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第32話 デリバリーアームレスリングで届ける



デリバリスト競技会本戦、午後の部が始まった。

なぜか12種目中9種目が午前中に詰め込まれていたので、午後は3競技しか残っていない。

アンバランスだが、競技時間が押すことを考えると仕方ないことだと思った。

ところで、勝負も後半となると各支部の状況もそれぞれである。

例えば、点差が離れすぎてもう決勝出場が絶望的な支部。

これからの仕事に活かせる点を探そうと、周囲のデリバリストたちをじっと観察しているらしい。きっとそうやって支部は伸びていくのだろう。全体の総意として、明後日からの仕事に差し支えないようケガだけは避けようと決めているようだった。

例えば、決勝進出が決まっている支部。というかオーサカエリア支部。

紅陽さんは主催側に「午後からの競技は不参加」と伝えてあるらしく、他の支部を世話する人間以外は明日に備えて解散したようだ。わざわざ消化試合に付き合う義理もないと判断したのだろう。徹底して効率を追求する紅陽さんらしいやり方だ。

そして、残された決勝進出の一枠を狙う上位の支部。

その枠は俺たちを含む、中間発表2位から4位の支部に絞られた。

カゴシマエリア、アイチエリア、トーキョーエリア。

点差はわずかで、ほとんどないのも同じ。

この3支部は今……とっても殺伐とした空気が流れている。

俺たちは別として、主力にケガさせてでも決勝に進出する! くらいの覇気があった。


「……………………」

「カケルさんー。どうしちゃったんですか、そんなにピロピロして」

「ピリピリだよ!」


わざと言い間違えるお前のせいで、余計ピリピリしてきたよ。

まあ、卯衣が話しかける前からピリピリしていたことに間違いはないが。

そう思いながら「考える人」のポーズで不安要素を心の中で打ち明けた。

まず、俺の体力。

午前中でかなり消耗してしまった。日頃から鍛えているからまあまあ行けるんじゃないかと思っていただけに、現実が辛く肩にのしかかる。

午後のトップはミーナが出る申し出てくれたが、それでも午後の競技すべてに出てくれるわけではない。温存していたとはいえ、やはりミーナが本気で戦えるのは多くて2競技だ。

つまり、次の競技が俺の出られる最後。

その競技中、確実にやってくるであろう「失速」を想像するだけで気が滅入ってしまう。

そして、もう一つの不安要素。

オーサカエリア支部の陽千夜(ヤオチーユア)という存在。

皮算用承知の上で言わせていただくと、決勝競技の宅配闘技(デリバリーコンバット)の勝利条件は相手より先に二勝することだ。

つまり、三回勝負。

紅陽さん・千島・ヤオ。この三人から二勝しなければならない。

ヤオがいなければまだ希望はあった。

俺が勝ち、ミーナが紅陽さんを倒す。これで二勝。

しかし、もし俺とヤオが当たったら……正直、勝てる気がしない。


「ニガテ意識を埋め込まれちまったな……」


痛む首の裏をさすりながら、俺はヤオとの一悶着を思い出した。



★★★★★★★★★★



昼休み後半に入ろうとしていた時のこと。

千島が指笛を吹いてすぐに『彼』はやって来た。

陽千夜(ヤオチーユア)。台湾出身。身長2m30㎝。

こいつが俺の目の前に立った時、俺は熊と対峙しているような気分になった。

俺だって身長は低くない。むしろ高身長に入る部類だ。

最近なかなか見下げられるという経験をしたことがなかったが……。

見下げられるを通り越して、見下ろされている感覚。

それほどまでに、彼は巨体だった。

不気味なほどに伸びた四肢と、無骨なまでに盛り上がった筋肉。だからといって動きがノロそうには見えない。体の軸がその巨体を完璧にコントロールしている雰囲気を感じる。まるで現役のNBA選手だ。無駄のない体躯の千島とは正反対の、自己主張の激しい強さ。

