決勝 デリバリーコンバット カケル 対 千島 2
「カケルさんにはやっぱり、必殺技とか必要だと思うんですよー」
「…………は?」
それは大会一ヶ月前に、俺と卯衣が交わした会話のさわり。
お歳暮配送のため酒ビンをくくっている時に、卯衣が話しかけてきたのだ。
「わたしが思うに、カケルさんがイマイチ躍進できなかった理由はそれにあると思うんですー」
「そんなことないだろ。飛脚の気質にだって何度となく助けられたし」
「それは別段否定しないですけれどー、いつでも35キロ付近の物があるとは限らないですよねー?」
「つまり、制限が厳しくて使い物にならないと」
「状況に左右されるようであれば、十分『使い勝手が悪い』と言えますねー」
不愉快な言い方だったがその通りだった。
実際、発動させるために何かを持って「重すぎる」「軽すぎる」と思うことはある。
ちょうどいい重さの物がある方が珍しい。
かなり率直に言われて軽く落ち込む俺だったが……。
「でも裏を返すと、能動的に使える必殺技があれば確実に『勝てる』デリバリストになれますよー」
「そうは言ってもな……」
酒ビンを三本まとめてくくり、余ったPPテープを切ったところで俺は反論した。
「今さら俺が新たに習得できることって、何かあるか?」
この世界に技マシンはない。
実戦投入できるまでに熟達するには一ヶ月は短すぎる。
今の俺にできることは基礎体力向上くらいしかない。
体一つを武器に勝ち上がっていくのだ。
「ソレがあるじゃないですかー?」
その時、卯衣が指差したのはカッターナイフとPPテープ。
「インディー○ョーンズ、鞭。シャーロッ○ホームズ、ステッキ。ルパ○三世、ワルサーP38」
有名なヒーローと、その得物を順番に幾つか並べて最終的に卯衣は。
「かーらーのー、カケルさん、PPテープですー!」
「……………………」
「……………………」
「カッコつかないな」
「そうなっちゃいますよねー」
ただ。
試しにやってみたPPテープの投げ縄は、思った以上にしっくりきた。
それから俺は卯衣を鬼コーチに、山走りと並行して投げ縄の訓練を積むのだった。
★★★★★★★★★★
腕を縛られた状態にも関わらず、千島は俺の方へ突っ込んでくる。
返り討ちだ! と俺もすぐ身構えるが。
『カケルさん、逃げてくださいー!』
「は?」
ブルートゥース越しの卯衣は、焦った声で指示を飛ばしてきた。
そして続く、初耳の情報。
『甲賀千島流は、脚技の流派ですー!』
「どうやら、ねたばれしたらしい」
千島が、足を振り上げた。
そして。
目にも留まらぬ速さで振り下ろされる!
「うわっと!?」
身体全体で器用にバランスを取り、千島は次々と蹴りを繰り出す。
スカートがめくれてスパッツが覗くのもお構いなしだ。
脚が三本あるんじゃないかと錯覚するほど激しい連続攻撃。
ギリギリで捌くがラッシュに耐え切れず、俺はすぐさまバックステップする。
しかしすぐに間合いを詰められ、ローキックを脇腹に入れられた。
突然のことに苦痛の声も出ず、ただひたすら追撃をかわす。
かわしてもかわしても踊るようなステップで距離を詰め、千島の蹴りが俺を襲ってくる。
防戦一方。
このままでは部が悪すぎる。
ここは、勝ちを急ぐ!
「平面で敵わないならーー」
高さだ!
千島を強引に引き離し、宅配箱をしっかり抱えて足にタメを作る。
一気に千島を飛び越えてゴールに突っ込めば勝ちだ。
パワーゲージがいっぱいになったところで一気に解放ーー
「ーーさせない」
バチンッ、と光の速さで千島の脚が俺の足首を払う。
力の伝わらない爪先だけの蹴りだったので、ダメージはほとんどない。
しかし。
タメた力が払われたところから分散した。
「うおっと!?」
踏切失敗。
中途半端に力が残ってしまったせいで、バランスを崩してしまう。
千島の攻勢は終わらない。
千島は宙を掴む俺の腕を横から掴んだ。
そして俺の腕を鉄棒に見立てて逆上がり。
俺の腕の上で逆立ちの体勢になる。
体操選手の大車輪みたいに軽やかで無駄のないフォーム。
スパッツから伸びる千島の脚が太陽の方向を向いて一瞬静止した。
「喰らえ」
そして次の瞬間、ぐるんっと逆立ちの千島が身体を縦に半回転。
千島の浴びせ蹴りが俺に降ってくる!
