第20話 パーティー会場まで届ける
俺たちが会場の港に到着したのは、集合時間ピッタリだった。
13時45分。何とも中途半端な集合時間である。
船を降りてまず最初に目に入ってきたのは、雄大な大自然。それもそのはず、大会主催者が手を加えるまでここは無人島だったのである。宿泊施設や運営上の都合で入ってきた物以外に人工物はない。
時代の流れから取り残された空間、といったところだ。
「うむうむ、さすがと言った感じだのう」
「雰囲気あるな」
この蒼紅島全土が、今年のデリバリスト競技会の会場だ。
少し変わった場所で開催されるのは、今回が初めてではない。そもそもデリバリストという存在が世間から隠された存在であるため、廃集落や無人島などでしか開けないのである。
地の利をいかに利用できるかも、競技会の結果を大きく左右するポイントなのだ。
しかし……港には俺たち以外に誰もいない。
みんな遅刻したのか。
それとも早く来てもう開会式会場に向かっているのか。
どちらにせよ俺たちだけでは困るのだが。
そう思って卯衣に意見を聞こうとするとーー
「はむ」
突然、耳たぶに生温かい感触が。
「いきなり千島かよっ!?」
「……なぜわかった」
「挨拶なしに他人の耳たぶを噛む人間はお前だけだ!」
乱暴に腕を振ると、千島は見事な宙返りを見せて俺たちの正面に立った。
ここまで来て初めてミーナと卯衣は千島に気づいたらしく、警戒した様子を見せる。
「う、うむっ!? カケル、こやつは?」
「思うに、招待状の渡し主といったところですかー?」
「鋭いな。私は千島千鳥。とーきょーえりあ支部代表の世話を担当することになった」
「……………………」
「喜びすぎて声も出ないか、かける」
「気安く呼ぶな」
突き放すように声を低くして、俺たちは千島から距離を取った。
「警戒しなくてもいい。私は競技以外ではとーきょーえりあの味方だ」
「大会はもう始まっている、って可能性もありますー。島に入ったら同じ支部の仲間以外は信用できませんよー」
「そのことなら問題ない。主催者の委任状をもらっている」
懐から紙を取り出し、紙飛行機にして俺の方に飛ばす千島。
確かにそこには「委任状」とある。この不便な無人島内で競技以外で身の回りの世話をすることが約束されていた。
一応卯衣に見せると「問題なさそうですねー」と返事が来たので、俺は一歩千島に近づく。
「改めて名乗らせていただこう。でりばりすと運輸おーさかえりあ支部所属、千島千鳥だ。今大会のおーさかーえりあ代表も兼任している。そちらは?」
表情はほとんど変わらないが、鼻息を荒くしているのはよくわかった。
千島に促され、俺たちも自己紹介。
ミーナ、卯衣と順番に来て。
事件は、リンゴの時には起こった。
「あたしは望月凛子。ま、よろしくー」
「……………………」
「な、何よ……」
「けしからん」
そう言って千島は大げさにも見えるほど大きな動作で空を仰いだ。
雲ひとつない青空。
そんな澄み渡った空模様に影響されてか、曇り一つない純粋な笑みを浮かべる千島。
心、洗われた。
そんな表情でリンゴに向き直って。
「真にけしからん立派な……ばすとだ」
「最近こんなのばっかり! あたしエロキャラじゃないわよっ!」
「据え膳食わぬは武士の恥。では、さっそく揉ませていただこう」
「据えた覚えはないわよっ!」
「ふん。問答無用」
瞬間、千島の姿が消えた。
ミーナ、卯衣、リンゴが息を飲んだのを感じる。
俺だって初めてじゃないのに飲みかけた。
わかっていても、目で捉えきれない。
無気配、無音の高速移動。
その見えざる両腕はリンゴの89を鷲掴みにしようと伸びてーー
「調子に、乗るなよ!」
一ヶ月前空振りしていた俺の手は。
ガシッ! と。
千島の右腕を掴んでいた。
「っ!」
その腕を通して、はっきりと千島の動揺が伝わってきた。
リンゴの胸に触れるか触れないかというところで、千島の腕は止まる。
妙な小細工をされても困るので、俺はすぐに千島とリンゴの間に入った。
「これは驚いた」
ぼそっと呟いて千島は腕を振り切り、少し離れた場所に着地。
乱れたマフラーを整えながら、感心したようにうんうんと頷いた。
「それでこそ、ぼすのらいばる支部だ」
「甘く見てると食っちまうぞ」
いつかの因縁もあって、静かに火花を散らす俺と千島。
すると何を思ったのか、俺の言葉に反応して卯衣が近づいてくる。
非戦闘員が何の用だ、と睨む千島。
引きこもりは引っ込んでろ、と睨む俺。
そんなことはどこ吹く風で、卯衣は顎に人差し指を当てて軽くかがんだ。
そして、一言。
「私も……た、べ、て? きゃは♪」
木枯らし。
ぴゅー。
「……………………うっぜ」
「……………………ないわー」
「……………………黙るのだ」
「……………………気が合いそうだ」
