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第5話 デリバリストトーキョーエリア支部に届ける

 無事に軍事用ヘリの中に入ってから、快適な空の旅を五分ほど。


『そろそろデリバリスト運輸支部に着きますよー』


 間延びしたアナウンスに「りょーかい」と返事をして俺は降りる準備を始めた。準備といっても俺の荷物なんてほとんどない。心構えをすれば準備完了なのだ。

 ヘリの窓から外を眺めるともうヘリポートの真上にいるらしい。大きなHの形が刻まれたビルの屋上がすぐ側に見えた。

 こんな軍事用ヘリを降ろせるヘリポートがあるくらいだから、かなりの高層ビルのようだ。デリバリストのトーキョー支部はかなり大きいらしい。

 一体どんなところだと軽く心配になる新人デリバリストの俺。

 そしてヘリの中にいるもう一人のデリバリストは……


「ぬうぅ……むーん、でへへー、なのだぁ……」


 眠り込んでいた。

 小型ヘリなのでミーナは俺の横に座っている。最初はこっくりこっくり現実と夢の間を往復していただけなのだが、気付いた時には俺の肩に頭を預けていた。ヘリに乗り込んでから二分もかかっていなかったと思う。プロペラの音と風の音が響いて決して寝心地のいい環境ではないのだが、そんなことお構いなし。よだれまでは垂らしていなかったが、かなりだらしない感じで寝言を言っている。

 八月第一週目、午前中の小学生みたいだと思った。


「おーい、ミーナ。そろそろ着くってさ」

「あと五分……」

「起きてー」

「むーん……うっさいのだぁ……」


 こんな感じでなかなか起きてくれなかった。このガードが甘く無防備になったミーナの姿には胸にグッとくるものがあるが、それ以上に知らないところに一人ぼっちで乗り込むのは心細い。

 肩を揺らしたりほっぺをつんつんしたりするのだが、その度に「うぬぅん……」と寝言を言うだけに終わる。なんか楽しくなって夢中でつんつんしている間に、ヘリ全体に軽い衝撃。着陸したようだ。

 さてどうしようかと考えている最中、ういちょんから連絡が入る。


『はい到着ー。ミーナは起こさなくても大丈夫です。そのまま連れてきてくれませんか? その間、好きなだけほっぺつんつんしていいですからー』

「見られてた!?」


 キョロキョロ探すがカメラらしいものは見当たらなかった。

 バツの悪さを感じながら、寝息を立てているミーナを担いでヘリを降りる。平衡感覚が狂って少しフラフラしていると、先に操縦席から降りていた望さんの姿が見えた。

 予想通り、格好からしてかなりの変わり者のようだ。

 黒いライダースーツにフルフェイスのヘルメットを被っている。いかついバイクに乗る格好だが、望さんにとっては乗り物を運転する際の正装らしい。「乗り物を」と広いくくりで言ったのは、望さんの異常性に由来している。眠る前のミーナが説明してくれた。


「望はあらゆる乗り物を運転・操縦できるのだ」


 ヘリ、バイク、大型バス、船舶、セグウェイなどどんな乗り物も一流の扱いができるらしい。ミーナがビルの非常階段で言っていた『楽ができる』という言葉は、交通の便が良くなるという意味らしかった。

 望さんも俺に気づいたらしく、軽く会釈してきた。釣られて俺も頭を下げる。


「望さん、お疲れ様です。ありがとうございました」

「……………………(ふるふる)」


 軽く首を横に振った望さん。あまり会話はしないとのことだ。初対面の俺が相手であればなおのこと口数が少なくなるのだろうか。

 望さんはヘリポートの端にある扉を指差した。そのまま人差し指を下に向ける。察するに……


「あのドアから入って、下れ?」

「……………………(コクコク)」


 当たりのようだ。初めての俺に気を遣ってくれたのだろう。


「これからよろしくお願いします。じゃあ俺はこれで」

「……………………(こっくり)」


 ゆっくりと頷いたと思えばすぐまたヘリに乗り込み、すぐに飛び立っていった。


「嵐みたいな人だったな……」


 感想を漏らしながら指定されたドアをくぐる。エレベーターがすぐ目の前にあったので乗ると、どういうわけか自動で降り始めた。一階分だけ下がってすぐに扉が開く。エレベーターの階数が表示されている液晶画面に「ここまっすぐですよー」と文字が映った。もう何も驚くまい。

