第31話 中間発表で届ける
「んんー、ん、ん、んんうっ!」
「助けて欲しいのはわかったから、とりあえず大人しくしてくれ」
わざとらしい艶のある声を無視しつつ、俺は千島の両腕を吊っている縄に宅配七つ道具のカッターを当てる。
俺の中ではしばらく放置プレイをしてやるのも選択肢の一つだったのだが、後々になって良心が痛みそうだったからやめた。
何回か刃先に力を入れたところで縄は切れる。
手首、肘、二の腕と過剰に巻かれた縄を順に切り、猿ぐつわを外してやる。
瞬間、千島の口から長いため息が漏れた。
限界がきたのか、千島が足元からガクッと崩れる。
「うおっと。大丈夫か?」
「う、はあっ……ああっ……。危うく往生するところだった……」
「天然のお前でもさすがにボケる余裕なしか」
倒れこみそうな体に肩を貸して、近くの段差に座らせる。
誰にされたかなんて尋ねるまでもない。
大方、部下の暴走に大激怒したオーサカ支部支部長の仕業だろう。
「その通り。君との勝負でお預けを食らった後、またここでもお預けだ……」
「お仕置きと快楽の境目については深く突っ込まねえよ」
突っ込みたくないよ。
しかし、珍しく千島はムッとしてような表情で俺に食ってかかってきた。
「私は断じて変態ではない。その証拠に、気持ちよかったのは一時だけだった」
「どの時点だろうが、吊られていることに悦びを見出す時点で普通じゃねえよ」
「ふっ。ぼすの愛を感じられる、楽ではなかったが有意義な時間だった」
「ウザヘンタイポジティブだな」
千島を描写する言葉が、造語以外に見つからない。
ていうか、拘束が外れた途端に元気を取り戻しやがった。
こいつはちょっと縛られてるくらいが一番扱いやすい。
しまったな、やっぱり放置しとけばよかった。
「しかし、見つかったのがかけるで良かった」
「何で?」
「男に見つかったら淫らな拷問は不可避だと半ば諦めていた」
「まあ……。リビドーを持て余しているヤツだったら危なかったな」
「見つけてくれてかたじけない」
「黙っていれば」の但し書きが付くものの、千島は整った顔立ちの和風美人だ。人気のない場所で縛られているのを見つかれば、ヒマを持て余している輩に襲われる可能性は十分にある。
それに参加デリバリストはほとんどが良識的人物だとはいえ、ルールに縛られない無法者だっていないではないらしい。
確かに、知り合いでなければ危なかったかもしれないな。
そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。
「ていうかお前、ずっとここに?」
「無論」
「じゃあ競技には……」
「勿論、100めーとる超自由形だけだ」
「大丈夫なのか? お前んとこの支部、支部長も参加してなかったってウワサだけど」
「心配はいらない。私とぼすを欠いたとしても、おーさかえりあは強い」
「まあ、確かにそうだが……」
実際、どの競技でも上位にオーサカエリア支部の名を見かけた。
俺の優勝した100m超自由形と卯衣の出たデリバリーラン&クイズ以外では、オーサカエリア支部が各競技一位をほぼ独占していたらしい。
悔しいことではあるが、トーキョーエリアも大幅に点差をつけられているはずだ。
「それに気持ちにムラはあるが彼だっている。私などずっとここで縛られていてもいいくらいだ」
「彼……?」
「現在おーさかえりあ支部の在籍でりばりすとは50人を優に超えている。皆、厳しい入社試験でふるいにかけられた優秀な配達員だ。しかしその中で……。ぼすが直々にすかうとに出向かれ、下積みなし、試験なし、研修なしで入社を決めた人間が、たった一人いる」
「それがその『彼』か」
「その通り。彼の武勇は嫌でも伝わることになる。中間発表を楽しみにするといい」
「そういえばそろそろ中間発表とか言ってたか……」
と、千島が開示した情報を一通り飲み込んだところで。
ポケットの中でスマホが震えた。
電源は切っていたハズなのだが……
「遠隔操作してきやがった。すまん、すぐ切る」
「構わない、吉報だといいな」
「そうか? じゃあ……」
なぜか着信画面が卯衣のキメ顔写真になっていたのに怒りを覚えつつ、俺は電話をつなげた。
「なに遠隔操作で人のスマホの着信画面を変更してんだよ」
さらっと技術力を見せつけるんじゃねえよ。
と、続けようとしたが、二の句が継げなかった。
『カケルさん、カケルさんー! ラブオイル売ってないで戻ってきてくださいよー!』
「売るのは油だからな。緊急時にいかがわしい単語出すなよ」
『それくらい動転してるってことですー! いいから早く帰ってきてくださいー!』
これ以上電話口で何を言っても無駄と思ったのか、卯衣は珍しくすぐに電話を切った。
確かに緊急連絡らしい。
いつもなら切る前にエロ小噺を挟む卯衣だが、それがなかった。
いや、ないならないで良いんだけどさ。
「じゃ、俺急用ができたから」
「私もついて行こう」
「何でだよ」
「まだぼすはお怒りが収まっていないだろうし、同僚に顔を合わせて怪訝な顔をされるのも気が進まない。とどのつまり、私の居場所は君の隣だけだ」
「迷惑だ!」
「それでは、参ろうか」
「話を聞けよ!」
「ああ、そういえば先ほどポニーテールの芸能人がここを通ったが……」
「AE◯Nの人ホントに来てるのな!」
言いながら、裏道を知っているらしい千島に連れられて会場に向かう。
だんだんと騒がしさが増してくる中、観客席中央に人が集まっているのが見えた。
獲得点数の中間発表が貼り出されているらしい。
「あ、カケルさんー!」
「カケル、どこに行っておったのだ?」
「カケル、おっそいわーー変態忍者もいるし……」
「やあこんにちは、巨乳いびられ嫁」
「見てたの!?」
「聞こえてきた声を暗記していいように想像していただけだ」
「十分よ!」
相性の悪い二人を放っておいて、俺はミーナと卯衣に声をかける。
「で、慌ててどうしたんだよ?」
「……中間発表を見るのだ」
いつになく気難しい顔をしているミーナに促されて、俺は掲示された表を眺めた。
そんなに結果が振るわなかったのか?
