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第3話 非常階段まで届ける

 社長室のある三十五階から下って、現在俺たちがいるのは二十階。

 いつもの調子を取り戻して一気に一階まで駆け下りて行きたかったが、ミーナからストップがかかった。どうしたと尋ねたところ、例のういちょんから連絡があったらしい。


「下の階層は警備が厳しくなっているとのことだ。迂闊には下れぬ」


 俺も強行突破するつもりはないので、この辺りで休憩となった。

 俺たちの今いるフロアは倉庫兼資料室。雑多に物が積まれて隠れるには都合のいい場所がたくさんある。

 フロアの隅に位置する狭い部屋のさらに隅に、俺たちは腰を下ろした。

 そして俺とミーナは埃っぽい空気の中で一息ついて、同時に質問をした。


「お主何者だ!」「君は何者だ!」

「普通のデリバリストだ!」「普通の配達員だ!」


 ほぼ同じ意図の質問に、ほぼ同じ答えだった。

 主人公の権限を使って、俺が先に詳しく話し出す。


「あのコーヒーを取った時、明らかにおかしかっただろう」

「おかしくなどないぞ。ちゃんと『失敬するぞ』と言ったではないか」

「いや、礼儀作法の問題じゃなくて……。普通、こぼすだろ」


 マラソンの給水所を例に取れば、あの動きの異常性がよくわかる。

 プロのランナーだって給水失敗をすることもあるし、仮に成功したって結構派手にこぼす。紙コップなんて使っていれば濡れることはもう避けられない。

 それをミーナは一滴もこぼさずに、しかも両手で成功させたのだ。

 普通なんて言葉とは対局にいる。


「デリバリストって何者だよ? スタントマンなのか? 忍者なのか?」

「どちらでもないぞ。普通の配送員だ。ただ、忍者の末裔がオーサカエリアでデリバリストをやっているとは聞いたことがあるな。香港映画のワイヤー無しスタントマンをやっているデリバリストもいると風のウワサで聞いたこともある」

「全然普通じゃないだろ!」


 俺の指摘にしばらく「むうぅ」とうなっていたミーナだったが、思い出したように反撃に出た。


「カケル、そう言うお主も普通とはかけ離れておるぞ。何だ、あの物理法則を無視した動きは!?」

「いや、物理法則は無視してないだろ。軽く滑ったし」

「それではなく、我を担いだ時のことだ!」


 ちなみに下ろすのが面倒だったので今もミーナは俺の右肩に乗っている。意外と乗り心地が良かったらしい。手足をバタバタさせながらミーナは続けた。


「何かを担いだり持ったりすればノロくなるのが普通であろう? それがお主は我を持ち上げたと思えば、急に俊敏になりおった。どこが物理法則に従っていると言える?」

「いや、俺は優秀な配達員になるために昔から重いもの持って運動するトレーニングしてきたから。普通に走るよりも何か持った方が調子が出るんだよ」


 俺の取ったデータでは、だいたい三十五キロ付近の物を持った時が一番速く動ける。偶然、いつもトレーニングで使っているオモリの重さとミーナの重さが同じくらいだったのだ。


「それが普通ではないと申しておるのだ!」

「ま、まあ確かに普通ではないかもな……」


 色々と理性的に話し合った結果、どっちもどっちということで落ち着いた。

 そろそろ脱出プランを練ろうと提案すると「しばし待て」とミーナは遮った。バックパックの中から小さな機械を取り出し、俺に手渡してくる。今度はボイスレコーダーではない。