卯衣のせいでおっぱじめる空気でもなくなったため、俺たちは千島の先導に大人しく付いていくことにした。
この元無人島だから獣道でも通るのかと思いきや、宿泊施設兼開会式会場までの道はしっかり舗装されている。方向音痴なデリバリストもいないわけではないから、遭難させないための措置らしい。
アスファルトの感触を10分ほど味わっていると、やがて目の前にお城が見えてきた。
お城。決して大げさな呼び方ではない。
外観は中世ヨーロッパ風で威厳を感じるレンガ造り。その茶色に染まる壁を彩るように、庭園の花が飾る。
敷地面積はかなり広いのだろう。一目でその全体を眺めることはできなかった。
「これが宿泊施設か。やっぱどこのデリバリストも儲かってるのな」
「うむ、野宿の準備をせずに済むのう」
「他の参加者は既にほーるに集合している。君たちとーきょーえりあが最後だ」
「集合時間ズレてるんですかー?」
「同時刻に集合だととらぶるになることが多かった。今はずらすのが一般的」
「まあ、いきなり胸揉もうとするヘンタイもいるわけだしねー」
「……開会式までまだ時間はある。着替えてからほーるでゆっくりするといい」
リンゴの辛辣なツッコミをスルーして、千島は俺たちを更衣室の前まで案内した。
当然、紳士と淑女が同じ部屋で着替えなど言語道断なので、ここで女性陣とは一度別れる。
競技会パンフレットにも「正装持参」と書いてあったので、開会式はフォーマルに行われるらしい。
軽んじらないよう着慣れないスーツに着替え、ネクタイの結び目を気にしながらホールに入った。
「…………すげ」
目を、疑った。
豪華ないくつものシャンデリアの照らす巨大なホール。
これでもかと並べられた豪華な料理。
荘厳さすら感じる全体の飾り付け。
一体誰が、ここが元無人島だなんて予想するだろう。
「まるで鹿鳴館だな……」
雰囲気は立食パーティーやダンスパーティーのそれに近い。
中にはぱっと見で100人を超える人たちが料理や談笑を楽しんでいた。
圧倒的に多いのはスーツやドレス。振袖姿や紋付袴姿もチラホラと見える。ネタに走ったコスプレの類も少なくない。しかし本物の忍者もいるくらいだから、どこまでがネタなのかは疑問である。
しかし確かなことは、ここにいる全員がデリバリストということ。個性的な人は多いが、少なくとも太っている人や貧弱そうな人の姿はない。
全員、プロフェッショナル。
全員、最強の配達員。
この景色を眺めただけで、ただの群衆でないことは明確だった。
馴染むことも忘れて立ち尽くしていると、トントンと肩を叩かれる。
「カケル、お待たせなのだ」
「着替えてきましたよー」
「へー、思ったよりいい雰囲気じゃん」
トーキョーエリア支部の三人娘だった。
ミーナは青いドレスに身を包み、ロングヘアーをアップにまとめている。シンプルに装った姿だがトレードマークの帽子はいつも通り。豪華絢爛なホールの雰囲気と相まって、社交界デビューを果たす令嬢のような佇まいである。
卯衣は黒いビジネススーツを着ていた。バリバリのキャリアウーマンのような格好に、生来の知性を際立たせる銀縁眼鏡。いかにもオペレーター、いかにもブレインである。
この二人はいい。
二人とも立派に着飾り、ホールの雰囲気にしっかり溶け込んでいる。
「問題は……リンゴ、お前だな」
胸といいファッションといい、しっかりトラブルメークしてくれるヤツである。
「何かヘン? いつも通りなんだけど」
「いつも通りなのが問題なんだよ」
リンゴの格好は、ライダーススーツにフルフェイスのヘルメット。
深夜のコンビニなら入店しただけで通報されそうな格好である。
一般的にはそれを、不審者と呼ぶ。
「正装だし」
「お前にとってはな」
悲しいかな、横の二人がキッチリしているだけに余計に目立っていた。
「だって、ヘンな忍者がじろじろ見てきたから……」
「ああ、千島のせいか。そういえばあいつどこに行っーーうん?」
仲間が来て少し安心した俺が改めてホールを見渡してみると……
じーっ! と。
あらゆる方向からの視線を感じた。
ヒソヒソ話をしながら視線をやる人。
箸を持つ手を止めて遠目に眺める人。
何の小細工もなく穴が開きそうなほど凝視する人。
反応はそれぞれでも、その行動は一致している。
最初はリンゴが注目の的になっていると思っていた。
しかし、よく観察するとそうではないらしい。
この視線は一人を対象に向けられるものではなく。
俺たち、という団体に向けられたものだ。
「恐らく『伝説のデリバリスト』ミーナが率いる支部として、すごく注目されているみたいですねー」
「始まる前から注目の的ってことか」
「あまりいい気はせぬのう」