近づくだけで畏怖の念すら覚えてしまうほど。

落下してくる100kgの物体をキャッチした。

そう言われても納得できる。

しかし、いくら相手が巨人だとはいえ……

俺は人を小馬鹿にしたようなヤオの態度にかなりイラついていた。


「同じアジア人だと思えないネェー。ちっちゃっちいアルー」

「…………お前がデカすぎるだけだろ」

「ふン?」


特にミーナを念頭に置いた発言だと思ったので、間に入ってヤオを睨む。

好戦的な性格なのだろうか、ヤオは目をそらすことなく俺を正面から睨み返してきた。


「なんだヨォー、人を発育過多みたいにいいやがっテェー」

「そう言ったんだよ、省エネも知らねえ低燃費ガイジン。時代はエコなんだ」


瞬間、ヤオの目が妖しく光った。

俺の頭よりはるかに高い位置で指をボキボキ鳴らして、威嚇してくる。


「ココって謙虚な国じゃないノ? 弱いヤツは弱いヤツらしく弱っちくしとくアル」

「弱い弱いしか言えないのかよ、語彙が貧弱だな。ニッポン語勉強してから来いよ」

「あアン? ずいぶん威勢がいいネェー」


思った通り、沸点が低い。


「じゃア、その低燃費ガイジンにケンカを売ったコト、後悔させてヤル!」


ぬうっと、腕がホラーアニメみたいに上に伸びる。

不気味なほどに長い四肢。

こりゃ攻撃範囲相当広いなと思って身構える。

突然のゴングは予想していた。

俺はすぐ防御体勢に入ってヤオの腕が振り下ろされるのを待つ。

右か、左か。どっちにしろ避けられないなら受け止めていなすだけなのだがーー

瞬間ーーヤオの腕が消えた。


「は!? ってぐうっ!」


瞬間、背中にトラックが追突してきたような衝撃。

反射的に後方に目をやって、ようやくその正体に気づく。

不気味なほどに長い、ヤオの腕。

俺の頭を大回りして後ろからぶつけても、まだ余りある。

そのままヤオはネコでも持ち上げるように、俺の襟を掴む。

そして……いとも簡単に、俺を片手で持ち上げた。

子供の頃以来長らく経験していなかった、他人に持ち上げられる浮遊感。

遊園地のアトラクションのように空中ブンブン振り回される。

ヤオは面白がっているようだが、されている方はたまったもんじゃない。


「ぐ、うっそだろ、おい……」

「なんか言っタァー? 聞こえないんですケドォ!」


激しく振り回され平衡感覚がなくなったところで、襟首を掴む手の力が一層強くなる。

そして、大きめのテイクバック。

一瞬の間を空けて、俺は乱暴に投げられた。

子供が飽きたオモチャを放り投げるかのような、残忍な遊び。

放り出された俺は、力のベクトルが向かうまま近くの壁にどんどん近づいていく。

受け身を取れるような平衡感覚はない。まして向かう先は壁。衝撃を殺せる要素なんてどこにもないのだ。

硬い壁に叩きつけられる、その恐怖が背中を寒くしてーー


「かける!」


壁の硬さを全身で感じる前に、柔らかい手の感触。

溺れる者は藁をも掴むの定理で俺もその腕を掴み、助けを求めるように握った。

ぐいっと引っ張られて壁に向かう勢いが少し弱まる。

そのまま謎の腕は俺を抱きかかえるようにキャッチ。壁ギリギリで勢いを完全にゼロにし、当然のように壁を三歩ほど歩いて音もなく着地した。

しばらく何が起きたのか自分でも理解できなかったが、やがて謎の人物の顔にかかるマフラーに見覚えがあって、俺は声を上げた。


「千島……」

「間一髪逆お姫様だっこの術」

「ネーミングセンスの酷さは置いといて……サンキュ」


千島はまだフラフラする俺を地面に横たえ、糾弾するかのように厳しい目つきでヤオを振り返った。


「やお。貴様何をやっている」

