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第34話 治療中に届ける



怪しい香りと艶かしい色の薄明かりが照らす部屋。

俺と卯衣はコトに及んでいた。


「うふふー、ピクってしましたよー?」

「そ、そんなとこお前が触るからだろ……うおっ」

「ほらほらー、ここがいいんですよねー? うりうりー」

「おま、そこは、おふっ、く、うあああっ!」

「ガマンしないで、声出しましょうよー、こ・ん・な・ふ・う・にぃっ!」

「ん。ぎいいいいいいいっ!」


そんなやりとりをする俺と卯衣の会話に、ミーナとリンゴが割って入ってくる。


「いいのー、カケル。我もやって欲しいのだ」

「うわー、カケル白目剥いてるんですけどー」


ソファでスポーツドリンクをちゅーちゅーしているミーナの、羨望の眼差し。

愛用のバイクを玄関でいじるリンゴの引き気味な視線。

ベッドの上でうつ伏せになった俺の上に、卯衣が馬乗りになっている。

腰のあたりに感じる卯衣の太ももが妙になまめかしい。

しかし、そんなシチュエーションを喜ぶことを嫌悪することもできず。

俺はベッドの上で痛みに仰け反りながら叫んだ。


「卯衣、これホントに体力回復に効くんだよね!?」

「もちろんですよー、ていていっ」

「ライフがじわじわ削られてる気がするんだけどっほお!?」


誤解されてはマズイので説明するが、俺たちはえろいことをしていたわけではない。

中国三千年の重みを詰め込んだ古式マッサージと、古武術を取り入れた体幹矯正。

通信講座でそれらの資格を取得した卯衣が、俺の体をケアしているだけだ。

明らかに読者を誤解させるための悪意がこもっているが、そんなことを気にしているほどの余裕が今の俺にはなかった。

滅茶苦茶痛い。

マッサージというより拷問効果の方が期待できる。

卯衣は引きこもりだから力はないと侮っていたが、それは間違いだった。

確かに力はない。推定握力は12キロ程度。


「ココですかー? ここがイイんですよねー?」

「やばい、外れる! 肩が外れるって!」

「やだー、カケルさんったら『理性のタガが外れる』だなんてー」

「調子いい聞き間違いしてるんじゃなーーうひゃあああっ!」


しかし、卯衣には知識がある。

どの筋肉をどう刺激すれば、最小の力で最大の結果を生み出せるか知っているのだ。

実際今も、左右の人差し指を二本で手玉に取られている。

半分は本当にマッサージ効果があるのだろうが、もう半分はわざと痛くしているとしか思えない。

深渡瀬卯衣とは、そういう人間なのだ。

やがて卯衣の手が体から離れ、身体中を駆け巡る電気ショックが収まった。


「はーい、これで終了ですー。もうパンツを履いていいですよー」

「はあっ……くあっ……履いてる、だろ……」


勝手に俺を全裸にするな。

ようやくツッコミを入れて、俺はベッドに上に深く沈み込んだ。

枕の柔らかさに脳がリラックスを始め、だんだんと生気が呼び戻ってくる。

ああ、生きているって素晴らすうぃーと。


「大変だったんですよー。優勝したはいいですけれど、すぐ気絶しちゃったんですからー。わたしがいなかったら危険でしたねー」

「そんなに……やばかったの、か……?」

「うむ、まず倒れ方からして普通ではなかったからのう」

「あたしは見てなかったけど、かなりムリしてたらしいじゃん」

「カケルはボロボロなのかの?」

「そりゃそうでしょ。あんたのために午前中出ずっぱりだったんだから」

「う、ううむ……」

「気に……すんな……。自分の意思で、やったこと、だ……」


みんなと話をしている間に、少しずつ記憶が戻ってきた。

俺は持久戦走で優勝をした。

その後ガッツポーズをしたところで、一旦記憶が途切れる。

そして、口の中に辛いやら苦いやら痛いやらの刺激を受けて目を覚ました。

効果は抜群だが味は全く考慮されていない卯衣特製の気付け薬で強制的に起こされた俺は、状況を理解する間も無く効果は抜群だがニオイのキツ過ぎるお香を嗅がされ、効果は抜群だが白目を剥いてしまうほど痛いマッサージを受けた。

