表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/71

第27話 超自由に届ける



競技者入場入り口。

白と赤の派手なポール二本が目印のその場所で、俺は軽くアキレス腱を伸ばしていた。

あまり周りは気にしないようにしようと思いながらも、やっぱり気になってしまう。

横目でチラッと周りのデリバリストたちを眺めた。

各支部から代表1人。合計16人。

やはり、見るからに俊敏そうな人ばかりだ。見る人見る人、ゴリゴリのアスリート体系ばかり。卯衣に見せたら「三角筋から上腕までの筋の張り方がスゴイですー。きゃーっ♪」と興奮しそうなボディのデリバリストばかりである。

俺も負けているとは思わないが、不安な気持ちもある。


「卯衣、どこにいる?」

『観客席からカケルさんを見てますよー、カタカタ』

「そうか。何気づいたことがあったら頼む」

『了解ですー』


おそらく、卯衣の出場できる種目はない。

だから卯衣の役割は、通信機器の使用が許可されている種目のサポートだ。今は俺の様子を見守ってくれている。

一人だけ楽をしてずるい、とは思わない。

むしろ、今一番忙しいのは卯衣だ。

宅配闘技(デリバリーコンバット)の資料は昨晩渡してある。その戦略を練りながらも、俺たちの競技をサポートしているのだ。

仕事でも見せたことのないような真剣な表情で「カタカタ」言っている。


「肉体的にはともかく、知略的には卯衣が一番働いてるな。……おっ」


そうしているうちに、100m超自由形の予選第一グループが招集された。

ちなみに俺は第二グループなので見学。

予選を通過した名だたるデリバリストたちが、グラウンドの中央へ向かう。

そこに白線で描かれているのは直径5mくらいの円、スタートサークル。

グループの8人が内側の円に入ったところで、ゴールテープがグラウンドを囲むように張られた。

スタートサークルと、ゴールテープの外円が大きな二重丸を造る。

何が起きるのか想像するのは難しくないだろう。

各走者は、合図と共にスタートサークルからスタート。そしてゴールテープをより早く切った人間の勝ち、ということだ。

それだけならただの100m走と大した違いはない。

しかし、二つの点が全く異なる。

まず、スタート・ゴールの位置が自由。

スタートサークルの内側であればどこからでもスタートできるし、ゴールテープを切りさえすれば、外円のどこをゴールにしても構わない。自由形、と呼ばれる所以の一つである。

そしてもう一つ。

フライング以外の反則、なし。

自由形と呼ばれる最大の理由である。

それが何を意味するかというのは、実際に競技を見た方が早いだろう。


『位置について、よーい、バンッ!』


運動会でお馴染みのピストルが音を立てたその瞬間に。


「くそ、どけっ!」

「やりやがったな!」

「ぐほっ、がぼおっ!」

「バカ、引っ張るな!」


殴り合いになる。

スタートサークルから1メートルもしないところで、三、四人のデリバリストたちが戦いをヒートアップさせていた。

激しい。とにかく激しい。

酔っ払いや痴話喧嘩の殴り合いとはワケが違うのだ。全員が体を鍛え上げた支部自慢のエース級。荒っぽい配送を何度も経験した末、ケンカ慣れもするだろう。

普通の短距離走なら、文句無しの全員失格である。

しかしこれは100m超自由形。

乱闘上等! 超! 自由! 形!