「ナニって、ちしまっちゃん。ボクはこいつに身の程を知らせたダケダヨォー」

「閉口! 荒っぽいことを仕事外でするのは禁じられているはずだ。先日まで謹慎を命じられていたのを忘れたか!? これはぼすに報告せざるを得ないぞ」

「ニホンゴワカラナイー」


そう言って肩をすくめながら、ヤオは逃げるようにしてその場を離れた。背が高いからどこに行っても目立つのだが、やがてその頭頂も景色に紛れて見えなくなる。

やがて千島は暴れん坊の子供をしかった後の親みたいに、残念のため息をついた。


「すまない、かける。やおが失礼した」

「い、いや……まあ。お前の謝ることじゃないだろ」

「カケルー! 大丈夫だったかのー!」

「む。お迎えだ」


ミーナたちが駆け寄ってくるのを見て、千島は先を急ぐように早口で俺に告げる。


「かける、一つ助言だ。やおには近づくな。次は半殺しにされる」

「そんなに危ない奴なのか」

「ぼすとわたし以外、やおには指図できない」


ヤオの目つきを思い出して、あり得ない話ではないなと思う。

自分以外のすべてに怒っているような、狂気と怒気を秘めた目。

夢に出てきそうだな……マジで。


「それと、もう一つだけ言わせて欲しい」

「なんだよ?」

「これは友達としてお願いだ」


千島は俺の耳に口を寄せた。

また耳たぶを齧られるのかと身構えたが、そういう雰囲気ではない。

周りの人間に、特にトーキョーエリア支部のデリバリストに聞かれないような小声で。

感情の起伏が小さい千島には珍しく、弱い者を気遣うような声色で。


「かける、手を抜け。このまま決勝に行ったって何もいいことはない」


千島の言葉は、ヤオに投げ飛ばされた以上に俺の胸に深く突き刺さっている。



★★★★★★★★★★



「千島や卯衣が可愛く見えるほど、ヤバいヤツだったな……」


ていうか俺、あいつ嫌い。

「外人帰れ! ここはニッポンなんだよ!」と鎖国的な感情は持っていないけれど、なんだろう、このアジア圏男子特有の人を見下したような態度が気に食わないのだ。

そう考えを巡らせて、千島の言葉を頭の中から振り切る。

しかし、一度頭の中に広がったネガティヴな霧はそう簡単に晴れない。

俺はまだ……弱いのか。

敵に気遣われるなんて、よっぽどだ。

千島は俺のことを気遣って言ってくれたんだろうが……精神的ダメージがでかい。

確信犯で俺を無効化させようとしているなら、敵ながらあっぱれである。

そんな消極的な考えをしばらく忘れさせてくれたのは、やはりミーナだった。


『デリバリーアームレスリング、決勝! 進出したのは上位入賞を目指すアイチエリアとトーキョーエリアの二人! なんと、前半息を潜めていた伝説のデリバリスト、秋月美奈選手だ!』


放送が入り、俺は観客席から目を凝らす。

お世辞にも近いとは言えない距離ではあるが、見慣れたちっこいフォルムにトレードマークの帽子がミーナを判別させた。

卯衣はブルートゥースでなにやらミーナに指示を出している。俺も生の声を聞きたくて通信をつなげてみた。


『ミーナ、アームレスリングは先手必勝ですー。最初の一秒が勝負ですから、間違っても手を抜こうなんて思っちゃダメですよー』

『うむ、わかっておる。コンマ5秒以内で倒してみせるのだ』

『開始と同時に手首に力を入れて、肘を引くようにすると倒しやすいですからねー』


ミーナの参加している競技は、デリバリーアームレスリング。デリバリーと名がついてはいるものの、要はただの腕相撲のトーナメントだ。参加者の質が世界選手権並みというだけであって。実際オーサカエリア支部を除く15支部から屈強な男たちが挑んでいる。