そんな仕打ちに一時瀕死になっていた俺だが、筋肉や内臓の痛みは不思議と引いている。


「一応、ちゃんと効果はあるのな……」


卯衣が枕元に置いたビンを眺めながら、俺は呟いた。

本土から持ってきてくれた高級アロマらしい。他にもたくさんの種類を揃えているらしく、大きめのカバンの中にぎっしり詰まっているビンが何本も見えた。

今使っているのは回復効果の高いアロマ。容器からして高級感が漂っている。


「もちろんですー。アロマの資格も持っていますよー」

「へえ、珍しい資格だな」

「香油乙3類取扱免許を持つと、一級アロマー技師が名乗れるんですよー」

「癒されない言い方だな」


その言い方だと、ボイラーを思い浮かべてしまう。

体力の回復が始まると、だんだんと周りを見渡す余裕が出てきた。

最初は医務室的なところかと思ったのだが、家具が揃っているところを見るとどうも違うらしい。

どちらかといえばホテルの一室のようだ。

ベッドの上なので詳細まではわからないが、広さは20畳くらい。

トーキョーエリア支部のリビングに似ていなくもない。


「ここは? あと競技は?」

「うむ、今そのことを話そうと思っていたところなのだ」


ミーナが俺の伏しているベッドに腰掛け、現状を説明してくれた。


「まず結果から言えば、カケルのおかげで今トーキョーエリア支部は3位浮上したのだ。残り一競技を残して2位との差は1ポイント。ほぼ差はないと思ってもいいのう」

「その言い方だと……まだ最終種目は始まってない?」

「うむ。準備に時間がかかる競技らしいからの。今は各支部ごとに休憩室で待機しているところなのだ」

「俺としてはありがたい限りだけどな」

「体力回復が先決だったからの。元気になって良かったのだ」

「ま、いいこと半分、悪いこと半分ってとこね」


リンゴが話に割って入ってきた。

気になる含みがあって、俺は突っ込む。


「悪いこと半分?」

「そ。そもそも、なんで深渡瀬卯衣がカケルの回復を優先したかわかる?」

「それは……」


確かに。

午後の3種目中2種目はミーナが出ると決めていたはずだ。

次の種目はミーナが参加するから、俺が最終競技に出る予定はない。

そうであれば、俺のことは放置しておいてもいいはず。

わざわざ俺を完全に回復させるために労力と時間を割くなんて、卯衣らしくない。


「最後の種目はまだ不明なのだが、支部の代表四人で行われるらしいのだ」

「マジか!」


四人で行われる団体競技。

最終種目にするにはふさわしいが、俺たちにとっては凶報以外の何でもない。

内容が開示されていない以上、当然他の支部は体力のある元気な四人を代表選出するだろう。しかし、トーキョーエリア支部は人数ギリギリ。誰も休むことはできないし、非戦闘員の卯衣だって参加せざるを得ない。

最低参加人数で登録してしまった弱みが、決勝を目前に立ちはだかる。


「カケルさんにはもう一仕事して貰わないといけませんねー」

「……ちょっと外の空気吸ってくる」

「大丈夫ですかー? 予選みたいにいつ始まるかわからないですよー?」

「すぐそこにいるよ。新鮮な空気を吸いたいだけだ」


まだ足元がふらつくが、ようやく立っているというほど体は辛くない。

本調子には程遠いが、このままだと人並みに活躍はできそうだ。

団体競技なのでまた勝手が違うのだろう。今のうちに心をリフレッシュさせておきたい。

そう思いながらリンゴのバイクを避けてドアノブに手をかけてーー


ガチャガチャ


「……開かないぞ?」


ドアノブは空回りするみたいに、ただ音を立てるだけ。

まったく手ごたえがない。

卯衣も近づいてきて、ドアノブを確かめる。

開かない。


「おかしいですねー。さっきまで開いたはずなんですけれどー」

「我が殴ってみようかの?」

「そっちの方が手っ取り早いな、頼む」


後で怒られるかもしれないが、一応扉が壊れたのは主催側にも非があるだろうと言い訳する。

ミーナが拳をタオルでくるんでドアノブめがけて右ストレートをーー


「う、ううむ?」


突然謎の言葉を発してこちらを振り向くミーナ。

どうした、と声をかける寸前異変に気付く。

目つきが普通ではない。


「おい、ミーナ……?」


心配になって肩に触れた瞬間。

ばたり、と。

膝から腱が抜けたみたいにしてミーナの細い体が、床に崩れ落ちた。


「お、おい! ミーナ! しっかりしーー」

「カケルさん、しっ!」


屈み込んでミーナの肩を揺する俺の口を、卯衣が塞ぐ。

なにをするんだとその手を払いのけようとすると、卯衣はハンカチを自分の顔に当てて真剣な目つきで部屋の中を見回していた。

ただならぬ雰囲気を感じて、俺はリンゴに目配せ。敏感にサインを感じ取って、リンゴは服の袖を口に当てた。

卯衣の反応を見る限り、毒ガスか?