こんな乱闘、余裕でルールの範囲内だ。

しかし。

先ほど卯衣に指摘されたことだが、気をつけるべき点がある。

それは。


「騒がしいぞ、手前ら」


そんな言葉と共に、漆黒の影がグラウンドを駆けた。

乱闘騒ぎの脇をすり抜け、ゴールへ一直線。

なおも乱闘を続けるデリバリストたちを呆れ顔で流し見ながら、千島は手にしたクナイを振り上げるようにしてテープを切った。


『予選第一グループ、一位通過はオーサカエリア支部! 残るは一枠です!』


そのアナウンスにハッとしたように乱闘組がゴールテープに向かって駆け出す。

しかし今更走ったって後の祭り。

冷静に乱闘騒ぎを避けた他の支部が既に2位通過を果たしたところだった。


「『目的を見失ったらダメですよー』か。まさにそんなレースだな」


競技の勝利条件は、誰より速くゴールすること。

たとえ自分以外の選手を全員倒したとしても、ゴールテープまでたどり着けなければ勝利とはならない。

戦闘はあくまで手段。目的と手段が入れ替われば、当然結果は出ない。

つまり乱闘が大きくなった今回、千島は最善策を取ったことになる。

この瞬発力が物言う競技で周囲を観察できる冷静さ。

やはり、千島もタダモノではない。


『それでは、予選第二グループ入場です!』


そんなアナウンスが流れて、俺たち第二グループはスタートサークルに向かった。

直径5メートルの円にデリバリストが8人。

窮屈とまではいかないが、手を伸ばせばすぐに届く距離だ。

スタート直後にどれだけ戦闘に巻き込まれないかがカギである。


『カケルさーん、ちょっとお耳に入れたいことがー』


卯衣からの通信を耳に入れつつ、最終アップを始める。

あくまで冷静に。

クラウチングスタートの姿勢を取ろうと思ったら、全員スタンディングスタートだった。

それもそうか。クラウチングは後方が無防備過ぎるもんな。

慌てて立ち上がり、改めてスタート位置に着いた。

東向き、まだ高く上がりきっていない太陽に向かう。

俺を含む第二グループの全員は、それぞれ違う方向へ、外側を向いてスタートの姿勢。

学校での短距離走よりも余分に脚に力を溜めて、スタートを待った。


『take your mark』

「急に英語!?」

『いや、せっかくだからカッコつけたいじゃないですか』

「司会だろ!? 裏方に徹する気はないのか!」

『たまには司会だって目立ちたいんだよ!』

「逆ギレかよ! あと何で俺と会話してんだよ!」

『あー、あいつマジうっせー。とっとと始めよ。はい、よーいばん』

「投げやりだああああああああっ!」


無気力な音でも、スタートの合図に違いはない。

選手全員が一瞬の遅れと共にスタートサークルを出た。

……瞬間、俺の後方で物騒な声が聞こえた。


「「「「覚悟しろ、トーキョーエリア!」」」」


振り向けば、そこには俺の方へ駆け出す四人のデリバリストたち。

とてもじゃないが、一直線にゴールを目指す目つきではない。

とにかく俺を蹴落とす。あわよくば怪我をさせて戦力を落とす。

そんなゲスい意図が伝わってくる、鈍い目の輝きがあった。

しかし、騒ぐ必要はない。

なぜなら……


「全部筒抜けなんだよ!」


第一歩を大きくとって、後方からの攻撃をかわす。

そして余分に溜めたパワーを全身のバネに変換した。

競技会参加を決めてから、散々鍛えたフィジカル。

荷物無しでもある程度戦えるよう、イジメ抜いた運動神経。

ただの高校生とはワケが違うぜ!


「あらっ…………よっと!」


身体を捻り、バク宙での跳躍。

攻撃態勢のデリバリストたちを飛び越える!

溜めを必要とするのが弱点だが、卯衣の事前情報のおかげでその余裕は十分あった。


『4支部が共闘して、カケルさんを倒そうと企んでますよー』


共同戦線が張られていることも、俺が狙われていたことも。

卯衣はすべて、見透かしていた。

マークの厳しさに軽くビビる俺だったが、あれだけ注目されれば仕方ない。

そんな俺に授けられた卯衣の作戦は……。


「ゴール方向の転換(スイッチ)!」


たんっ、と我ながらカッコよく着地が決まる。

同時に、俺は太陽に背を向けて西方向のゴールへ駆け出した!