そんな中、トーナメント戦を勝ち上がってきたのは、ひときわ小さい体躯の10代の少女。

我らが支部長、ミーナだ。

午前中に戦闘本能をたっぷりセーブしていただけあって、まるで鬱憤を晴らすように破竹の勢いで決勝に進出。

最初から名の知れたデリバリストとして注目はされていたが、決勝はその比じゃない。

名前が呼ばれただけでこの騒ぎようだ。


「ミーナ、調子は?」

『うむ、カケル。すこぶる良いのだ。カケルが午前中頑張ってくれたおかげだのう』

「いや、俺は何も……」

『謙遜せずともよい。むしろ誇ってほしいくらいなのだ』

「そっか……。まあ、俺は卯衣みたいなアドバイスはできないけど、頑張れ」

『うむ、カケルのために一瞬で決めてくるのだ』

『えー、二人ともわたしのこと無視してイチャイチャしないでくださいよー』

『もちろん、ういちょんのためにもチャンピオンベルトを獲ってくるのだ』

「この競技だけなんか豪華だな……」


ベルトあんのか。

まあおっさん達が好きそうなノリではあるが。


『それでは間も無く、決勝のスタートです! 赤コーナー、アイチエリア支部より鎌瀬狗(かませいぬ)!』

「……作者、10秒で考えた名前使うのやめろよ」


名前からして噛ませ犬にするつもりか。

俺以外誰もツッコミを入れることなく、ミーナと鎌瀬がリング中央にセット。

鎌瀬は身長180くらいの男だから、体格的には俺と似ている。ミーナとは腕の長さからして違うので、かなり組みにくそうだ。ミーナが戦いを有利に進めてきた一つの要因なのかもしれない。

一方のミーナは軽く組んで、見るからにリラックスしている。

目を閉じ、息を吐きながら脱力。

さすがは百戦錬磨。この大舞台と注目の中でも、完全に集中し切っている。

俺も卯衣もまったく心配していない。

そんな中、組手も終わってレフェリーが二人の手を中央に置いた。

ミーナのビックリするほど細い腕と、鎌瀬の丸太のような腕。

この光景を一目見て、この場の全員が「勝敗は決したも同然だ」と思っただろう。

ミーナのことを何も知らない人もそう思ったし。

ミーナのことをよく知っている人も同じことを思った。

ただしこの場合、同じ「未来」を描いているとは限らないが。


『レディー、ゴーッ!』


声が聞こえた瞬間、ミーナは鬼すら恐れる力の化身となった。

山脈のように凹凸の激しい鎌瀬の腕が、一秒を数えぬ間に傾く。


バンッ!

バキッ!


静まり変えった会場に、2つのシンプルな音が響く。

何が起きたか理解できない、といった様子で静まり返る観客。

俺と卯衣すら、息をすることも忘れてしまった。

ミーナのことを良く知る俺たちにも想像できなかった、予想外すぎる予想外。

それでも。

言葉を失ったとしても、讃えることだけは忘れなかった。

息を忘れたとしても、誇ることだけは忘れなかった。

見るものは、信じろ。

不吉な音を聞いたものは、畏怖しろ。

伝説はまだ続いていると……思い知れ。

これが俺たちの支部長、秋月美奈。


「ふむ、やりすぎてしまったのう」


小首を傾げながら、根元から折れた腕相撲の台を左腕に掲げる。

力自慢のデリバリストたちの攻防を受け止めてきた金属製の台は、猛獣に引き裂かれた麻布のように真っ二つになっていた。

ぽりぽりと気まずそうに頬をかくミーナ。

その仕草と成し遂げた偉業がミスマッチすぎて誰も何も言えぬまま、10秒。


『う、うおおおおおおおおおおおおおっ!』


会場は今更思い出したかのように、一瞬で大歓声に包まれた。



デリバリストに一問一答


Q.本当に噛ませ犬になってしまった鎌瀬さんはその後どうなりましたか?

A.右腕粉砕骨折後、田舎に帰ってお見合いをして婿養子になりました。


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