しかしミーナは苦しそうな表情をしていない。むしろ、ぐっすり眠っている時がそうであるように、口の端からよだれを垂らしていた。

まさかと思って卯衣に視線で訴えると、卯衣の手持ちタブレットに文字が打ち込まれる。


(ニオイからしてクロロホルムですー)


二時間ドラマでよく聞く睡眠薬の名前。

誰が、何のために? そう考えるも思考が回らなくなってきた。

なんだか足元がフラフラする。

ほんのり甘い香りが視界をぼやけさせる。

俺にも効果が出てきたのだ。

部屋中に回るのは時間の問題か。

そう思っていると、卯衣がアロマの入った鞄の前に行く。

テキパキと何種類かのビンの中身を混ぜ始めた。

何をしているんだ、と聞く間もなく作業は終わったらしい。


(すっごくクサイですけれど、ガマンしてくださいねー)


俺とリンゴにそれを見せるや否や。

卯衣は液体の入ったガラスビンを床に叩きつけた!

かん高い破壊音。

途端に、狭くはないこの部屋に刺激臭が充満した。


「ごほっ、く、くさっ!」

「ちょ、な、なにすんのよっ!」


鼻が曲がるを通り越して、粘膜全体を攻撃するかのような刺激臭。

化学の授業でも嗅いだことのないような未体験の感覚に、むせ返ってしまう。

卯衣の割ったビンの端に「覚醒効果」という文字を見つけた。匂いを嗅いだ瞬間に頭がすっとした感覚があったが、どうやらただクサいだけのアロマではないらしい。

卯衣は眉ひとつ動かさずミーナが座っていたソファに近づき、何かを探す。

ソファを指差して、俺をちょいちょいと手まねきした。

察してソファをどかすと、そこにはホースのような物が隠れていた。

目には見えないが、そこから得体の知れない物が流れ込んでいるのだろう。

卯衣は口にしていたハンカチや備え付けのタオルを水で濡らして、そのホースに詰め込んだ。隙間なく埋まったところで、卯衣は一仕事終えた職人のような晴れやかな顔で俺たちに向き直る。


「ふー、なんとか間に合いましたねー」

「お前何者だよ」

「薬品取扱系の資格はコンプリートしていますのでー」

「一級アロマー技師か」

「のんのん、世界に20人しかいない特級技師ですよー」


薬品をハンカチに染み込ませて、寝ているミーナに嗅がせる卯衣。

瞬間、ミーナが跳ね起きた。


「はっ! ら、RI◯APだけはならぬ!」

「どんな夢を見てたんだよ……」

「う、うむぅ……カケルがゴリマッチョで黒くなる悪夢だったのだ……」

「結果にコミットしてる!」


既にまあまあマッチョなのだが。

あんまりゴリゴリに鍛えすぎるとミーナに嫌われるらしい。気をつけよう。


「しかし、わざわざ案内された部屋でこんなことが起きてるってことは……」

「察するに、どの部屋でも同じことが起きているんでしょうねー」

「ずいぶんハデな演出だのう、まったく」


アロマの効果で強制的に起こされたせいであまり寝覚めがよくないらしく、ミーナは不機嫌そうに腕を組んだ。

さてこれから一体何が起こるのかと考えていると……

最初に異変に気付いたのはリンゴだった。


「ちょっと。この部屋、動いてる!」

「ぐらぐらしていますねー」

「うむ、言われてみれば」


恐らくクロロホルムをモロに嗅がされればわからないだろう、ゆっくりした揺れ。

クレーンか何かで部屋ごと持ち上げられているのか。

どんな方法で動いているのかは、中の俺たちには想像しかできない。

しかし、卯衣はすでにピンときているようで。


「だいたい予想ついてますー。ふんふふんふふんふんふんふーん♪」


俺たちはどこかへ運ばれていると、ドナドナを口ずさんで教えてくれた。


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