改めてミーナの注目度に驚く俺たちだったが、本人は不服そうだった。マークが厳しくなることを恐れているというよりは、単に遠目にヒソヒソされるのが気にくわないだけだろう。
しばらく気まずい雰囲気を味わっていると、変態忍者こと千島が人数分のドリンクを運んできた。
「そろそろ歓迎せれもにーが始まる。その前に飲むといい」
「毒でも入ってるんじゃないか?」
「お望みとあれば好きなぐらすを毒味するが」
「……いや、いい」
こいつ相手に駆け引きしたって時間を無駄にするだけだ。
適当にグラスを受け取ってぐいっと飲む。
案の定、普通に美味しいウェルカムドリンクだ。
と。
ドリンクを飲み干したと同時に会場のスピーカーから『あー、マイクテスト、マイクテスト』という声が流れた。
参加者たちが歓談を止めて静かになったところで、正面のステージに人影が差す。
『長らくお待たせしました。間も無く、第四回全国デリバリスト競技会、開会式ならびに歓迎セレモニーを行います。参加者の皆様は前方ステージにお集まりください』
アナウンスとともに参加者たちが支部ごとにわかれて集まり出す。俺たちも一塊になって人混みの後方に陣取った。
『ただいま、すべての参加支部が到着致しました。つきましては、前回優勝支部であるオーサカエリア支部代表より一言いただきまして、今競技会をスタートさせていただきます。ではオーサカエリア支部長の月島紅陽様、どうぞ』
ホール内が静かになったのとほぼ同時に、ステージの人物にライトが集まった。
ステージに上がったのは華奢な体つきの女性。
ステージ上という要素を差し引いても、身長は高く見えた。すらっとしたモデル体型に、日本人離れした細長い手足。憂い帯びた瞳を飾る片眼鏡がシャンデリアの光を受けて輝いた。
少し気怠げに映る表情が気になったが、マイクを受け取りながら軽く微笑んだところを見ると不機嫌ではないらしい。そんなところも魅力的に見えてしまうほど、彼女はクールだった。
すごくシンプルに表現するとしたら。
ミーナとは真逆。
体は小さいが、そのオーラゆえに大きく見えるミーナ。
体は大きいが、物静かな雰囲気が威圧感を感じさせない紅陽さん。
しかし……これは異常だ。
会場にいるデリバリストの誰よりも、彼女が弱く見えるだなんて。
ここもまた、ミーナと真逆。
華やかではない目立たない強さが。
理解した時にはもう遅い強さが、紅陽さんにはある。
「お前のところの支部長、クールビューティーだな」
「……………………」
「ん、どうした珍しく黙って」
千島にことだから『私のことも褒めてくれ』なんて返しがくると思っていたんだが。
不思議に思って振り向く。
カワリミ。
そう書かれたカカシが、さっきまで千島がいた場所に立っていた。
「あやつなら『どろんします』と言ってどこかへ行ったのだ」
「昭和だな」
本物の忍者だけに冗談で済まされないのだが。
あいつのことは放っておこうと思って壇上に目を戻す。
案の定、千島は紅陽さんの後ろでボディーガードのように待機していた。
ボディーガード到着から少し間があって、紅陽さんはマイクに声を吹き込んだ。
『みなさん、はるばるニッポン中からようこそ。デリバリストの祭典へ』
マイク越しに、よく通る透き通った声。
自然と落ち着いて聞いていられる不思議な魅力があった。
「今年度もこの競技会が行われること、感謝しています。
一年に一度、互いの技を磨き合うイベントは貴重ですもの。
たとえ世間から隠された存在だとしても、私達には誇りがあります。
見えないところで世間を支えてきたという、重く硬い誇りが。
その誇りを存分にぶつけ合いましょう。
わたしたちオーサカエリア支部が全力で相手致します。
未来永劫、デリバリストに繁栄があらんことを」
まさに立て板に水。
起伏のないフラットなスピーチだが、心に響くものがある。
そんな感想を持ったのは俺だけではないらしい。
そのことは、紅陽さんに送られる割れんばかりの拍手によって証明された。
『時事ネタやジョーク効いたスピーチ、ありがとうございました』
「おい、あの司会者適当なこと言ってるぞ」
「いい式でしたねー」
「結婚式を褒める感じで言うな」
「涙なしには語れないのう」
「ミーナまで適当なことを」
「なによ、あいつ! 黙ってきいてりゃ雑魚だのその他大勢だの!」
「誰も話を聞いていないだと!?」
リンゴにいたってはもはや被害妄想である。
司会者は騒ぐ俺たちを目線で黙らせて、話を再開した。
『さて……開会式は以上です。早速ルール説明に入りたいところですが、旅のお疲れがあると思いますので30分後とします。それまで用意しました食事や交友を楽しまれてください』
そういうわけで。
第四回デリバリスト競技会は始まった、らしい。
実感が湧かないのは、帰ってきた早々俺の耳をかじる千島のせいである。