「これは……」

「我もつけておるぞ」


 髪で隠れた耳をこちらに見せてくるミーナ。同じ物がついていた。


「我は詳しく知らないのだが、耳につけたらういちょんと会話ができるようになる機械らしいぞ。名前は確か……ブルーチーズ?」

「腐ったチーズ耳につけても臭いだけだろ。ブルートゥースな」

「そ、そう、それだ。勘違いするでない、ちょっとボケただけだ」


 にしては顔を真っ赤にしているようだが……。

 この人、薄々気付いていたけれどちょっと天然入ってるな。


「そんなことはどうでもよい。作戦を立てるならカケルも、ういちょんと話せた方がよかろう?」


 確かにそうだ。納得してブルートゥースを耳につける。

 配送業務はその性質上、両手が塞がっていることが多い。そのためハンズフリーで会話できる機器はよく使用されている。俺もその都合でよく使っていたから、扱いには慣れているのだ。


「あー、もしもし。初めまして、倉掛です」


 緊張の初会話。ういちょんの人物像がイマイチ掴めていないため、当たり障りのない感じで話しかけたのだが……。


『こんにちは、カケルさん。正義の味方、ういちょんです! きゃは♪』


 以後、俺のういちょんに対する苦手意識がなくなることはなかった。


「まあこんな感じで、仲良くやっていこうかの」

「お、おう……」

『おーっ♪』


 緊急ミーティングを始めるらしい。ミーナはかしこまった口調で「ういちょん、現状を報告してくれ」と始めた。


『はーい。脱出経路ですが、エレベーター、階段ともにガチガチに固められているので、いくらミーナとカケルさんでも突破は難しいです。特に五階以下は一フロアに最低十人は張っているので厳しいですねー。何も考えずに行けば捕まる確率は高いです。今考えるベストは、屋上からのヘリ脱出を試みていると偽の情報を流して、一階の警備を手薄にさせる方法なんですけれど、数が数だけに全員が屋上まで行くとも考えられませんし……』


 ……結構、色々と考えてくれているようだった。ミーナが頼りになるキレ者と呼ぶだけあって、かなりの情報を押さえている。


「ていうかその情報どこから……」

「ふむ? さっきも言ったであろう。ういちょんは機械に強いのだ。詳しくは我もわからぬが、その機械で良くないこと・悪いことしておるようだぞ」

「結局、違法なことしかしてないのな」

『捕まらなければセーフですよー』


 まあミーナと付き合っている時点で普通の人だとは思ってなかったけれど。


『カタカタカタカタカタカタ……』


 すげえ速度でキーボード叩いている音がする。やはり只者ではないようだ。


「ういちょん、そのパソコンをいじっている時にカタカタ言う口癖、なんとかならんかの?」

「口癖なの!? 自分で言っているの!?」

『最近のは静かなのが多いので、自分でカタカタ言わないと落ち着かなくってー』


 ……只者でない上に相当の変わり者だった。

 こんな人にガイドしてもらって大丈夫かなと心配していたのだが……。


『お、いいルートが見つかりましたー。そのフロアから下りられる非常階段があります。それを使えば人目につかずに下の階層に向かえるはずですよー』


 人格はともかく、ナビゲートに関して心配は不要だった。


「近くにあるのか?」

『ミーナとカケルさんの居る部屋から五十メートルくらいですよー。二人にとってはそう遠くないでしょう?』

「うむ」「だな」


 非常階段を使う案には俺も賛成だったし、ミーナは元からういちょんの指示に従うつもりだったのだろう。すぐ非常階段に向かうことになった。


『ブルートゥースは外さないでくださいねー。緊急に用がある時には、コンコンって二回マイクを叩きますから。あと五回叩いた時はア・イ・シ・テ・ルのサインです、受け取ってくださいね。きゃはーーブチッ! ツーツーツー……」


 ……いかん、反射的に切ってしまった。


「ナビゲーターとの関係ってこんな感じでいいのか?」

「うむ、我は全部聞き流しているから、ういちょんも新鮮な反応を楽しんでおると思うぞ。ういちょんの扱いはそれくらいでよい」


 公認を得てしまった。


「ところでカケル。我はこのまま肩に乗っていていいかの?」

「ああ、そっちの方が調子良くなるから構わないぞ。……あ、ちょっと待て」


 かがんでローファーと靴下を脱ぐ。見つからないようにその辺の段ボールの中に隠そうと思ったが、ミーナが「学校指定の物であろう?」と捨てるのを止めてきたので、ミーナのバックパックの中に入れさせてもらった。