 指示通りにまっすぐ進むと高級そうなドアが見えてきた。横に『デリバリスト運輸 トーキョー支部』と書かれている。


「失礼しまーす……うおお」


 ノックしてドアを開けると、そこはゴミゴミした埃っぽい事務所……

 ではなく、まるで一流ホテルのスイートルームのようだった。

 広々とした空間にアンティーク調の家具が品よく並べられている。俺みたいな「部屋=眠る場所」と捉える非オシャレ人間でも圧倒的なセンスを感じるほどだった。俺がイメージしている運送業の支部事務所とは対極の位置にあるような部屋。落ち着いた色の統一感と家具の配置はミーナのセンスだろうか。

 一つだけ断言できることがあるとすれば……。


「俺がいるのは場違いだ」

「そんなことないですよー」


 突然後ろから声をかけられてビクッと反応する俺。右足を軸に半回転して振り向くと、そこにはポニーテールを背中まで伸ばした淑女がいらっしゃった。身長は女性にしては高い。平均的な男性くらいあるのではないかと思った。背筋はしゃんと伸び、立ち姿は自然体でも美しい。受付の人かと思ったが、気品を感じる姿からは想像できないほど間延びした声に聞き覚えがあった。


「二度目まして、夢見る美少女ういちょんです、きゃはっ♪」

「…………どうも」


 この空気どうしてくれる。

 重くなった空気なんかには気づいていない様子で、ういちょんは俺の肩で寝ているミーナに声をかけた。鈍感なのかもしれない。


「ミーナ、支部に着きましたよー……起きないですね、久々に頑張りましたもんねー」

「ヘリの中でも眠ってたけど」

「ミーナったらどこでも眠れるんですよー。運動神経抜群の割に燃費がすごく悪くってー。あ、そっちのソファに寝かせてもらえます?」


 言われるままにブラウンのソファにミーナを横たわらせ、近くにあった毛布をかける。「むぅん……」と色っぽい声は出したが、そのまま起きる気配はなく眠り続ける。


「カケルさん、どうぞそっちの椅子にお掛けください。お疲れだとは思うんですけれど、色々説明することがありますのでー」

「ああ、ちょうどいい。俺も聞きたいことだらけだ」


 座り心地の良い椅子に腰をかけると、テーブルを挟んで向こう側にういちょんは座った。


「……ていうか、ういちょんって呼び方もおかしいな」

「わたしは気に入っていますよ?」

「俺は違和感ある」

「本名は深渡瀬卯衣です。苗字はさんずいばっかりですねー」

「じゃあ卯衣って呼んでいいかな?」

「ハニーでもいいですよ、ダーリン♪」


 ……こいつ、ただのマイペースとはわけが違う。

 現在使われている日本語では到底描写のしようもない人だった。

 ミーナから適当にあしらえと言われていたので、無視する。


「じゃあ早速聞きたいんだけれど……デリバリストって何者?」

「そうなりますよねー」

「なっちゃうよね」


 蹴りで重いドアを壊す、全力疾走中に完璧な給水をする、手だけで二人分の体重を支える。

 もちろん普通の運送業でも体力は大事だ。ただそこまでの身体能力は必要ない。せいぜい重い荷物を階段で運ぶくらいできれば十分なのだ。

 俺の疑問を予想していたのだろうか、余裕の笑みを浮かべながら卯衣は「そうですねー」と口を開いた。


「配達員ですね。大手の運輸会社と顧客がちょっと違うだけで」

「いや、納得できないぞ」

「まあまあ、順を追って話しますから。……カケルさんは、さっきまで所属しておられたところでどんな形態でお仕事されてました?」


 結論を急ごうとする俺を制して、卯衣は質問してきた。

 配送の流れを思い出しながら言葉にしていく。


「午前のうちに宅配して、午後からはコンビニとかスーパーとかで受け付けられた荷物を集める。それを仕分けして夜中に送り先まで運んでもらう、ってところかな」


 おおまかな流れはこんな感じ。どこも似たような形態で回しているはずだ。


「その通りですねー。今はほとんどの大手がこのやり方を取り入れています。では……何らかの事情があって配達できない荷物があったらどうしますか?」

「……そんなことある?」


 俺は大抵の物は配達してきたと思う。大型の物から小型の物、重要書類、書き留め。運べなかったものはない。


「想像できないな。荷物は届けられて当然だし」

「カケルさんくらい優秀な配達員ならそう思うかもしれませんが、実際にあるみたいですよー。その『当然でない荷物』を請け負うのが、デリバリストのお仕事です」


 話を聞きながら、俺は感心していた。確かに一度請け負った荷物を「配達できません」と言って返すのは運輸会社の恥以外の何物でもない。業界も争いがシビアだから評判を落としたくないのだろう。そこにデリバリストの需要があるということ。よく考えてあるビジネスだ。