完全に逆を突かれたデリバリストたちは、俺を追うこともゴールを目指すこともできす、立ち尽くす。

その様子を余裕で流し見ながら、俺は一着でゴールテープを切った。

南に5m走り、敵をかわして北に105m走る。

100m走で、俺だけ110m。

円形のゴールだからこそできる奇策だ。

攻撃をかわしつつ、こちらから積極的に1位を目指す方法はこれが最善である。

10mハンデがあったとしても、速くゴールさえすればいいのだから。


『トーキョーエリア支部、期待通りの活躍で1位通過!』


想像していたよりも会場のボルテージが上がったのにビビりながら、俺は誘導係に連れられて控えのテントに入った。

そこは決勝出場者の集まるテント。

だから当然、振り向けばヤツがいる。


「かけるも順当に通過か」

「お前とは嫌になるくらいよく会うな……。うっへ」

「喜ぶな、恥ずかしいだろう」

「この反応で喜んでると思い込むのはお前くらいだよ」


千島千鳥。予選第一グループの1位通過者。

顔を赤らめているからマジで言ってるわ、こいつ。

決勝でこいつと戦うと思うと、気が滅入る。

友達と争いたくない! という意味ではない。

シンプルにイヤだ。

うっへ、である。


『それでは五分後、100m超自由形の決勝を行います。この時間を使いまして、次の競技のルール説明をーー』


「カケルさん、ナイスですー」

「おうよ。来たのか」


一応俺もアナウンスを聞いておくか、と思っているときに卯衣がやって来た。


「カワイイ女子マネの感じで優しくご奉仕しちゃいますよ、きゃはっ♪」

「うっへ」

「そんなに喜ばないでくださいよー」

「いたよ! この反応で喜んでると思い込むヤツが!」


どうなってんだよ、俺の周りの女子は……。

頭を抱えたい気持ちになっていると、卯衣が右手の親指を三回揺らした。

大事な話がある、の合図。

俺を連れて人気のない場所に移動した。


「それで、なんか作戦? さっきの手を使ってもダメなのか?」

「真剣な話、同じ手は二度も使えませんし、このメンバー相手に10mも余分に走れば単純に走力で負けですー」

「打つ手なしか」

「はいー。カケルさんの自力に頼るしかないですねー、あはは」

「半笑いマジでムカつくんだが」

「やーですねー。信頼の証じゃないですかー」

「ていうか、いいのか? 今、第二種目のルール説明をしてるはずだけど」


次の種目は、よほど俺の成績が悪くない限りリンゴが行くことになっている。

作戦通り、ミーナは後半戦まで温存だ。


「リンゴさんには『無理せず参加点だけ取ってきて』と言ってありますから、ご心配には及びませんよー。どうやら乗り物が使えない競技みたいですしー」

「……なら仕方ないか」


点数制で、しかも参加人数が少ないとなればそれも仕方ない。

無理せず参加点だけでも取りに行くのが吉だ。


「話はそれだけか? なら戻ろうと思うんだけど……」

「一つ、気になることがあるんですよねー。千島さん、思ってたより足遅くないですか?」

「は?」


何を言っているんだ。

脚が速いから予選トップ通過なんだろう?