「裸足なら滑らないだろ。もっと速くなる」

「せめてカーブの時は速度を落としてくれんかの? ストッキングを被ったような顔になるのだ」

「まだ言うか……。余裕があったらな」


 警戒しながら部屋を出る。この階までは警備員も手が回っていないようだ。ミーナを通してういちょんの指示を聞き、その通りに進んでいく。

 追われていないとなれば移動もかなり楽だった。スイスイと進んで、角を曲がれば非常階段はすぐそこというところになって……。


「待て、カケル! ういちょんから緊急連絡だ」

「あ、おう」


 乗り気ではないが、足を止めてブルートゥースをつなげた。


『二人のいる階層に警備員が二人来ました! しかも非常階段のすぐ近くにいます!』


 聞いた瞬間、俺とミーナは息を殺して耳を澄ませた。確かにさっきまで聞こえなかった誰かの話し声が耳に入ってくる。こんなところに行けなんてツイてないなーとか、もう上で五人やられたらしいぜとか話している。最悪なことにこちらに向かってきているらしかった。


「隠れてやり過ごすか?」

「いや、ここまで来て後には引けぬ」

『ミーナの言う通りです。ここでやり過ごせても結局はジリ貧ですよー』


 接触は避けられないとのこと。時計を見るともう最初の騒ぎから十五分近く経っていた。そろそろ態勢を整えて俺たちを追ってくる頃かもしれない。


『わたしに考えがありますよー……ごにょごにょ』

「……………………ふむ、興味深いのう」

「……………………いや、できるか?」


 ちょっと斬新かつ人間離れした能力がいると思うのだが。


「我を担いでいる間は身体能力が上がるのだろう? それに我の力を加えれば問題なかろう。少しカケルには犠牲を強いてしまうが……」

「……いや、いいよ。わかった。何もせずに捕まるよりいい」

『決まりですねー。打ち合わせ通りお願いしますー』


 そうと決まれば準備をしてすぐ行動。

 俺はミーナを肩に担いだまま警備員の待つ角を曲がった。逃げも隠れもせず、堂々と仁王立ちする。


「ん、そこで何をして……」

「おい、こいつらがターゲットの……」


 気づかれたーーそれが作戦開始の合図だった。


「頼むぞ、カケル!」

「おうよ!」


 俺の裸足がジェットエンジンと化した。警備員に飛びかかるようなイメージで走る!

 迎え撃とうと腰を落とす警備員。相手も制圧のプロだ。このままならどれだけスピードを出しても必ず俺たちは絡め取られてしまうだろう。

 ……このまま、ならな。


「信じておるぞ!」

「おりゃっ!」


 ミーナの声に後押しされて、俺は彼女を宙に放った。

 天井ギリギリの高い放物線。

 目の前で人が飛ぶ。

 その異常な光景にさすがの警備員も一瞬視線をミーナに向けた。

 その一瞬を、俺は見逃さない。

 視線を誘導してのななめ横への切り込み(ダックイン)

 低い姿勢を保ちながら二人の間をすり抜けるように駆け抜けて。

 送り足で警備員の足を払う!

 上空に目をやっていた警備員二人は、不意をつかれてひっくり返った。


「カケル!」


 重力に従って落ちてくるミーナ。高い放物線を描くことを意識し過ぎて、まともな着地はできない体勢だ。俺が失敗すれば怪我は免れないだろう。

 打ち合わせ通り両腕を差し出し、ミーナの落下点に全力で先回り。右腕をミーナの肩甲骨の辺りに、左手を膝の裏に差し込んで……

 ガシッ!

 ミーナの小さな体を腕に抱きとめた。


「よしっ!」


 警備員が現状を把握し始める前に、俺は全速力(@お姫様抱っこミーナ)で駆け抜ける!