第4位 トーキョーエリア支部 65ポイント
「なんだ、結構いい位置じゃないか」
2位のカゴシマエリアが70ポイントだから、点差は5しかない。
午後からの競技で逆転は十分可能だ。十分決勝進出を狙える圏内。
むしろ、ミーナ抜きでこの結果なら喜ぶべきなんじゃないか?
しかしミーナはかぶりを振って、深刻そうに掲示板の頂点を指差した。
「そこではない。カケル、1位を見るのだ」
「1位って……まあオーサカエリアだっていうのはなんとなくわかーー」
ミーナの細い指が示す位置の数字を脳が理解して。
目を、疑った。
第1位 : オーサカエリア支部 158ポイント
「得点……伸びすぎだろ……」
あり得ない。
二位のカゴシマエリアとダブルスコア。
文字通り、桁が違う。
午後からの競技は3つだけ。一競技につき優勝点が20としても逆転不可能だ。
つまり、この瞬間からオーサカエリア支部の決勝出場は決まったも同然。
こんなに点が取れる競技があったかと思って……。
たった一つ、最悪の仮説が頭をよぎった。
「まさか、デリバリーキャッチで……?」
「いろいろな可能性を考慮した結果、そうとしか考えられないんですよねー」
絶対に認めたくないけれど認めざるを得ない、といった深刻な表情で卯衣が解説してくれる。
「デリバリーキャッチで100kgの鉄を成功させた人が、オーサカエリアにいるらしいですー」
「リンゴ、知ってたのか?」
「知らないわよ。あたしだって綿から抜け出すのに精一杯だったんだから」
「「「「ちっ」」」」
「全員舌打ち!? 変態忍者まで!?」
「なんつー怪力だ」
「わたしだったら全部折れちゃいますよー」
「さすがに我でも挑戦したいとは思えぬ……」
「無視!? あたしの味方はゼロ!?」
100kgというのはあくまで、重量計に乗せた時の重さだ。
上から落ちてきた100kgの物体が、キャッチするときには何kgになっているかなんて想像もしたくない。
ミーナすら自信なさげだ。
瞬間、千島の言葉が頭をよぎった。
『彼の武勇は嫌でも伝わることになる』
「こういうことかよ、千島……」
「やれやれ『彼』も派手にやってくれたようだ。逆に肩身がせまい」
「カケルさん、千島さん、何か知っているんですかー?」
「知っているもなにも」
千島は大きく天を仰いで深くため息をついた。
「私の仕事上の相棒がやったことだろう。性格にむらがあって私はあまり気に入らないが、仕事はできる人間だ」
そう言った後、千島は指で丸を作って唇に当てる。
まるで牧羊犬でも呼ぶみたいな指笛が、小春日和の空に響いた。
瞬間。
どしん、と。
まるで地震でも起きたかのように、地面が揺れた。
「ナンダヨー、せっかくダラダラしてたのニィー」
卯衣以上に間延びした声が頭上から降ってきた。
遠くから響いているからだろう、その声はうおんうおんと反響しながら俺たちの耳に届く。
そしてその声に続いて、地響きはどんどん振幅を大きくしていく。
まるで、震源地が俺たちに近づいているかのように。
そしてぴたりとその音が止んだ瞬間。
ぬうっ、と。
まるでダイダラボッチが出たみたいに。
その人物は顔を出した。
「ちしまっちゃん、人使い荒いアルゥー」
「黙殺。私の友達の前だ。背筋くらい伸ばせ」
声が卯衣以上に間延びしているのは、体全体で反響しているからなのか。
「紹介しよう、とーきょーえりあ。彼が私の仕事上の相棒だ。教育の行き届いていないところがあるが、寛容に扱ってやってほしい」
雪山で見たらビッグフットと間違えられそうな。
城壁の前で見たら巨人と見間違えそうな。
「オーサカエリア支部の陽千夜でェスー」
身の丈2メートルを余裕で超える大男の姿が、あった。
デリバリストに一問一答。
Q.卯衣が電話口で挟むというエロ小噺を一つ聞かせてください。
A.『夕方突然降る雨を「夕立ち」って言いますよねー? じゃあ朝に突然降る雨はなんて言うかわかりますかー? さあカケルさん、答えがわかったら大きな声でどうぞー! え、わからないですかー? つまんないですー。正解は、あ、さ、だ、ーーブチッ!』
カケル「切ってやったわ!」