しかも瞬間移動みたいな芸当だってするし。


「でもー。速度を計算してみたところ、デリバリストの中では遅い方なんですよー」


タブレットで速度のグラフを出す卯衣。

確かに。一般人からすれば速いことには変わりないが、単純な100m走ならトップ通過できるようなスピードではない。

言いようのない違和感を覚えて、じっとグラフを眺める。

しばらく見ていると……。


「あっ!」

「気づきましたかー?」

「あいつ……スタートダッシュが異様に速い」

「そういうことですー。平均的なスピードは他のデリバリストと見劣りしますが、ゼロ速度からトップスピードに至るまでの時間はカケルさんは以上ですー」


速度を表した折れ線グラフ。

普通、20mくらいまでに加速がピークに達すれば速い方だ。

しかし千島はスタートから5m付近でほぼトップスピードに乗っている。

異常なまでの加速度だ。


「あいつの場合『速い』というよりは『素早い』ってことか」

「言い得て妙ですねー」


体育の授業では「敏捷性」と呼ばれる能力。

動きのキレと捉えてもいいかもしれない。

100mくらいなら前半についた差にモノ言わせて逃げ切れる。


「じゃあ、そこに瞬間移動の秘密が……」

「そういうわけですー。まだ調査中なんですけれどねー」

「で、それを聞いた俺はどうすれば?」

「出たとこ勝負ですねー」

「やっぱり丸投げかよ……。まあいいや。気には留めておく」


それだけ言って、俺は決勝進出者のテントまで行った。

既に俺以外の三人はアップを始めている。

独りで戦っているリンゴのことは気になるが……。


「目の前に集中するが吉だ」


ここでポイントを稼がないことには、先へ進めないのである。

そう気合を入れて屈伸を伸ばした。


『それではいよいよ、100m超自由形決勝を行います!』


アナウンスと共に誘導され、俺たちはスタートサークルへ向かう。

予選は8人だったのに対し、決勝は4人。

サークル内が広く感じる。

俺は走りやすい北方向へのスタート位置についた。


「じゃあ私はかけるの隣を」


肩を寄せるように、千島が俺の横にしゃがんだ。


「うっへぇ……」

「ふう。やっとでれたか、つんでれめ」

「お前は何を持ってツンデレを定義してるんだよ」

「かけるの愛は言葉の裏にちゃんと読み取っている」

「圧倒的ポジティブだな……」


言いながら、警戒は緩めない。

こいつの加速力はチーターを超える。

間違いなく前半トップに出るのは千島だ。

しかし言い換えれば、お互いにトップスピードが出せる後半は俺の方に分がある。

追い上げは決して不可能ではない。

逃げ切りか、追い込みか。

実力勝負に持ち込めれば、勝率はハーフハーフ。


『それでは位置について、よーい……』


ばあんっ!


その音が鳴り響いた瞬間、千島の足が俺の足を払った。


「うおっ!」


ぐるん、と世界が回る。

地面、空、そして地面と景色が変わった。

そして尻餅。

一瞬なんのことか理解が追いつかなかったが、一拍の空白を置いて「走らなければ!」という本能が体を起き上がらせた。


「千島お前っ! なんのつもりーー」


悪態をつきながら慌ててスタートを切ったところで。

言葉が止まる。

俺が口をつぐまざるを得なかった衝撃的な光景は……。

足を払われたどころではない、ボコボコにされたデリバリスト二人が。

地面に這いつくばっている姿だった。


「お、おい! 大丈夫か!」


競技中なのも忘れて、駆け寄って二人を揺さぶる。

見た所、出血はしていない。

しかし出血はしていない「だけ」だ。

おそらくそれ以外のすべてのことはーー

骨折も脱臼も打ち身も捻挫も打撲も脳震盪も失神も。

一瞬で経験している。

なにが起きたのか理解する前にやられたのだろう。

まるで生きる気力までも根元から折られたみたいに、目を白黒させながらただ呻いている。

観客もようやく何が起きたのか理解が及んだらしい。

会場全体がざわつき始める。

そんなざわつく会場を尻目にひょうひょうと。


「私がやった」


いつの間にか現れた千島が、悪びれもせず事実を言った。

三人を同時に出し抜いた好機を無視するかのように、俺の前に仁王立ちする。

言葉通りなら、激しいアクションをした後なのだろう。

しかし、息ひとつ上がっていない。

スイッチが入っているからなのだろうか、目つきが鈍い刃物のように光る。

これだけのことをやっておいて自然体でいられるのが、やけに不気味だった。


「俺たちとの戦いからは手を引くんじゃなかったのか?」

「そのつもりだ。おーさかえりあ支部の一員としては、な」

「……つまりお前個人としては殺る気満々だと」

「察しが良くて助かる。ただ『殺る』つもりなどない。君と本気で戦いたかっただけだ」

「ヤンデレか? お前俗に言うヤンデレなのか?」

「拳でしか語れない愛もある。でりばりすとも、また然り」


千島はニヒルに笑って、クナイを逆手に構えた。


「ふぅー。……受けてやるよ。遅かれ早かれ戦う相手だ」

「のりがいい。あつい展開が好みと見えた」

「まあ嫌いじゃないけど……。ただ、途中でやっぱりやめたはナシだからな」

「合点」


俺は足を開いて半身になり、千島に対峙する。

そしてたっぷり10秒ほど見つめあった先。

誰かが指図をしたでもなく、お互いに申し合わせたでもなく。

俺たちは自然と、名乗っていた。


「おーさかえりあ支部所属、千島千鳥。ぼすの腹心として、いざ参る」

「俺はトーキョーエリア支部の倉掛駆。ミーナのために、受けて立つ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