 ドリフトで角を曲がって非常階段入り口へ。

 そこからは建物内の通常階段も見える。俺はさっき脱いだローファーをそちらの通常階段近くに投げ、音を立てずに非常階段の扉に隠れた。

 やがて慌てたような足音が二つ。


「どこに行った!?」

「おい、あっちに靴があるぞ! 階段で下って行ったみたいだ!」

「応援を呼べ! 階段を警戒するように伝えろ!」


 ……大体、うまくいったようだ。ういちょんすげえ。

 ふうと息をついて地べたに座り込む。ミーナが俺の肩をポンポンと叩いてきた。


「なかなかスリリングで楽しかったぞ」

『まさか一発で成功させるとは思いませんでしたー』

「無茶言うなよ、心臓に悪いって」

「それに見事な消える(バニシング)ドライブとアンクルブレイクだったのう」

「いや、俺はキセキの世代じゃないし。ていうかあれ、暴行罪だろ?」


 思いっきり足払い食らわせたし。


「心配せずともよい。その場合は法務部が何とか助けてくれるぞ」

「法務部もあるのか……」


 ますます俺の中で、デリバリストとは何なのか疑問が募っていく。


「まあ法務『部』と言っても、ういちょん一人しかいないのだが」

「ういちょん万能過ぎないか!?」

「すごいぞ、いつも破格の値段で示談にしてくれるのだ」

「何それ、こわい」


 とその時、フロアの方から警備員の足音が聞こえてきた。階段の方向に集まっているらしい。人手はそっちに集中しているが長居は危険だ。


「そろそろ行くか。ミーナ、もう下ろしていいか?」


 ずっとお姫様抱っこのままなのだ。安全に受け止めるために仕方なくやっていたが、現時点でこうやっている必要は薄いと思う。しかし……


「許可できぬ。もうしばらくこのままが良いぞ」


 不服そうに頬を膨らませてゴネるミーナ。


「…………疲れたんだけど」

「……………………」

「ミーナ?」

「……もうちょっと、お姫様でいたいのだが」


 もじもじ攻撃。俺の腕の中にいるのでその小さな動きがよく伝わってくる。むずがゆくなるような感触に俺の心は少し動いた。


「我、もうちょっとカケルとくっついていたのだが……ダメ、か?」


 上目遣い。腕を俺の首の後ろに回してぎゅってされた。


「……………………」


 絶対にわざとやっている。絶対に男の本能につけこんでいる。

 そう、わかっていたのに……。


「わかった、その代わりしっかり掴まっておけよ」

「うむ、くるしゅうない♪」


 俺だって、役得したいことくらいたまにある。

 お姫様抱っこでミーナを運ぶ俺と、快適に運ばれているミーナ。

 これじゃまるで俺が拉致しているみたいだが……。


「……連れ去られているのって俺の方だよな?」

「うむ、乗り気になってくれたようで我は嬉しいぞ」


 小悪魔(ミーナ)の笑みに乗せられている俺は、バカなのかもしれない。



 ミッション:倉掛駆を無事に脱出させる。

 進行率:80%

悪役、ついに本性を見せる。

警備員を連れた彼はどれだけ逃走者を苦しめるのか。


そしてつかの間の休息を得たデリバリストたち。

戦力を結集し、決戦のために立ち上がる。

高層ビル脱出、クライマックス。

最後に笑うのはどちらか。


次回「カフェテリアまで届ける」


倉掛駆 身長182センチ 体重77キロ 年齢17歳

スピード……★★★★★

パワー………★★★★

体力…………★★★★★

頭脳…………★★★

適応力………★★

特殊能力:飛脚の気質

重い物を持つと身体能力が全体的に上がる。35キロの物を持った時が最も良いパフォーマンスをし、それより重くなるとだんだん能力が落ちていく。


「なんだかダブ◯アーツみたいだのう」

「ニセ◯イ作者の黒歴史を掘り起こすなよ……」

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