「じゃあ……こういうこと? 大手の運輸会社が配達できない特殊な荷物を請け負って、代わりに配達する。それに対して報酬を得る、と」

「それで大体合っていますよー。報酬に関しては、成功報酬で稼ぐというよりは一ヶ月あたりの契約金を分配する形ですが」

「初めて聞いたよ」

「業界ではトップシークレットなので、上層部でもない限りは知らなくても無理はないですねー。まさにデリバリストとは配送のプロフェッショナル、宅配業界のジェー◯ズボンドなのですー」

「なるほど、なんとなくわかった。でもどっちかと言うとミッションイ◯ポッシブルに近いな」


 しかし。そうなると新たな疑問が浮かぶ。

 大手の宅配員だって最近はかなり優秀だ。最新の機器やナビゲーションを使って配達している。そんな人たちが配達できない荷物なんてそうそうあるのか?

 そう疑問を卯衣のぶつけると……


「それがですねー、あるんです。どちらかと言えば問題は荷物よりも家に方にあるんですが」


 苦笑いしながら卯衣は続けた。


「一年前に施行された『宅地新法』って覚えてます?」

「ああ、現代社会の授業でやったな。確かアレは……」


 文字通り宅地、主に家が対象になる法律。簡単に言うと、ちゃんしたと土地を買って、他の人に迷惑をかけなければ自己責任で好きなように家を建ててもいい、という法律。


「正確に言うと、家の強度・構造・建築方法に関する制限を緩くしてもいいけれど何かあった時は自己責任でヨロシク、っていう法律ですー。科学技術の進歩に法律が追いつけなかったゆえの責任丸投げとも言えますねー」


 ……すごくわかりやすかった。さすがにトーキョーエリアデリバリストのブレインである。


「それで、宅地新法とデリバリストに関係が?」

「大アリですー。だって好きなように造れるんですよ? 個性的な人がオーダーすれば個性的な家ができるってことです。どこが玄関でどこが窓でどこにインターホンがあるのかわからないような不思議な家が、少なからずトーキョーエリアにもあるんですよー」


 そういう話は聞いたことがあった。せいぜい誇張されたウワサか、宅配をサボった言い訳だと考えていたのだが、そうではないらしい。


「それだけで済めばいいですよー? でも、本当に個性的な人は、もっとアブナイ家だって造っちゃます。罠だらけの忍者屋敷とか、門から玄関まで巨大迷宮がある中世風の館とかー。最近すっかり多くなりました」


 確かに、俺でも入るのをためらいそうな家だった。

 単に一例として極端なことを言っているのか、それとも実際にそんな家があるのかはわからなかったが、どれも普通の配達員なら絶対に入れない。まさに探検。インディー◯ョーンズ的ですらある。

 そんな家に行くのがデリバリスト。そして俺もデリバリスト。


「……ていうことは、俺みたいな新人はかなり危険じゃない?」

「労災はかかってますよー」

「事故を防ぐ気はないのか」


 ……かなり不安になってきた。

 さっきまでデリバリストになる気満々だったのだが、そこまで聞かされて同じテンションを保てるほど俺は楽観的ではない。


「冗談ですってー。そういうところは経験を積んでからですねー」

「いずれ行かされるじゃん!」

「むぅうん……そういうことに、……なるのぉ」


 後ろから声をかけられて振り向くと、目をゴシゴシこすりながらミーナはソファから身を起こした。寝ぼけ眼が普段のキリッとした目とのギャップで可愛らしい。


「ういちょん、ご苦労だった。一通りの説明は終わったようだの」

「はいー。完璧ですよー」

「カケル、そういうわけだ。いきなりこんなことを聞かされて戸惑うだろうが、お主の力が必要なのだ。我は燃費が悪いでのう。一件二件ならともかく、多くなれば我一人では手が回らぬ」


