第25話 休憩がてら届ける
予選終了から一時間後。
俺は用意された部屋でぼーっと過ごしていた。
千島が案内してくれたのは、予選突破支部のためのスイートルーム。
扉をくぐっての第一印象は「広い」だった。
俺の家の男子部屋と同じくらいある。
もちろん、ただ広いだけでなく設備も最高クラスである。
さすがは現代によみがえった鹿鳴館だ。
しかし……。
なぜか落ち着けない。
ぼーっとするのに身が入らないのだ。
「妙だな、枕が変わって寝れないような性格じゃないのに……」
その理由を自分なりに分析しようと、俺は部屋を見渡した。
さすがはスイートルーム。
どこを見ても、俺の日常生活では縁のない高級品ばかりだ。
例えば……。
タイル一枚からして高級そうな、猫足バスタブのある風呂場。
「カケル、先にお風呂いただいたのだー」
三人くらい雑魚寝できそうな天蓋付きキングサイズベッド。
「うっわ、スプリング超イイんですけどー」
畳何枚分だと聞きたくなるような大画面テレビ。
「カケルさーん。このテレビ、アダルトチャンネーー」
「お前らか! だいたいお前らのせいだなっ!」
俺は不法侵入者3人を指差して声を荒くした。
湯上り姿(パジャマの一種なので直視できない)でロングヘアを拭くミーナ。
ベッドのスプリングで飛び跳ねてはしゃぐリンゴ。
リモコンの怪しいボタンに指をかける卯衣。
もちろん、同じ支部の人間は一つ屋根の下でテラ◯ハウス的な生活をしろとのお達しがあったわけではない。
部屋は一人につき一つ準備されているハズである。
しかし、なぜか俺の部屋に集まった三人は
「マクラ投げするのだー」
「コイバナしましょうよー」
「あたしトランプ持ってきたんだけどー」
完全に修学旅行気分。
別に無音でないと休めないわけではないが……。
男扱いされてない気がして、軽くショック。
立ち直るまで十数秒かかった。
元気を取り戻して顔を上げると、いつの間にかトランプの束。
すでにババ抜きをする雰囲気が整っていた。
「一戦付き合ってくれたら帰りますからー」
「……約束だぞ」
早く帰ってくれるなら一戦くらい付き合ってやるか。
俺は抗議の目線を緩めないまま、手札のペアを見つけて捨て始める。
……………………。
「はい、カケルさんババ引きましたねー」
「ひ、引いてねえし!」
「カケル、昔からババ抜きすっごく弱いのよね」
「我でもわかるのだ」
「指先震えすぎですー」
「ところでういちょん、我の手札が減らないのだ」
「もうミーナったら二組もペア見逃してますよー」
「ふむ、うっかりしていたのだ。……うむ? 残り一枚?」
「ミーナ1抜け確定かよ!」
「心配しなくてもどーせカケルは最下位よ」
「バカにするな! うおおおおおおおおっ!」
「気合ではどうにもなりませんよー。はい、2位抜けです、きゃは♪」
「で、カケルはこっちがババね。はい終わり」
「も、もう一回! もう一回チャレンジ!」
修学旅行効果でだんだん楽しくなってきた。
気がつけば、約束のことなんてすっかり忘れてリベンジに没頭。
しかしそれでも、三連続最下位。
三人の話によれば俺は嘘を吐く時に特有のクセが出るらしいが……。
自分で自分のことは意外とわからない。
次のゲームのためにカードを切らされている。
今回こそは勝つんだ、来ないでくれジョーカー!
