押したと同時に「はーい」と女性の声。中年の女性が出てきた。一応警戒していたのだが、そんな必要はなさそうだ。
「宅配便でーす。印鑑をお願いします」
「はいはい、ご苦労様。ちょっと待ってね」
印鑑を持ってきた女性に伝票を渡す。「ここに押してください」と指さすと……
女性の手がぴたっと止まった。
「あのー。この荷物、うちじゃないわよ? 名前が違うわ」
「えっ!?」
表札の名前と伝票の名前を改めて確認。確かに違う。俺が配達するのは「西川」さんだ。そしてこの家は「東山」さん。真逆である。
東山さんは住所の欄を見て「あっ」と言葉を漏らした。
「最近引っ越してきたお隣さんのね。ほら(上)って書いてある」
「……ああ、本当ですね。それでお隣って右と左のどちらですか?」
「西川さんのお家は……あっちよ」
東山さんは人差し指を出して……真上を指差した。
「……………………はい?」
右でも左でも、道路を挟んで向こう側でもない。真上。
「だから、ここに(上)って書いてあるじゃない」
「はあ……」
気の無い返事をしながら、俺は「はぁ?」と思っていた。
物理的に上空に家があるっておかしいだろう。空中に家があるなんてそんなバカな話は……
「……うん?」
指差した方向の先、目視できるギリギリの距離に小さな飛行物体が見えた。飛行機みたいな細長い形はしていないし、ヘリみたいなプロペラもついてはいない。四角い形をしていて、窓らしき物が付いている。じゃあ窓より一回り大きいあれはドアか。
それはまるで地に這いつくばるのを止めて悠々自適に漂う……
「……家、ですよね?」
あった。百メートルくらい離れているけどお隣でいいのか? いいんだろうな、間に遮るものはないし、本人が言っているんだから。
ダイ◯ハウスのモデルハウスなのかな。地震大国ニッポンで快適に住むためにまさか家を浮かせるなんて大胆なことする。さすがは大手。
……なんて現実逃避もほどほどに。
「…………失礼いたしました」
退散。
少し離れた場所から改めてその飛行物体を眺める。
真下からでは見えない上部の様子も少し観察できた。三角で赤い屋根の家である。
瞬間、俺はすべて悟った。
デリバリスト運輸に依頼されたのは偶然でもミスでもない。
空に浮かぶ家に行ってください! というSOSなのだ。
「要するにどうしよう?」
あまりに混乱していたので完全に理解するまで余計な行数をくってしまった。
誰も予期していなかった突発的な配達。とにかく一般人の俺に運べる場所ではない。しばらく右往左往していたが、卯衣と連絡先を交換していたことを思い出す。電話をかけてみることにした。
スマホに耳を当てながら空に浮かぶ家を眺めていると……
俺の視界を、黒い影が横切った。
……バラバラバラバラ
そして聞こえてくる何とも不吉な音。
音が大きくなるにつれ、影はその大きさを増していく。こちらに近づいているのだ。
閑静な住宅街に響くバラバラ音と巻き上がる砂煙。
そしてそれは最悪なことに……俺の真上でピタリと停止した。相手がUFOなら吸い込まれている位置である。
「…………冗談きっついわー」
呆然としている中「カケルー!」という声が上から聞こえてきた。
見上げるとそこには制服姿のミーナ。ヘリから身を乗り出して手招きしている。
ガラっという音とともに縄ばしごが降ろされた。
意図は単純明快だった。来いよ、と。
「……………………ぉぅ」
抗わず、逆らわず。清流に乗る木の葉のごとくするのが吉。
俺は大人しく、二度目のヘリ搭乗をするのであった。
ミッション:空に浮かぶ家に荷物を届ける。
進行率:10% 継続
次回予告
倉掛駆の知らないデリバリストの世界。
誇りとプライドと命をかけた配送が始まる。
舞台はいきなり高度200メートル。
最初からマックスな状況を前に
一筋縄ではいかない受取人を前に
カケルの決意は試される!
次回「天空の城に届ける」
深渡瀬卯衣 身長173センチ 体重48キロ
スピード……★
パワー………★
頭脳…………★★★★★
適応力………★★★★
特殊能力:資格マニア
様々な資格を持っている。役に立たないようなものまで持っているがどれも一流の腕前である。一番得意なのは機械類の扱い。
「最近、野菜ソムリエの資格を取りましたー」
「すごいの、何か作ってほしいぞ」
「野菜はキライなので焼肉でいいですかー」
「……………………」