 ミーナは眉を寄せて「困っています」のアピール。卯衣も同じような表情をしている。

 俺は少し迷っていた。仕事がなければ困るのも事実。ただ、今の話を聞いてしまえば即答はできない。せっかくの命だから大事にしたいという思いもありながら、助けてくれたミーナに恩返ししたいという気持ちもある。

 それに……


「たのむー、我のものになると約束したではないかー、ごろごろー」


 ミーナに抱きつかれて平常心でいられる奴なんてそういないだろう。寝起きだからだろうか、ミーナの体温は赤ん坊みたいに温かかった。本社での大暴れの時に感じたよりもずっと高い体温。それに加えて寝起きの潤んだ瞳。上目遣い、まつげパチパチのダブルコンボ。こんなシチュエーションでお願いされしまえばもう、多少のリスクなんておかまいなしに俺は首を縦に……


「ミーナ、ダメですよー」


 理性が陥落する前に卯衣が引き離してくれた。自制が首の皮一枚つながる。


「じゃーまーすーるーなー、ういちょぬー」

「ダメですー。どうあってもわたしたちに強制はできませんから。カケルさんの安全がかかっているのですから、ご本人に理性的に決めてもらう必要がありますよー」

「むぅ……一理あるの」


 ミーナは渋々といった様子で身を引いた。


「というわけでカケルさん。お返事はよく考えてからでいいですよー。意志を尊重しますし、もしデリバリストになれないなら他の宅配業者に推薦の手紙を送りますのでー」

「ああ、それは助かる。持ち帰って検討するわ」


 それから連絡先を交換して、靴を貸してもらい(思えばずっと裸足だった)、エレベーターで下まで卯衣が送り届けてくれた。エレベーターが閉まる寸前、支部に残るミーナに「信じておるからの」と声をかけられて、俺の心は揺らぐ。

 一階まで到着して、卯衣が尋ねてきた。


「道はわかりますかー?」

「ああこれでもちょっと前まで大手にいたから」

「じゃあ心配ないですねー。……ところでカケルさん」

「ん?」

「個人的な意見ですけれど、わたしもカケルさんがデリバリストになってくれたら嬉しいですからねー」

「……ありがと」

「それで……お近づきのしるしにこれを」


 卯衣が俺の学生服ポケットに何かを入れてきた。なんだろうと思って取り出してみると……


「……おおっ」


 それはミーナの写った写真。しかも寝ている姿のようだ。ちょっと寝相が悪いのだろうか。かけ布団は丸まって脇に追いやられている。だがそんな姿も見た目の幼さと相まって俺の胸をそわそわさせた。しかも服装はピンク色のパジャマ。なぜか制服の帽子だけは頭に被っていたが、そのパジャマとのギャップがまたいい。抱き枕みたいにしてクマのぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめている。

 これは完全に……俺のツボだった。


「これを、俺に?」

「はい、好きそうだと思いましてー。他にもいっぱいあるんですよー」


 俺の目の前でポラロイド写真をトランプみたいに広げる卯衣。ちらっちらっとミーナの寝姿が覗いた。


「俺に何をしろと?」

「いえいえ、ただ前向きに検討してほしいなと思っただけでー」


 そう言う卯衣はなんとも言えず邪悪な表情をしていた。スイーツの皮を被りながらも、中身は賄賂を送るお代官様だった。


「……考えておく。でも、これだけは一つ言わせてくれ」

「はいー?」

「卯衣、きみも理性的に判断させる気、さらさらないね」

「きゃは♪」


 機械を通してだろうが目の前で聞いた声だろうが、関係ない。

 苦手な人間はどうあっても苦手だった。

 ……………………写真には感謝しているが。



 ミッション:倉掛駆をデリバリストにする。

 進行率:30% 一時中断

次回予告


非日常との遭遇から半日。

ようやく憩いの場所、家に帰るカケル。


しかしデリバリストとの触れ合いはまだまだ終わらない!


カケルが受けた個人的な依頼。

普通だったはずのその依頼は、またも騒動を起こす!


次回「ごく普通(?)の家に届ける」


秋月美奈 身長145センチ 体重35キロ

スピード……★★★★

パワー………★★★★★

体力…………★★

頭脳…………★★★★

適応力………★★★★★

特殊能力:眠れる獅子

異常なほど身体能力が高い。カケルのような発動条件はないが体力の消耗が激しく、暴れた後には長時間の睡眠が必要になる。


「格ゲーの隠しキャラみたいなパラメーターだな」

「ぜひ上級者に使ってもらいたいのう」

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