「うおっ!」
間一髪、千島のカカトが鼻先をかすめる。
千島の脚が振り下ろされた斧のように音を立てて、地面にめり込んだ。
どしんっ!
小柄な女子が着地したとは思えない衝撃がフィールドを揺らす。
「惜しい」
大技の勢いを殺しきれず、千島は数歩よろける。
その隙をついて俺は千島を引き離す。
砂埃が舞う中、ヒビの入った地面が見えて肝が冷えた。
「はぁ……はぁ……。ずいぶん重い蹴りをするじゃねえか」
「失敬な。体重は37きろを保っている」
身体のラインを見せつけるようにポーズをとる千島。
そういうことを言っているんじゃないが。
「とにかく、腕を縛ったくらいで私を封じたと思わない方がいい」
「ふーっ、先に脚を縛るべきだったか」
俺は半身になって身構え、ウエストポーチに手を伸ばす。
隙があればいつでもPPテープを投げられるよう準備した。
千島は相変わらず冷静沈着、無表情。
しかし腕が使えないのは痛手に違いない。
蹴りを繰り出す瞬間、千島が何度かバランスを崩していたのを見た。
その隙を利用すれば、まだワンチャンスある。
「今すぐにでも足蹴にしたいが、その前に君の厄介な技をどうにかしなければ」
俺の手がPPテープにかかったのを見て、千島は面倒くさそうにため息を吐いた。
「偽の動きで陽動させるのは私の常套手段だ。しかし、それが全てではない」
「まだ何か隠し持ってるってことか?」
「然り。心の動揺につけ込んで消えるという方法もある」
つまり、動きがなくても相手の視界から外れることができるということか。
千島の口ぶりからすれば「これから君を動揺させる」と言っているも同然。
一体なにをしてくるんだ、そう身構える俺の前で驚きの光景が広がった。
「こういうのは、どうだ?」
千島はPPテープで拘束された手でスカートの端をつまむ。
そしてゆっくりとそれを胸の高さまで引き上げた。
必然、スカートの中身……スパッツが丸見えになる。
スレンダーな日本美人が縛られ、膝までの黒いスパッツを見せつけている。
特殊な趣味嗜好をしている人にはたまらない光景かもしれない。
しかし俺は、いたって冷静に口を開く。
「色仕掛けでもしているつもりかよ」
「君には効果的だと聞いている」
どこの情報筋だ。名誉毀損で訴えてやる。
スパッツなんて、下腹部にぴったりフィットするだけのただの布じゃねえか。
そんなもので興奮するような特殊な性癖は持ち合わせていない。
ていうか、この数分間で何回も見えてるし。
「ナメられたもんだな! スパッツなんかで俺が動揺するとでもーー」
「私は昨晩、このすぱっつを寝巻きにして寝た」
寝巻き = パジャマ
俺の頭に電撃が走った。
「……………………」
「ちなみに、洗っていない」
「……………………」
「私の寝汗をたっぷり吸った、すぱっつだ」
……………………。
この戦闘中に何度も目にしていたスパッツが、実はパジャマだったという衝撃。
やべえ、千島を見る目が変わる。
千島の蹴りを直視できる自信がない。
それは単体で穿いたのか? それとも下着の上から穿いたのか?
上はTシャツか? それともくたびれたワイシャツか?
なんだろう、この考えれば考えるほど夢の広がる感覚。
アリだぞ?
パジャマにスパッツ、すげえイイぞ?
これはアレだね、うん。
初めてポン◯リングを食べた時の衝撃に似てる。
まさに歴史が動いた瞬間。
新感覚スイーツならぬ、新感覚スパッーー
「隙あり」
「うおおおおうぅ!?」
動揺につけこまれ、声が聞こえた瞬間にはもう千島はいなくなっていた。
どこに行った、と見回すがどこにも見当たらない。
「な、なんてヤツだ! 男の純情を弄びやがって!」
「すぱっつで興奮しておいて純情はないだろう?」
声が聞こえた瞬間、体を反転させて千島の腕を掴む。
しかし俺が掴んだのは……細い木の枝。
瞬間、背後に気配を感じた。
「そっちか!」
「遅い」
振り向いた瞬間には時すでに遅く。
七つ道具の入った俺のウエストポーチが、蹴り上げられる。
当然PPテープも束ごと(1km巻)空を飛んだ。
そして。
口にクナイを咥えた千島が、素早く顔を上下左右に動かす。
しゃきんしゃきんしゃきん!