という願いをあざわらうピエロが手元に見えたところで。
唐突にドアがとんとん、とノックされた。
「ちょっと出てくる。誰だろう?」
ムダに広い部屋なので、20歩ほど歩いてようやくドアにたどり着く。
「どちらさん?」
「かける、私だ」
「千島か」
「私以外の誰が、君をひらがなで『かける』と呼んで慕うんだ」
「読者にしかわからんだろ」
相手にするのも面倒なので、さっさと扉を開けた。
案の定、薄手の襦袢を着た千島がいる。
風呂上がりなのだろうか。短いポニーテールは解かれて、意外と長い髪の毛を背中に垂らしていた。
ちょっとだけグッときたのは秘密である。
「で、何? 偵察か?」
「偵察なら、私は観察対象に名乗りはしない」
表情はピクリとも変わらないが、空気的に冗談らしい。
部屋に案内された時から薄々気づいていたことだが……。
千島は、俺たちが紅陽さんを出し抜いたことを気にしていないようだ。
こいつのことだから報復でもしに来るかと思ったが、意外と平和的である。
「カケルー、誰が来たのだ?」
「誰か夜這いにでも来たんですかー?」
「ああ、千島だ。ちょっと待っててくれ」
後ろからかけられた声に反応すると、千島は切れ長の目を丸くした。
「これは驚いた。既に全員連れ込んでいるとは」
「濡れ衣だ」
「私も一員にどうだろうか」
「売り込むな。ていうか、本当に何の用だよ?」
こちとら、絶対に負けられない戦いがそこにあるのだ。
そう思っていると、急に千島が真剣な目つきになる。
獲物を見つけた鷹を思わせる鋭い視線に、頭の中からトランプが吹き飛んだ。
「ごく個人的な話だ。申し訳ないが人払いをお願いしたい」
「可能ならそうしたいんだが……」
「そろそろ大富豪に切り替えるかの」
「ブタのしっぽがいいわー」
「負けたら罰ゲームでえっちな話をしましょうよー」
……散々払おうとしたんですけど、みんな出て行かないんです。
普通の聴力しか持っていない俺でもよく聞こえるのだ。感覚の研ぎ澄まされた忍者である千島の耳にだって届いているだろう。
「では外に私たちが外に出るのは構わないか」
「まあ……いいけど」
「助かる」
そう言って千島は、俺の視界から消えた。
一行で簡単に描写するようなことでもないと思うんだが……。
マジで消えたんだから仕方ない。
「どこ行った」
「他の支部の人間と一緒に居るのを見られたら、妙な噂が立ちかねない。声だけは聞こえるようにするから安心してほしい」
「……おうよ」
その声に導かれるまま、絨毯の敷かれた廊下を歩く。
時折他の支部のデリバリストたちとすれ違う。しかし、千島の存在に気づく人間はいなかった。みんな、俺が「一人で」歩いていると認識しているらしい。
妙な体験をしながら歩いていると、廊下の端で千島が「ここだ」とストップをかけた。
掃除用具なんかを入れる、そんなに大きくない倉庫。
中に入ると千島はしゅばっと再び姿を見せ、腕を組みながら背中を壁に預けた。
回りくどいことはせず、いきなり本題に入る。
「私がとーきょーえりあに行った時の約束を覚えているか?」
「なんかしたっけ?」
「ぼすからの手紙を知られずに渡してほしい、といった依頼の報酬だ」
「ああ、アレか」
次会った時になんかくれ、って言った覚えがある。
ていうか、本気にしてたのか。
さっさと会話を終わらせるための適当な発言だったんだが……。
結構、律儀なところがある。
少し感心していると、千島はポケットから何かを出して俺の目の前に突き出した。
「これは……」
「私の部屋の、るーむきーだ」
「どんだけ俺が女に飢えてると思ってんだよ!」
「要らないのか。せっかく勇気を振り絞って逢瀬の誘いをしたのに……」
「何で俺が甲斐性なしみたいな言い方されてんだよ」
「冗談だ。恐らく、君たちが一番喜ぶものを準備した」
改めて千島は懐から紙の束を取り出し、俺の前に差し出した。
反射的に受け取り、表紙の文字を目で追う。
そして、驚きから声に出さずにいられなかった。
「宅配闘技、マニュアルとルール……」
「今回の競技会決勝の種目、そのルールが書かれている」
「こんなもの、どこで……」
競技会の招待状には、事前に情報を集めることは禁止していないと書いてあった。
むしろ、その「情報集め」もある意味で一つの競技である。
卯衣がいれば情報は筒抜けだ、と喜んでいたのだが。
……甘かった。
主催者だってそう簡単に事前情報は渡せない。
卯衣すら諦めざるを得ないほど、ガチガチにプロテクトを固められていたのだ。
手に入ったのはわずかな情報のみ、しかも肝心の競技内容にまでは触れられず仕舞い。
それはどの支部でもほぼ共通だったらしいが……
卯衣だって奪うことを諦めたデータが、今俺の手元にある。
「おーさかえりあのおぺれーたがげっとしたすーぱーしーくれっといんふぉめーしょんだ」
「カタカナ表記しないなら、わざわざ横文字使うなよ」
補足情報はありがたいが、読みづらい。
いや、そんなことはどうでもいい。
「勝手にこんなことしたら紅陽さん怒るんじゃ……」
「安心してほしい。隠密行動は得意だ」
「でもお前の上司だろ?」
「いかにも。私はぼすのために命を捧げると誓った身だ。ただ……」
「ただ?」
「私は、友達を選ぶ自由までぼすに捧げたわけではない」
「……ふうん」
命より自由の方が価値が高いって、どういう価値基準だ。
……わからないでもないけれど。
「先日も言ったが、私と君は似ている。初めて友達になれそうな気がした」
右手をすっと差し出してくる千島。
手の甲を見せるように腕を出し、人差し指を立てる。
真正面から人を指差すなんて失礼なやつだと一瞬思ったが、その千島の姿に見覚えがあって文句の言葉を飲み込んだ。
いーてぃー。ローランドワールドパークの再現である。
「……………………」
少しだけ迷ったのだが。
俺も親近感みたいなものを感じていない訳ではない。
疑っているわけではないが、貴重な情報を分けてくれたお礼の意味も込めて。
つん、と指をくっつけた。
「…………別にこんなもんなくても、友達くらいなってやるよ」
「それでは私の気持ちが収まらない。黙って受け取ってほしい」
「わかった」
「それからもう一つ。紅陽様は決勝まで、とーきょーえりあ支部に関与されないことを決められた」
「それって?」
「つまり、決勝の舞台で待っている、ということだ」
私としては不満なのだが、と千島は付け加える。
きっと親切心からではない。
決勝でボコボコにして、二度と逆らえないほどの敗北を味わわせてやる。
そんな、黒い意図が伝わってきた。
「……わかった、みんなに伝えておく」
「私から聞いたとは言わないで欲しいのだが」
「安心しろ。俺からは言わないよ」
「助かる」
「ところで、いつまで指をくっつけてればいいんだ?」
「今日は……君を帰したくない」
「うぜえ」
「夜の帳が日差しのらいとに照らされるまで、二人きりの時間を楽しもう」
「詩人かよ。どっちにしてもお断りだ」
「そうか、では失礼する」
指先に残る冷たい感触だけ残して、すぐに千島は消えた。
★★★★★★★★★★
シリアスだかシュールだかよくわからない密会が終わって。
俺は部屋に戻ることにした。
千島の言葉をが頭を離れないが……。
「今は勝ち残ることに集中するのが吉だな」
決勝の情報は手に入ったが、それを活用できるかどうかは俺たち次第。
宝の持ち腐れだけは絶対に避けたい。
一応、信憑性のある情報かどうか卯衣に判断してもらおう。
そう考えながら、部屋のドアを開けた。
「おーい、帰ったぞー」
そんな俺を出迎えたのは……。
「か、カケル! お、お、おかえりなのだ……」
「け、けっこう早かったじゃん……あ、あはは」
「いいところに帰ってきましたねー。カケルさんも見ましょうよー」
気まずそうに顔を硬直させる2人と、堂々とした1人。
あーんど。
とてもじゃないが全年齢対象では描写できない映像を映すテレビ。
むせかえるような妖しい雰囲気が、俺の部屋を桃色に染めていた。
たっぷりと数十秒固まってから、ようやく口が動く。
「まさか、本当にアダルトチャンネルを見ているとはな……」
「ち、違うのだ、最初に見たいと言い出したのはリンゴで!」
「はぁ!? 深渡瀬卯衣が見てたから、仕方なく付き合っただけだし!」
「えー! ミーナもリンゴさんも、ちょーハァハァしてたじゃないですかー」
「いいからテレビを消せええええええええっ!」
競技会本戦の前日。
俺の説教と共に、蒼紅島の夜は明けた。