PPテープが一瞬で白い花吹雪になった。
均等に10センチの長さに切りそろえられ、縛る能力を喪失。
勝利に繋がる大事な武器を奪われてしまった。
しかし俺だってやられっぱなしではない。
宅配箱を守りつつ、片手でカウンター。
千島が口に咥えたクナイを奪い、客席に投げ込む。
お互いに武器を一つずつ失った形。
しかし、俺の方が痛手であることに間違いはない。
「これでそっちのぴーぴーてーぷは封じた。次はこっちだな」
俺と脚を交えながら千島はぼそっとつぶやいた。
インファイトを中断し、俺から距離をとって縛られた両腕を見つめる。
「やはり、腕が不自由なままでは脚技も使い辛い」
千島は自分を落ち着かせるように深く息を吐く。
PPテープが結ぶ両腕を頭上に振りかぶった。
そしてーー。
「すべては、ぼすのために」
両手首を、思いっきり自分の膝に打ち付けた。
耳を塞ぎたくなるような鈍い音が響く。
「おい、千島っ!」
「お静かに願いたい」
会場全体が突然の自傷行為に息を飲む。
ただ一人。
千島自身まったく動じていないことは、顔色一つ変えない姿が教えてくれた。
やがて千島は変色を始めた手首を見せつけるように、すっと腕を差し出す。
普通ではあり得ない方向に手首を曲げて。
「関節ぼきぼき、強制縄抜けの術」
するり。
かなりキツく縛ったはずのPPテープが軽い音と共に地面に落ちた。
この縄抜けにはテクニックも技術も特殊な道具も必要ない。
必要なのは、自分の身を傷つける覚悟。
そこまでしても勝ちたいという、病的な執念。
「ネーミングセンスはともかく……お前、正気かよ」
「私の両手首など、ぼすの名の下には僅かばかりの価値もない」
手首から先をだらりと下げて千島はひょうひょうと言った。
骨の軋んだような音からして、間違いなく関節は外れているだろう。
下手したら骨折までしているかもしれない。
わずかに震えている千島の手首が、みるみる内に腫れ始める。
それでも誇らしげに「戦いやすくなった」と満足げに頷く千島に恐怖を覚えた。
「かける、私と君とは覚悟が違う」
「くっそ!」
動きの自由度をあげた千島が再び正面から迫ってくる。
腕でバランスが取れるようになったからだろう。
よりアグレッシブさを増し、隙の小さくなった脚技が俺を襲い続ける。
突破口を見出す余裕もなく、防戦一方。
一瞬気を抜いただけで蹴りを二、三発打ち込まれるほど速い。
このままではジリ貧確定だ。
だからと言って攻撃に転じられる余裕もない。
いろいろ追い詰められた俺は、とりあえずがむしゃらに腕を伸ばした。
「くうっ!」
「あれっ!?」
マグレ当たりで千島の手首にヒット。
俺の方が驚いてしまう。
しかしたとえ偶然でもヒットはヒット。
千島が苦痛に顔を歪め、わずかに足を滑らせた。
その瞬間、俺は思った。
チャンスだ。
今なら、千島に一泡吹かせられる。
そう確信して俺は追撃の拳を千島に向かって突き出した。
しかし。
俺の余計な積極性は、完全に裏目に出ることになる。
攻撃に転じるくらいならさっさとゴールを目指した方が懸命だった。
千島が苦痛の表情を一瞬で意地悪な笑みに変える。
その瞬間、ハメられたと気づいた。
ケガした手首にラッキーパンチを受けたフリ。
あまりの痛みに足を滑らせてしまったフリ。
自分が最大のピンチに陥った、フリ。
気付けば俺は千島に陽動させられて。
取り返しのつかない体勢に持ち込まれた。
左のガードが、ガラ空き。
気づいたのは時にはもう遅い。
その狡猾さ、まさに忍者。
「もらった」
千島は足を滑らせたまま上体を限界まで逸らし、自ら身体を宙に放り出す。
くるりっ、と。
背中から落ちた猫が身を翻すような超低空ムーンサルト。
最大限まで精錬されたその身軽さに、俺の体は金縛りにされる。
赤い月のようにぎらりと光る千島の目が、俺のこめかみをロックオンした。
一瞬だけ後悔をする間があって。
視界の左端から、千島の身体を巻き込むようにカカトが飛んでくる。
押し殺された一筋の殺意ーー
「ーー甲賀千島流暗殺妙技、破千鳥」
他人事のように「ネーミングセンス良くなったな」と感心した瞬間。
俺のこめかみは、打ち砕かれた。




